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会見後の会議にて

アメニア王宮。

厚い扉の向こうは、王国の心臓部とも言われる会議室だった。重臣たち、各国の大使、広報官、財務卿、側近、護衛。ざわつく室内に、規律を正すような重い声が響いた。


『王太子殿下、並びに妃殿下ご入室!』


全員が一斉に立ち上がる。扉がゆっくり開いた。


先頭を歩くのは、黒装束に身を包んだウル。その背筋は完璧に伸び、威厳を纏った青い瞳が鋭く前を射抜いていた。


そのすぐ隣に、真珠がいた。淡い青のドレスが、王宮の冷たい光を受けて凛と輝く。手はがっしりとうるじ握られている。その表情はやや緊張を帯びていたが、しっかりと前を見据えていた。


二人はゆっくりと中央の席に歩を進める。ウルは真珠を引き寄せるようにして自席へと座らせ、自分もその横に腰を下ろした。


静寂が支配した。


『座れ』


低いウルの声が響いた瞬間、全員が同時に腰を下ろす。真珠は軽く深呼吸をして周囲を見渡した。緊張に飲まれそうになる。けれど、ウルの左手が卓の下で自分の手を軽く握った。誰にも見えない角度で。


真珠の心臓がドクンと跳ねる。驚いてウルを見上げると、彼は前を見たままだった。冷たい顔に微塵の表情もなく。それが逆に、「大丈夫だ」と言われているようだった。


会議が始まる。緊張感が張り詰める中、広報官が震える手で書簡の束を掲げた。


『各国からの后殿下宛の公式書簡が、今週も数十通届いております』


報告を聞いた瞬間、ウルの瞳が鋭く光る。真珠は隣で姿勢を正し、真剣に聞いていた。


『内容は』


ウルの声は低く冷たい。


広報官はごくりと喉を鳴らし、読み上げる。


『……いずれも親善交流の正式要請です。妃殿下を我が国の行事にご招待したい、妃殿下を介しての文化交流を望む、妃殿下を架け橋にアメニアとの友好を深めたい……とのことです』


重臣たちの間に小さなどよめきが走った。


『お后様の外交を本格化させるべきでは』


『国益になる』


『各国の注目を集めている今こそ』


その時。ウルの指が、机をゆっくりと叩く。

トン、トン、トン。

鋭いリズムに会議室の空気が一瞬で凍った。


『真珠は俺の妻だ、外交の道具ではない』


その言葉に重臣たちが息を呑む。真珠も隣で小さく瞳を揺らした。


ゆっくりと、老重臣が慎重に言葉を選ぶ。


『殿下。各国が后殿下を称賛し、親善の要とお認めくださっております。后殿下のお人柄とお力で、アメニアの友好を広げることは国益に繋がります』


ウルの目が細まる。


『……お前たちは真珠を前線に立たせるつもりか』


空気が張り詰めた。真珠が震えた声を漏らす。


『殿下』


ウルがゆっくりと真珠を見る。


真珠は俯かず、真っ直ぐウルを見返した。瞳が震えていても、逃げなかった。


『……私は、后です。后なら……国の役に立ちたいと思います』


室内が水を打ったように静まり返った。ウルの青い瞳が真珠を射抜く。机の下で強く握った手の温度が伝わる。


『お前は俺のものだ』


低く冷たい声が落ちる。


『外交だろうが、国だろうが、他国だろうが関係ない。お前を前に立たせて奪わせるつもりはない』


その言葉に、真珠は唇を噛む。それでも目を逸らさなかった。


『……奪われたりしません、殿下の后ですから。でも……殿下がこの国を背負うなら、私も后として支えたい。役に立ちたいのです』


重臣たちが一斉に真珠を見た。その声は震えていたが、芯があった。


ウルの瞳が揺れた。一瞬だけ、鋭さが和らぐ。だがすぐに氷のように戻った。


『……お前が俺の隣にいるなら、守れる。外交をするなら、俺の目の届くところだけだ』


真珠は瞳を潤ませながら、小さく頷いた。


『……はい』


会議室中の誰もが、二人を直視できなかった。公式供給、過剰すぎる愛情、そして后殿下の決意。側近たちはメモを取りながらため息を呑む。


老重臣がそっと声を落とした。


『……では、后殿下を公式外交行事にご同行いただく方向で』


ウルは冷たく頷いた。


『だが、どれに出るかは俺が決める。いいな』


真珠は深く息を吸い、青いドレスを握りしめた。


『……殿下の隣で、アメニアの后として努めます』


会議はその一言で決着がついた。重臣たちは頭を下げた。


『……后殿下、ありがとうございます』


『殿下……感謝申し上げます』


ウルは何も言わず、真珠の手を強く握ったまま会議室を出た。冷たい瞳の奥に、決して崩れない決意を滲ませて。


分厚い扉が、重く閉まる音が響く。緊張感が充満していた会議室から一歩出た瞬間、廊下の空気が冷たく感じられた。


ウルは無言で歩き出す。真珠の手を強く握ったまま、引き寄せるように先を行く。真珠は少し遅れながらも、その手を振りほどかずについていった。


廊下が人払いされて誰もいないのを確認すると、ウルは唐突に立ち止まった。振り向いて真珠を睨むように見下ろす。真珠の体が引き寄せられるように止まる。


「……っ、殿下……?」


小さく問いかけた瞬間、ウルは真珠を壁際に追い詰めた。片手で背を塞ぎ、もう片方の手は真珠の腰を捕らえる。


「……役に立ちたい、だと?」


低い声が落ちた。青い瞳が真珠を射抜く。冷たく、鋭く、それでいて苦しそうだった。


真珠は一瞬怯んだが、すぐにウルを見返した。


「……はい」


ウルは無言で息を吐く。青い瞳が細く光った。


「お前は俺の后だ、それ以上でも、それ以下でもない」


真珠は唇を震わせる。冷たい紺碧から目を逸らせない。


「役に立たなくていい。何も考えなくていい。お前は俺のものだ。隣にいろ、それだけだ」


真珠の目がどんどん潤む。それでも、目を逸らさない。


「……それは、人形になれってこと?」


グッとお腹に力を入れて、毅然とした態度に見えるよう背筋を伸ばす。


「ウルが喋り、私は黙って微笑むだけ。后って……そういうものなの?」


ウルの眉がピクリと動く。


「……お前は俺のものだ、それ以上は要らない」


真珠は唇を噛みしめた。肩が震える。


「……ウルのものだからこそ。后として、国を背負うあなたの隣に立ちたい。私も、アメニアを支えたいの」


ウルの目は、依然として冷たく見下ろしている。


「だって……ウルが全部背負ってるの……見てられない。私、何もできないのが嫌なの、后なら、妻なら……ウルの支えになりたい」


そう言った途端、ウルは低く笑った。


「……お前が俺を支える?」


それは酷く乾いた声だった。


「ふざけるな、お前は隣にいればそれでいい。それ以上は必要ないと言っているだろうが」


真珠は唇を噛んで、それでも震える声で呟いた。


「……それが、あなたが選んだ后なの?」


ウルの瞳が一瞬だけ揺れる。鋭さが和らぎ、ただ深く、青く、真珠を映した。そして、腰を掴む手にさらに力を込める。真珠が小さく呻くほど強く。ウルは更に距離を詰めて歩み寄る。真珠は壁際まで下がり、背を当てた。


「……危険に晒すつもりか。自分を外交の駒にして」


真珠は揺れる瞳で、でも真っ直ぐに睨み返した。


「駒じゃない、ウルの后よ。あなたの隣に、立ちたい」


沈黙。


ウルの呼吸が荒い。顎を引き寄せ、真珠の額に自分の額を当てるように低く囁いた。


「……わかってるのか。お前が表に立てば敵も増える。奪おうとする奴が必ず出る。お前が、狙われるんだぞ」


ハッと息を呑んだ。ウルは、全部分かった上で、真珠が表舞台に立つことを止めているのだ。一般人だった真珠では、想像もつかない世界。そこに無防備なまま飛び込もうとしているのを、真剣に止めているだけ。……それでも震える声で返した。


「……ウルの隣が、一番安全なんでしょ?だから、あなたと一緒に外交をしたい」


ウルは目を閉じた。肩が微かに震えている。そして低く、押し殺すように息を吐く。


「……お前は俺のもの、それは変わらない」


真珠は小さく笑った。


「わかってる、私はあなたのものよ」


ウルは目を開く。青い瞳が深く、鋭く光った。腰を引き寄せ、逃げられないように抱き込む。


「……隣にいろ、一人では行かせない。どこへ行くにも俺と一緒だ。これ以上は譲歩しない」


真珠の唇が震えた。頷く。


「……はい」


ウルは顔を伏せ、額を真珠の肩に埋める。腕に力を込めた。


「……それでいい、お前が隣にいれば、俺が全部潰す」


真珠は微笑みながら、腕を伸ばしてウルの背を抱いた。


「……ウルと一緒に、国を守りたい」


廊下には、二人の荒い呼吸音だけが響いた。抱き合ったまま離れない。不器用で、鋭くて、でも確かに、お互いを求める熱だけがそこにあった。


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