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敬語をやめろ

豪奢すぎる王宮での生活が始まった翌日。視察という名目の元、真珠はアメニア国内の農地や精油工場を訪れ、王宮へ戻る。そのどれもが予定されていたものではなく、すべてウルが選んだ場所だった。当然ながら、移動のたびにハイヴの護衛がつき、何をしても監視されている感が消えない。


そして夜。例の広すぎる部屋で、真珠はウルと向かい合っていた。白い衣装をまとった男は、相変わらず不遜にソファへ座り込み、まるでこの空間そのものが自分の延長かのように振る舞っている。


「…今日の視察、ありがとうございました。ウルシュガ殿下」


そう口にした瞬間、ウルの眉がピクリと動いた。


「…今、なんと言った?」


「え?えっと…ウルシュガ殿下?」


「違う」


「……は?」


「俺の名に、いちいち“殿下”をつけるな」


真珠は思わず絶句した。おかしいと思ったのは今日の視察中。別の通訳スタッフから「ウルシュガ」は王子の名前だと告げられ、彼が正式に王位継承権を持つ人物だと初めて知った。


だから、敬語を使った。当然の礼儀として。


だがウルは、その敬意を真っ向から否定したのだ。


「え、いや…でも、あなたって…王子様なんでしょ?」


「…そうらしいな。だが、俺の前で敬語を使うな」


「使っちゃダメなの!?」


「気にくわない」


不満そうにウルは言い切った。その目は、冗談ではなく本気だった。


「君は、俺を他人として扱おうとしている。礼儀だの、身分だの、そんなもので距離を取るな。俺は――」


言いかけて、ふと言葉を止めた。ウルの瞳が、ゆっくりと真珠を捉える。


「俺は、お前にそうされたくない」


その声は静かで、しかし底に熱がある。まるで、ずっと奥底で煮え続けていた情熱が、今にも零れ出そうな音だった。


真珠は肩を強張らせた。


「…だって、仕事で来てるのよ?距離を取るのは当たり前でしょ。むしろそうしないと……」


「取るな」


「いや、取らせて!?私、あなたの部下でも恋人でも家族でもないんですけど!?」


「今は、そうかもしれない」


その言葉の含みに、思わずゾクリと背筋が凍る。


「……なにそれ、怖」


「敬語を使うな、真珠。俺の前では、俺をウルと呼べ。お前だけがそうしていい」


どこまでも勝手なルール。どこまでも不遜で、傲慢で、身勝手な要求。でも。真珠は気づいていた。この男の命令の裏に、ひどく不器用で、不穏で、どうしようもない執着があることを。あの瞳の奥に、冷たい熱が渦巻いていることを。


(ウルって、たぶん……本気で私に、距離を詰めてくる気なんだ)


ため息をついて、真珠はついに折れた。


「…わかったわよ。ウル、でいいのね?」


「それでいい」


「じゃあもう、礼儀も距離も無しね。言いたいこと、遠慮なく言わせてもらうから」


「むしろそうしてくれ。礼儀や偽善で塗り固められた言葉など、つまらない」


「ふーん……じゃあ、ひとこといい? あなたほんっと人の気持ち読まないし、強引すぎるの。怖いくらいよ」


ウルは、唇の端を少しだけ上げた。


「だろうな。だがそれでも、俺はお前に好かれたいと願っている」


「――ッ」


言葉をなくす真珠の目を、ウルは見つめ続けた。まるで、それがもう戻れない一線であることを確信しているかのように。回りくどくない、ストレートな感情表現に日本人の真珠は慣れていない。駆け引きでは絶対に勝てない、そう強く感じた真珠だった。


(でも!私は年上のお姉さんなんだよ!何でこんなに振り回されてしまうの!?)


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