襲撃の本当の真実(胸糞・残酷描写注意)
夜が深く沈んでいた。王宮の石壁が冷気を帯びて、蝋燭の灯りが心細く揺れている。その部屋には、ウルとアサナしかいなかった。
ウルは無言で書面を睨みつけていた。冷え切った視線で、読み進めるほどに顎の奥が硬く動いた。蝋燭の光を反射する紺碧の瞳が、そこに書かれた文字をまるで刻むように読む。吐き気がする内容、だが視線は逸らさない。自分の内にある嫌悪も、憎悪も、すべて呑み込むように。
ウルに対面するように、アサナは黙って立っていた。その古びた手が、膝の上で強く組まれているのをウルは見た。しわの刻まれたその手が、かすかに震えている。長く仕えてきた王太子が、何を言おうとしているのかを察しているのだろう。だが覚悟していても、その顔は青かった。
ウルは吐く息をゆっくり殺すように吸った。そして、言葉を絞り出す。
『……今から襲撃事件の真相を全部話す。お前だけは聞いておけ』
声は酷く掠れている。低く、抑制されていたが、今にも崩れそうだった。
『真珠には絶対に言わない。あいつにこんなものを背負わせたくない』
目を伏せて、爪が食い込むほど強く拳を握った。怒りで震えそうになる息を整え、ウルは淡々と話し始めた。
『奴らは真珠をただ殺すつもりじゃなかった』
言葉を選ぶ間もなく、唇が震えた。
『……臓器抜き、強制労働……売る先は、どんな要求にも応じる闇市だった』
アサナの目が細められた。
『その存在は、存じております』
『だが、それだけじゃない』
彼の声が低く落ちる。
『お前も覚悟して聞け』
アサナの眉がひくりと動く。それでも真っ直ぐに顔を上げた。
『はい、坊っちゃま』
ウルは大きく息を吸い、震えを悟られぬように息を止める。
『……奴らが用意していたルートは、薬漬けにするのが前提だった』
アサナの目が見開かれる。
『廃人同然にして、意識も理性も徹底的に破壊するつもりだった』
ウルは続ける。抑えきれない声で、吐き捨てるように。
『何をされても抵抗もできないようにする。自分が泣いてるのか、喘いでるのかも分からないように』
アサナがわずかに身を震わせた。その目に涙が滲んだ。
『……坊っちゃま』
『……用意されていた薬は、闇市場でも禁忌とされるものだ。神経を破壊し、痛みを快楽に無理矢理変換させ反抗心をゼロにするものだ』
ウルは低く、冷たく言い切った。
『一度でも打てば、二度と人間には戻れない』
アサナは声を失い、喉が痙攣するように動いた。
『その状態で、売る。誰にでも。何度でも』
ウルは目を細めた。吐き気を押し殺すように、深く息を吐いた。
『でも、実際は“誰にでも”じゃない。最初から、売り先は決まっていた』
アサナが息を呑む音が聞こえた。
『指名した相手だ』
ウルは一枚の紙をアサナに手渡す。それを震える手で受け取った。書面にサッと目を通した彼女は更に顔色を悪くさせ、込み上げる吐き気を我慢するので精一杯だった。
ウルは深く座り直した。指を組み、少し伏し目になる。蝋燭の炎が紺碧の瞳を妖しく照らした。
『買い手は、“特別な趣味”の商人だ』
喉の奥で吐き捨てるように言った。
『……』
室内が静まり返った。蝋燭の火がふっと揺れる。ウルは喉の奥で笑った。それは冷たく、狂気じみた音だった。
『肥え太り、汚れた皮膚に潰瘍がいくつもあり、無数の病気も患っている。娼婦を何人も何十人も壊して、殺してきた男だ』
『坊ちゃま、もう……!』
『まだだ』
ウルの目が妖しく光った。
『《あんな女はその程度の男に抱かれるのがお似合い》と依頼主が言った』
吐き捨てた声は、怒りで震えていた。
『真珠を豚のような男に抱かせて、泣き叫ぶ顔を想像して、奴らは笑ったんだ』
アサナは口を塞いだ。震える肩を押さえきれなかった。
『……何ということを』
『金を積んだ証拠の書面も残っていた』
ウルは視線を静かに落とした。
『《異国の女の泣き顔を買いたい》――それが契約だった。異国の女を痛めつけるのが趣味だと自白している。……肥え腐り、金だけは持っている変態だ』
紺碧の瞳が鋭くなる。
『屈辱を与え、自分のものにしたがる。しかも意識が朦朧としたまま反抗もできず、何度でも抱けるように調整する』
声は冷たいのに、苦痛を噛み殺していた。
『薬漬けにしなければ、真珠のような女は従わないからな』
アサナは唇を噛んだ。その目の奥に強い光が宿っていた。
『更に襲撃者のアジトから、薬物と同時に指示書が見つかった』
ウルはゆっくりと吐息を落とした。音がやけに大きく響いた。その声は濁り、憤怒の感情を如実に表す。
『捕縛後の手順、投与する薬の種類、タイミング、抵抗を削ぐ手順、声が潰れるまで泣かせるための手順』
ウルはゆっくりと視線を落とし、机の上に広がった紙束を睨みつけた。
『性器を裂く寸前まで調整するやり方まで、書いてあった』
声が低く掠れた。
『傭兵どもは金で動いた。奴らはそれを“仕事”だと笑ったのだ』
ウルの目が冷たく冷えていく。
『手段を選ばず吐かせた。全員にな』
沈黙が落ちる。蝋燭の炎が、二人の影を長く床に伸ばした。
『廃人にしてから売り払う。……それで、《あんな女は消える》と依頼主は笑っていた』
アサナは震えた声で問うた。
『……誰ですか?その依頼主とは』
ウルの目がゆっくり細められる。
『大臣の娘だ』
部屋の空気が凍った。
『父親の権力を利用しつつ、自分でも別口で金を流していた』
『……』
『証拠も、奴らの口からも出た』
声は冷たかったが、わずかに震えていた。
『なぜ……』
アサナの声が細く割れた。ウルは短く吐息を漏らした。嘲るように。
『嫉妬だ。真珠に対して一方的に劣等感を抱いていた』
低い声が鋭く響いた。
『自分では勝てないと分かっている。だから真珠を“汚す”ことで自分が優位に立てると考えた』
『そんな……』
アサナの目に涙が滲んだ。
《おぞましい……!』
『ああ。だが事実だ』
ウルの声は感情を抑えているようだった。だが、奥底で煮え滾る怒りがその声を震わせた。
『《豚のように太った変態親父に抱かせてやる》』
ウルの口から絞り出されるように出たその言葉に、アサナは身を強張らせた。
『娘が言った言葉だ』
声が低く、ひび割れていた。
『《そうすればお高くとまる異国の女も終わりだ》』
ウルは拳を固く握り、机を軽く叩いた。
『……俺はそれを全部聞いた』
部屋の空気が、血の匂いのように重く淀んだ。その言葉の重さに、アサナは肩を抱いて小さく震えた。
『私、そんなの……真珠様にどう顔を……』
『言うな』
ウルの声が鋭く切り裂いた。
『絶対に言うな。あいつはこんなことを知る必要はない』
『……坊っちゃま』
『お前は知っておけ』
『……はい』
『お前は、俺が何をするのかも理解しておけ』
『……坊っちゃまは、何を……』
ウルはゆっくりと書面を閉じた。目がひどく静かだったが、その瞳は燃えていた。
『大臣は死んだ。病死ということにしたが、俺が殺した』
アサナの喉がひくりと動く。そして、低く震える声が落ちた。
『娘は国外へ消えた。公式には“婚姻のため退去”だ』
その声は乾いていた。
『だが実際は、あの買い手に売った』
アサナの瞳が絶望で揺れる。
『……あの、異常な…』
ウルはゆっくり頷いた。
『同じことだ。奴らが真珠にやろうとしたのを、そっくりそのまま返してやっただけのこと』
空気が張り詰めた。
『薬を打たれて意識を奪われ、廃人同然になり抱かれる。泣いても喚いても、何も止まらない。そのために、あの娘は金を流した。だからその通りにしてやった』
声は低く、酷薄だった。
『それでいい。それでしか、赦せない』
アサナは泣いていた。老いた手が震え、頬を濡らしていた。
『坊っちゃま……』
ウルは立ち上がった。その背筋は美しく伸びている。
『俺は優しくなどない。慈悲もない』
声が割れそうだった。
『俺は、あいつを檻に閉じ込める悪党だ』
その紺碧の瞳が、決意で冷たく光る。
『だが、その檻の中でだけは、絶対に安全にする』
声が震えていた。
『それが、俺のやり方だ』
アサナは深く頭を下げた。
『……はい、坊っちゃま』
長い沈黙が落ちた。蝋燭の炎がかすかに揺れ、真珠の寝所から漏れる灯りが遠くに滲んでいる。ウルはその方向を見つめ、硬い顔をしながら拳を強く握った。
『……泣かせたくなかった』
声は掠れていた。だが、その瞳は一切潤んでいない。冷たい、支配者の目だった。
『泣かせた分だけ、俺が血を流す』
その声に、夜風が冷たく吹き込んだ。そして、部屋は深い闇に沈んでいった。
『それが俺の愛だ』
アサナは頭を下げた。震える声で。
『はい、王太子様』
部屋を出るウルの背は、深い闇を纏っていた。だが、その胸の奥には燃え盛るような執着があった。




