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不本意な晩餐

異様な静寂が、部屋を満たしていた。シャワー上がり、まだバスタオル一枚を巻いたままの真珠は、まるで世界が突然バグを起こしたかのような現実に、ただ固まっていた。


重厚な家具が、運び込まれてくる。真珠の部屋の真ん中に、ホテルの調度とは明らかに異なる大理石のダイニングテーブル。その周囲には金の縁取りが施された椅子が四脚。バタバタと黒スーツの男たちが準備を進めていく。


そして、その光景を当然のように眺めながら――ウルは、ソファにどかりと座っていた。片足を組み、白い長衣の裾が滑るように流れる。顎に手を添え、真珠の沈黙を観察するような視線を送っていた。


「…これは一体、何のつもり?」


ようやく声を発した真珠の言葉は、低く震えていた。


気づけば部屋は、見たこともない調度品で埋め尽くされていた。テーブルの上には銀の蓋をかぶせた皿が並べられ、ワイングラスに琥珀色の液体が注がれている。それを黒服の男たちが次々と準備し終えると、静かに頭を下げて退出した。残されたのは、ソファに悠然と座る男と、バスタオル一枚のまま、呆然と立ち尽くす女。


ウルは、まるで退屈しのぎのように肘をつき、口角をわずかに上げる。


「食事の準備だが?」


「勝手にテーブル持ち込んで、勝手に料理並べて、勝手に部屋の鍵開けて…。こっちは、まだ着替えてもいないのよ?」


怒りを込めた視線を向けるが、ウルはまるで聞いていないかのようだった。真珠の言葉が、この男の論理では怒る理由にならないのだと、直感でわかった。


「部屋の広さは最低限だった。俺の滞在には不向きだったからな。多少の改装は当然だ。それに――」


ウルはゆっくりと立ち上がる。その動きには、獣にも似たしなやかさと、貴族のような品格が同居していた。


「俺と同じ空間で食事できる機会なんて、君のような一般人には一生ないだろう。感謝される筋合いはあっても、責められる覚えはないな」


その口調は不遜で、堂々としていて、あまりにも支配的だった。


真珠は、深く息を吐いた。怒っても無駄だ。怒りは、届かない。彼は、自分の価値観の中に他者を入れる気など最初からない。


「…わかったわ。じゃあ、食事はいただく。でもそれが済んだら、あなたも家具も料理も全部、さっさと出てって」


その言葉に、ウルは一瞬だけ――目を細めて笑った。


「君は面白いな。俺に恐れも媚びも見せない。そんな女、初めてだ」


「別に、媚びる理由も、恐れるほどの価値もないから」


にべもなく返すと、真珠はサイドのクローゼットに向かい、部屋着用の簡易ワンピースを取り出して、バスルームに消えた。


――数分後。


ワンピースを身につけた真珠は、テーブルの向かいに無言で腰を下ろす。目の前にあるのは、香り高い料理。スープ、前菜、メイン、ワイン。そのどれもが、庶民が行く店では出ないレベルだろいうことは、真珠でさえわかった。


「…黙ってるのね」


「口を開けば、怒るだろう?君のご機嫌を損ねたくはない」


 そう言って、ウルはさらりとナイフを握る。


(この男…本気で悪いことをしたという認識がない)


真珠は心底うんざりしていた。けれど、それ以上言葉を重ねても、暖簾に腕押し。エネルギーの無駄だった。料理は……くやしいけれど美味しかった。空腹も手伝って、無言のままナイフとフォークを進める。


「ワインは口に合ったか?」


「悪くないけど、別にあなたの選んだものじゃないでしょう」


「確かに。だが、君のために選ばせた」


「…ありがとう。でも、食べ終わったら本当に帰って」


真珠は、目をそらさずに言った。ウルの視線が、彼女を射抜くように絡んでくる。


「そうやって、はっきり拒絶してくるところが、実に興味深い」


「悪趣味ね。そういうの、どこかの女たちにはウケるんでしょうけど」


「違うな。俺が興味を持つ相手など、これまで存在しなかった。だからこそ、君のような女は――非常に、珍しい」


真珠は黙って食器を置いた。言い返すのも疲れる。こんな見た目で、お金持ちで。そりゃ女は放っておかないでしょうよ。ただ真珠にとっては、ただ疲れる相手なのは間違いない。理性的に対応しようとしても、その理性を逆撫でしてくるのだから。


そっけない態度を終始徹底させ、早く飽きて興味をなくして欲しい真珠だが、ウルの視線はますます冴え、静かな熱を帯びていた。まるで、手に入らないものが目の前にあると知った瞬間の、支配者の本能のようだった。


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