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襲撃の後

薄い天蓋が揺れていた。高い天井、繊細な刺繍を施された白布。鼻腔をくすぐるのは、砂と香油が混じったような、この国独特の香り。けれどそれは、いつもの自分の部屋とは微妙に違っていた。


真珠は、ゆっくりとまぶたを開いた。胸が僅かに速く上下している。喉が乾いて痛いほどだった。そして最初に感じたのは、どこか柔らかくて温かい寝台の感触。


「……ここ、どこ?」


呟いた声は擦れていた。視線を巡らせると、見たことのない重厚な家具。砂漠の王国らしい豪奢さをたたえつつも、無駄のない硬質さ。そして漂う微かな香。


「ウルの……寝室?」


小さく喉が鳴った。そこまで思い至って、昨夜のことが一気に胸を締めつける。真珠は反射的に身を起こそうとして、肋骨のあたりが痛むのを感じて顔をしかめた。


「あ……」


首を振る。忘れようとしても、忘れられなかった。

突然の襲撃。漂う血の匂い。銃と剣の音。そこかしこから上がる悲鳴。


「……人が、死んだかもしれない」


喉の奥がひゅっと鳴った。全身に寒気が走るあの時、自分を守ろうと必死になってくれた人たち。そして、自分に最後まで声をかけ続け逃がしてくれたアサナ。


「アサナ……!」


そこまで思い出し、顔が青ざめる。


「アサナは、無事なの?」


胸の奥を締めつける恐怖がまた蘇った。その時、扉がノックされる。真珠はびくりと肩を揺らした。


「……だれ?」


声が震える。ゆっくりと開いた扉の隙間から、穏やかに笑む年老いた女性が顔を出した。


「真珠様」


「あ……!」


アサナだった。その顔色は少しやつれて見えたけれど、はっきりとした眼差しと穏やかな皺の刻まれた笑顔は、いつものアサナだった。


「良かった……!」


真珠の瞳から、一気に涙が溢れた。


「無事で……ほんとに良かった……!」


言葉が詰まって声にならない。アサナはゆっくり近寄り、寝台の縁に座った。その大きくて節くれだった手で、真珠の濡れた頬をそっと拭う。


「坊っちゃまが、すぐにお戻りでした。真珠様は、もう安全です」


その声は、まるで子供をあやすように優しい。真珠はしゃくり上げながら、泣き笑いを浮かべた。


「アサナ……ありがとう」


「こちらこそです」


その時、今度は扉がノックもなく開く。重い靴底が石床を踏む音が響いた。真珠の涙ぐんだ目がそちらを向く。


入ってきたのは、長身で均整のとれたスタイルに、黒衣の裾を引きずるようにした無言のウルだった。アサナはすぐに立ち上がり、深く頭を下げて退く。真珠は嬉しくて、目を細めた。



「ウル……」


ウルの紺碧の瞳が、真珠の濡れた頬を一瞥する。そして一瞬だけ、目を細めた。まるで何かを噛み殺すような顔。でもすぐに深く息を吐いた。気持ちが荒れ狂うのを抑えるように、ゆっくりと。


「泣くな」


低く、掠れた声だった。そのまま、ウルは迷いなく真珠のもとへ近寄る。寝台の縁に腰を下ろすと、真珠の肩をそっと支えながら、流れる涙を優しく拭う。真珠は鼻をすすりながら、それでも笑った。


「……来てくれたんだね」


声が震えてしまう。


「ウルったら、めちゃくちゃ早い帰国ね」


でも泣き笑いで言った。ウルの眉がぴくりと動き、紺碧の目は痛いほど真珠を捉えていた。


「お帰りなさい」


真珠は泣き笑いのままそう告げる。ウルは短く、苦しそうに目を閉じた。


「……ああ」


「……ああ、じゃなくて、『ただいま』でしょう?」


真珠が少し頬を膨らませる。気丈に振る舞うその姿に、ウルの瞳が揺れた。真珠は、吐息を落とすように笑う。でもその目は湿ったままだった。


「……ただいま」


言い終えた声がかすれていた。真珠はまた泣きそうになりながら、それでも嬉しそうに頷づく。ウルはその顔をそっと指先で撫でた。


「昨日は、間に合って本当に良かった」


その声は低く、震えている。途端に、真珠の目からまた涙がこぼれる。ウルはそれを親指で拭った。


「真珠」


硬い声が静かな部屋に落ちる。


「今回の襲撃について話す」


その時、空気が変わった。泣き笑いを浮かべていた真珠の表情が、きゅっと引き締まる。ウルの瞳は冷たく、鋭かった。


「聞いておけ」


「……うん」


真珠は小さく頷いた。それを見て、ウルは喉を鳴らして、一度だけ言葉を選ぶように息を吐いた。そして、今までにないほど真剣な目で真珠を見つめた。


「これは、お前に関わる話だ。お前が知らなければならないことでもある」


声が低く響く。部屋の空気が張り詰めた。真珠は涙を拭い、まっすぐにウルを見返した。頷く首がわずかに震えていた。


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