ハイヴという男
空港から出ると、厳重な警備とともに用意された迎賓車が待っていた。黒塗りの大型車両のドアが静かに開かれ、ハイヴは車内へ恭しく真珠をエスコートした。車はゆるやかに発進し、アメニア王都の中心部へと向かっていく。
「ハイヴさん、この国で、してはいけないことってありますか?」
真珠が助手席に座るハイヴへ声をかけた。運転手は別にいるが、後部座席に真珠と有瀬が並び、ハイヴは前席で静かに目を閉じていた。ハイヴはルームミラー越しに目を開け、落ち着いた声で答える。
「神の御名を軽んじることは、最大の禁忌です」
ハイヴの声は、まるで教科書のようにすらすらと言葉を紡いだ。
「肌の露出も控えめに。街中では頭部に布を巻く男性も多く見られますが、異国の方にそこまでは求めません。ただ、敬意を表す姿勢は、常に必要とされます」
「なるほどねぇ……」
真珠は窓の外に目を向けた。異国の空と大地は、日本とはまったく違う色彩を帯びている。白亜の城壁、金色の果樹園、蒼い空。どこを切り取っても、まるで絵画のようだった。ふと、その景色を見ながら、思いついたように真珠が笑う。
「ていうか、ハイヴさんって、なんか…完璧ですよね」
「……」
「礼儀正しいし、冷静で有能で、女性をちゃんとエスコートできるし、でも謙虚で…。本当、最高の男性ですよね!」
その瞬間、車内の空気がぴんと張り詰めた。ハイヴは正面を向いたまま、しばし沈黙。だが、その横顔にほんのわずかな変化があった。
「え、何この空気」
真珠が慌てて手を振る。
「そんな本気で言ったわけじゃ……」
「……光栄です」
低く、穏やかながらも芯のある声がルームミラー越しに響いた。真珠は思わず目を瞬いた。ルームミラーの奥に映ったハイヴの黒い瞳は、静謐そのもの。だがその奥には、確かに微かな熱のような光が灯っていた。
「……」
その様子を、有瀬は無言で見つめていた。笑顔を崩すことなく、けれど視線は鋭く揺れていた。
「先輩……ちょっと言いすぎですよ」
「え?」
「最高の男性とか……そんなの、聞かされた側の気持ちも考えてくださいよ」
「え、えぇ!? だって本気じゃ……」
「知ってます。でも、僕も男なんで」
最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、有瀬は軽く笑いながら前を向いた。その笑みの裏に、何が隠れているのか――真珠はまだ、気づいていない。
彼女の、無邪気なひと言。それは、前席の男と、隣に座る男の心の奥深くを、確かに揺らしていた。
「すみませんでした、ハイヴさん」
「いえ」
短い返答だが、特に不機嫌そうな感じはしない。ホッと胸を撫で下ろした真珠は、気を取り直して車窓の外に視線を向けた。
ハイヴぅううう