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愛せない子(アサナside)

あの子は、小さな頃からとても静かでした。産声は大きかったと聞いています。でも私が初めて抱き上げたときには、もう泣き止んでいました。湿った黒髪が細い頬に張りつき、睨むような目をして私を見上げました。


あの時、私はこの子が王になるだろうと悟りました。そして同時に――この子はきっと、人を愛せない子になるだろうとも。


坊っちゃまは、あまり泣かない子でした。泣いてはいけないと教えられていたのでしょう。王族の血を引くのだからと、周りの大人たちはその小さな肩に見えない鎖を巻きつけました。

「甘やかすな」「情を移すな」「泣くな」

その言葉が、あの子の中に深く根を張りました。


五歳の頃のことです。玉座の隣で、彼は一人で座っていました。人払いがされたあとの広い謁見の間で。誰にも声をかけられず、近づこうともしなかった。幼い王子は座ったまま、黙って膝の上に手を置いていました。でもその指は、かすかに震えていました。私が近づき「坊っちゃま」と声をかけると、はっとして顔を上げました。


その目は――涙を堪える子供の目でした。私は何も言わず、手を差し伸べました。坊ちゃまは小さな手を私の袖に掴みました。何も言わずに、そのまま。


八歳の頃、政務の学問で叱責されました。

「お前は甘い」「王は孤独であれ」「弱さを見せるな」

あの子は声を出さず、眉を吊り上げ、顎を引いて座っていました。誰もが「さすが王太子」と讃えました。でも夜、私の部屋を訪ねてきたあの子は、何も言わずに私の布団の端に座りました。「坊っちゃま」と呼ぶと、震えた声で「黙れ」と言いました。でも泣いている声でした。私は何も言わず、黙って膝を叩きました。坊っちゃまは私の膝に頭を埋めて、震える肩を押さえきれずに泣きました。「泣いてもよろしいのですよ」と言うと、ますます泣きました。でも誰にも知られたくないから、口を押さえて嗚咽を漏らしました。


十二歳になった頃、身分の高い子どもたちが宮殿に呼ばれました。友達を作れと父王が命じたのです。あの子は何も言わず、膝の上に手を置いたまま、誰も見ませんでした。「王子様、こちらで遊びませんか」と声をかけた令嬢もいました。でも坊っちゃまは、ゆっくりと睨むようにその子を見ただけでした。


声をかけた子が泣き出すと、周りの大人は「なんて無礼な」と怒りました。ですが坊っちゃまは何も言わず、その場を立ち去りました。その夜、私の前で一言だけ言いました。


『要らない』


その声は低く、でも震えていました。


『友達など、要らない』


私は「そうですか」と頷きました。坊っちゃまは唇を噛み、目を逸らしていました。


『でも、坊っちゃまが要らないと言っても、私がいます』


あの子は、泣きませんでした。でも肩が僅かに揺れました。


十五を過ぎた頃。剣術の稽古で怪我をして血を流しても、医師を拒みました。


『王は弱さを見せない』


私は「痛いのか」と聞くと、坊っちゃまは目を伏せて黙りました。でも指先が震えていました。私が強引に包帯を巻くと、「やめろ」と声を荒げました。でも私は止めませんでした。


『坊っちゃまは国の宝です。私の宝でもあります』


その言葉に、あの子は目を見開いて、次にキツく睨んできました。でも、目元が赤く濡れていくのを、私は見逃しませんでした。私が黙って抱きしめると、強張った腕が私の衣を掴みました。


坊っちゃまは、愛せない子でした。愛し方を教わらなかったのです。愛することで奪われる恐怖を、何よりも先に覚えさせられた子でした。だから人を遠ざけました。睨むことで自分を守っていたのです。友達も、侍女も、家族すらも寄せつけませんでした。でも泣くときは、年相応の子供だったのです。泣き声を殺してまで、私の腕の中で震えました。それを知っているのは、私だけです。


だから。あの子が今、たった一人の女性を迎えたと聞いたとき――私は本当に、泣きそうになりました。「ようやく、坊っちゃまが愛せる人が現れたのだ」と。


でも同時に、恐ろしいとも思いました。あの子が「愛せる」ようになったということは、その女性を「絶対に奪わせない」と思うだろうと。その子を「閉じ込めるだろう」と。「お前を愛する」という名目で、檻を作るだろうと。そういう子でしたから。


『……私は存じておりますよ。あなたがどれほど、人を愛せない子だったか。そして今、どれほど不器用に、あの方を愛しているか』


そう言ったとき。坊っちゃまは目を伏せて、唇を噛みました。その仕草は、あの頃と同じでした。泣きたいのに泣けない目をしていました。私は何も言わず、ただ頭を下げました。


坊ちゃまの愛し方を、私も手伝わせてください


そう心の中でそっと誓ったのです。


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