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絶望の目覚め

白い天井だった。目を開けた瞬間、世界が真っ白に染まった。まぶたをゆっくりと開け閉じするたび、ぼやけた光が滲んだ。同じ事を繰り返していると、視界がゆっくりと形を取り戻す。彫刻のような天井の装飾、砂漠の夜空を模した青いモザイク。


どこかで機械が規則正しく鳴っていた。呼吸を合わせるように、シュウ、シュウと酸素の音が響く。肺が重たく空気を飲み込むたび、喉の奥が引き攣り鋭い痛みが走った。


真珠は息を詰めた。喉が熱い。ザラザラと乾いたように痛む。それでも呼吸を止めることはできなかった。酸素マスクが押し当てられ、強制的に息を吸わせた。目の焦点が合うと、真珠は自分の体を見下ろした。白い寝衣。首元に分厚い包帯が巻かれていた。手の甲には針が刺さり、輸液ラインが絡んでいる。両足には包帯で巻かれ、左足首には、見覚えのある金の足枷が、鈍く光っていた。だが鎖は繋がっていなかった。けれど、もうどこにも行けない、逃げられない。身も心も、縛られていた。


真珠は声を出そうと喉を鳴らした。何か言わなきゃいけない。「いやだ」と、「帰りたい」と、「助けて」と。でも声は出なかった。ただ喉が震えただけだった。


「……っ……」


空気が漏れる音だけがした。喉から出るのは、気の抜けた空気だけ。それは言葉にならなかった。酸素マスクの中を、白く曇らせるだけだった。


(声が……出ない……)


喉の奥が痛い。縫合された傷がズキリと引き攣った。話そうとするたびに、針が刺すような痛みが走った。息を吸うたびに、血の味を思い出した。


真珠の頬を涙が伝う。喉を震わせても、もう声は出なかった。ただただ、空気を吐き出すだけだった。


その時、気配がした。ゆっくり視線を上げると、目の前にウルが座っていた。椅子に深く腰をかけ、肘を膝に乗せ、手を組んで顎を支えていた。沈んだ紺碧が真珠を見下ろし、鋭くもなく、優しくもなく、ただ深い沼のように暗い目をしている。


咄嗟に真珠は目を逸らした。でも逸らしきれなかった。反射で喉を鳴らし、また声を出そうとした。でも出なかった。


「……っ、……」


震えた息だけが酸素マスクを曇らせた。そして、涙がまた零れた。声が出ない、何も言えない、言いたいのに。言いたいことがたくさんあるのに。言葉が喉でちぎれ、真珠の口から出てくることはなかった。


ウルはその様子を、ずっと見ていた。二人の間には、長い沈黙があった。医療室には酸素の音と、真珠の泣き声にもならない嗚咽だけが響く。


やがて、ウルが動いた。背を伸ばし、椅子を軋ませて立ち上がる。ゆっくりと寝椅子に近づき、真珠の顔を真上から見下ろした。真珠の上に影が落ちる。紺碧が一瞬だけ、光を帯びた。


「目を覚ましたか」


低い声だった。いつものように冷たくも、優しくもなかった。ただ何かを押し殺した声だった。


その声を聞き、真珠は静かに目を伏せた。震えた唇を噛み、喉を鳴らした。でも、やっぱり声は出なかった。


「……っ……」


泣き声すら出せない、ただ息が詰まった音だけが漏れる。涙がぽたぽたとマスクの内側に落ち、視界が歪んだ。でも、もうどうしようもなかった。


ウルは無言だった。その瞳は怒りでも憐れみでもなかった。ただ獣のように深く、底は見えない穴のように見える。そしてゆっくりと手を伸ばし、震える真珠の頬に触れた。冷たく、でも逃げられない。包み込むような掌だった。拭うように涙を拭った。けれど新しい涙がまた溢れた。


「声が出ないか」


ウルの声が落ちた。掠れた低音は耳元で絡みつくような響きをしている。その時真珠は喉を鳴らし、必死に何かを言おうとした。でも、出なかった。そして、ただ目を大きく開き泣いた。


声が欲しかった。言いたかった。「いやだ」と、「帰りたい」と、「殺して」と。でも何も出ない。


ウルは微かに息を吐いた。その手が頬を撫で、親指で震える唇を押さえた。血の滲んだ包帯が、まるで首を絞めるように巻かれている真珠を、静かに見ていた。


「……いい。もう喋らなくていい」


囁く声は恐ろしいほど優しい音だった。でもその響きは檻のようで、囚われの獣を撫でる飼い主の声だった。


真珠はまた泣いた。声にならない嗚咽が、酸素マスクの中を濡らした。でも涙が止まらなかった。喉が痛かった。胸も、痛かった。


ウルの指が頬を滑り、顎を支える。逃げられない、何も言えない。真珠ができることは、ただ泣きながら、その目を見上げるしかなかった。


その様子を見ながら、ウルは紺碧の瞳を細めた。唇がわずかに動き、その声は、全てを決定するものだった。


「お前は后だ。声が出なくても関係ない。お前は俺のものだ」


泣き崩れる声すら出せなかった。酸素マスクが吐息で白く曇った。真珠は泣いた。何も言えず、何も否定できなかった。ただ、もう、逃げられなかった。


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