大粛清(残酷描写注意)
後宮襲撃事件は、アメニア王国に激震を走らせた。だが、その混乱は表向きわずかな期間しか続かなかった。何故なら――王太子ウルシュガの命令は、あまりにも素早く、冷酷だったからだ。
事件発生から数日。王宮のあらゆる部署が血眼になって報告を上げさせられた。傭兵の雇用記録、金の流れ、後宮の出入り管理、役人の交友関係――全てが白日の下に晒された。
『報告を遅らせた者は共犯と見なす』
王太子の声は冷たく、刃のように鋭かった。官吏たちは泣き叫び、命乞いしながら自白した。
『保守派の大臣が動いていた』
『娘も金を流した』
『実働部隊は傭兵、裏ルートは闇市』
白状しない者は容赦なく拷問にかけられ、無理矢理口を割らされた。この国では、王族の命令は絶対だ。それが王太子ウルシュガのものであれば、なおさらだった。
「全員吐かせろ」「どんな手を使っても構わない」「人か物かは問わない。情報を取れ」
命令は恐ろしく簡潔だった。だが実行される内容は血生臭く、非情だったため、多くの役人や貴族たちは恐れ慄くこととなる。
襲撃に加担した保守派は一斉に粛清された。王宮の大理石の廊下が、一度に血を拭き清めた跡だらけになったと言われた。「審問」という名の処刑。秘密会議の名簿に名前が載っていた者は全て呼び出され、詰問された。口を割った者は命だけは助けられたが、家名を奪われ市民権を剥奪された。
アメニア王国で市民権の剥奪は、事実上の奴隷化を意味する。
現代社会にて多くの批判があがる、アメニア王国にいまだ存在する制度の一つである。アメニア王国の長い歴史の中で市民権とは、人間として生活を営める権利を指し、国王の名の下で権利を保護されている。これを剥奪されると、事実上人間とは見做されずどんな商人でも購入・使役することができる。また市民権のない者は、仮に犯罪に巻き込まれても、保護も裁判すらも受けることはできない。
近年では政治犯や思想犯、重犯罪者がこの刑に処せられている。とはいうものの、市民権を剥奪される件数は年に数人程度。だが今回の粛清では、関わった者だけに限らず、一族郎党を含む数百名という前代未聞の人数となった。
そのあまりの人数に、さすがの国王すら動くこととなる。だが王太子は決して譲らなかった。悩んだ国王は、譲歩案を提案した。
①関与した直系男子・女子は処刑か市民権剥奪
②関与が認められなかった女・子どもは辺境へ強制移住
③関与した家門の全財産没収か賠償金請求
④関与した家門を公式で反逆者として記録に残す
⑤関与が薄い族長を王宮で跪かせ、王太子と后公開謝罪させる
このような内容だったため、一旦王太子は手を打つことにした。だがそのあまりに苛烈な内容に、黙秘した者は拷問の末に死体で戻り、逃げた者は国境で捕まり、晒し首になった。
アメニアの政治の中枢は文字通り血で洗われた。
特に事件の筆頭だった大臣は「突然の病死」とされた。だが王宮に仕える者は知っている。それは王太子の命令だったと。老いた大臣は寝所で毒を盛られ、三週間以上苦しみながら、徐々に体が腐り落ち、最後は泡を吹いて死んだ。医師も買収され、死因は「持病の悪化」とされた。
王宮は沈黙した。誰も王太子に逆らえなかった。
そして、最もおぞましいのは娘の末路だった。公式記録には「他国への嫁入り準備のため退去」とだけ書かれている。だが本当は――夜明け前に袋詰めにされ、船で国外へ運ばれた。
売られた先は、砂漠の奥にある名高い闇市。買い手は、あの娘自身が「絶対に触れられたくない」と言っていた醜悪な男。肥満した体にただれた皮膚、汚れた息、病気持ちの加虐趣味。金で買えばどんな獣欲も許される地獄のような場所だった。
「異国の女を薬漬けにして、反抗心を潰して、従順な玩具に仕立てる」
まさに、娘自身が真珠に仕向けようとしたそのやり方で、そっくりそのまま返された。
娘は日々、薬を打たれ、痛みと快楽を区別できなくなるまで弄ばれた。汚れた床で泣き叫んでも、誰も助けなかった。そして買い手は笑った。
「泣き顔が最高だ」「壊れるまで抱き潰す」
彼女のプライドも尊厳も、すべて嘲笑の中で踏みつけられた。
この結末を、ウルは全て報告で受け取った。報告を終えた側近は、書状を差し出す手が震えていた。ウルは黙ってその報告書を読んだ。無表情のまま、紺碧の瞳が書面を這う。娘がどんな目に遭っているか、詳細な証言も添えられていた。
呻き声、泣き声、嘲笑。病気持ちの買い手の異様な性癖。薬の投与量、痙攣の回数。
ウルは、静かに口の端を上げた。ほくそ笑むように。その目は氷のように冷たく、狂気を孕んでいた。
『因果応報だ』
吐き捨てるように呟いた声は低く、淡々としていた。
『大人しく生きていれば良かったものを』
側近は青ざめた。誰もその場で声を出さなかった。ただウルだけが、書状を畳んで机に置いた。そしてゆっくりと椅子から立ち上がる。黒い裾が音を立てて広がった。
『掃除を続けろ』
その命令は無慈悲だった。
『この国に害虫を残すな』
側近たちは慌てて頭を下げた。命令が下れば、泣こうが喚こうが全てが終わるのだ。




