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ウルという男

――黒い影は、その後何度も現れた。


最初はただの偶然かと思った。ホテルのロビーに立つ姿、エレベーターの前で待つ姿。真珠が出る少し前に現れ、何も言わず、ただ距離を置いて佇んでいるだけ。声をかけてくるわけでもなく、視線を向けるわけでもない。だが、その存在感は異様なほどに濃く、背後に気配を残していく。


ビーチでの出会いから二日。真珠はすでに、彼のことを「黒づくめの男」と心の中で名付けていた。あの姿が目に入るたびに、背筋がひやりとする。だが、それ以上に厄介なのは――目が合った記憶がないということだった。


(見られていないのに、見られているような……)


理由のない不安。それでも当初は「気のせいだ」と思っていた。宿泊客の数は限られている。ここは超がつく高級ホテルだ、変な客はいない、だろう。たぶん。出会う頻度が高いのは仕方ない――そう、自分に言い聞かせていた。


だが。三日目。真珠は、一日に四度その男と出会った。


朝食を終えて出た先の庭園。昼過ぎに立ち寄ったホテル併設のブティック。午後に息抜きで入ったスパの待合室。そして夕方、滞在者しか利用できないカフェ。


(…さすがにおかしい)


偶然とは思えない。待ち伏せしているのだとしたら、いつ、どこで、どうやって?それとも、たまたま同じ場所を選んでいるだけ?だが、そこに共通項はなかった。


その日の、カフェのテラス席。目の前の海が赤く染まり始めた頃、真珠は一人でコーヒーを飲もうとしていた。そして、ふと顔を上げると――やはりそこに、黒い男がいた。長い黒衣のまま、静かに立っている。ここはリゾートホテルだ。軽装の観光客ばかりの中、その姿はもはや異物というより、風景のノイズにすら見えた。


(また、来た)


さすがにもう、無視しきれなかった。男は無言で近づいてきて、真珠の隣の椅子を指で示す。その仕草に、真珠はため息をついた。


「…Just one cup. You can sit down for just the coffee.」

(...一杯だけ。コーヒーを飲む間だけなら座ってもいいわ)


男は一礼のような仕草をし、静かに腰を下ろした。椅子が軋む音さえ、やけに印象的だった。


「... Who are you?」

(…あなた、何者なの?」


最初に切り出したのは真珠だった。もう黙っていても埒が明かない。せめて名前くらいは知っておくべきだと思った。男はカップを手に取り、ひと呼吸置いて言った。


「My name is Shin-Ramada Ulshuga Amenia. It's a long name, so please call me Ul」

(私の名前はシン・ラーマダ・ウルシュガ・アメニアです。長いので、ウルと呼んでください)


言葉は丁寧だった。声も柔らかい。だがその名には、妙な重量があった。どこの国かもわからない。聞き慣れない響き。それでもどこか、王族のような格式を感じさせた。


「……ふぅん」


真珠は特に興味を示さなかった。その名に対する反応は、想像よりもあっさりしていた。そして、カップのコーヒーが半分になるのを待つことなく、すっと立ち上がった。


「Well, I've had my coffee. I'll be off then.」

(じゃあ、コーヒー飲んだから、失礼するわね)


ウルは何も言わなかった。ただ、目を細めてその後ろ姿を見送った。その瞳に、はっきりと――好奇心と執着が宿りはじめていた。


「……面白い女だ」


彼女の姿が見えなくなってから、黒い男の口から溢れたのは流暢な日本語。


――誰よりも美しいはずの自分を、この空間で唯一無関心に通り過ぎた女。


――欲しい、とはまだ思っていない。ただ、知りたいと思った。他の女のように媚びもせず、怯えもせず、それでいて、心のどこかがひどく冷たく、近づきがたい。


(このまま、見逃せるだろうか)


自問したが、答えは決まっていた。ウルの視線は、もう真珠の背に根を張っていた。


ロックオンですね。狩猟本能というか、引くからその分詰めるんでしょうね、真珠の態度は180°間違ってたんです。逆に近寄る素振りを見せていたら、ウルの興味は一気に冷めてしまっていたかもしれない。(そうなったらこの話は消えるんですけどね)

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