会見後
重厚な扉が背後で閉じる音が響いた。公式会見室の拍手もフラッシュも、報道陣の喧騒も、全てを切り離すように。外の世界が遠のき、回廊に静寂が落ちた。
真珠の心臓は、さっきまでの公式会見よりも激しく暴れていた。頬は火がついたように赤い。自分でも声が詰まるのを感じた。
ウルは腕を回し、腰をしっかり抱いたまま真珠を見下ろす。青い瞳は冷たい光を湛え、どこまでも深い。誰も踏み込ませない威圧がそこにあった。
「……離して、ください……」
真珠がやっと絞り出した声は震えていた。耳まで赤く、視線も合わせられない。
「人が……見てます……」
ウルの目が細まる。ゆっくりと真珠を引き寄せ、腰をさらに強く抱く。吐息が触れる距離。
「黙れ」
低い声が落ちた。鼓膜を震わせるような重み。
「お前は俺のものだ、それを忘れるな」
真珠はびくりと肩を震わせた。
「……っ……」
声が喉で途切れる。呼吸が荒くなる。
そのままウルはゆっくりと真珠を歩かせた。長い回廊を進む。青と黒の衣装が触れ合い、微かな衣擦れが響く。側近たちが距離を取り、護衛たちが一斉に頭を下げた。誰も正面を見なかった。王と后の、この瞬間を目撃しないように。だが空気は緊張で張り詰めていた。
真珠は必死に足を動かした。でも重心がぶれるたび、ウルの手が強く腰を押さえる。だから逃げられない。逃げても許さない。
「ウル……っ……」
泣きそうな声が漏れる。
「や、やめて……お願い、もう……」
歩けない、その言葉を飲み込む。さすがに情けなくて、恥ずかしすぎる。
真珠の声を聞き、ウルは歩みを止めた。回廊の中央、壁にかかった王家の紋章が冷たく光る。青い瞳が真珠を捉えた。捉えたまま、動かない。
「やめる?」
低い声が、あまりに静かで残酷だった。
「お前が俺のものだと、世界に見せつけるのを?今さら?」
真珠の目が潤む。睫毛が震える。
「……ち、違う……そういう……意味じゃ……」
ウルは吐息を落とすように笑った。その笑いは決して優しくなかった。愉快そうで、苛立っていて、でも何より欲望を隠さなかった。
「可愛いな」
また耳元に顔を寄せる。真珠は呻くように身を捩った。
「……っ……!」
「顔を上げろ真珠」
名を呼ばれた声があまりに低く、あまりに甘かった。真珠は逆らえずに顔を上げた。瞳が揺れる。
ウルは真珠の頬に手を添えた。指先が熱い。軽く顎を持ち上げるように支配する。
「お前は今日、俺のものだと世界に証明した。分かっているな?」
真珠は泣きそうな目で頷いた。
「……う、ん……」
それを見届けて、ウルは口を歪めた。僅かな満足の色が、その完璧な顔に滲んだ。そして突然、真珠を抱き上げた。青いドレスの裾が舞う。途端に真珠が声を上げた。
「きゃっ……!ウル、や、やめ――」
「黙れ」
一喝。
息を呑むほど冷たい声。だが抱き抱えた腕は決して乱暴ではなかった。むしろ護るように強く、逃がさないように硬かった。
側近たちが動揺して目を伏せた。護衛たちが一斉に道を開け、誰も何も言わない。
ウルは真珠を見下ろし、耳元で低く囁いた。
「お前は俺の后だ、俺のものだ」
紺碧の瞳が、穴が開きそうなほど凝視する。
「どこへも行かせない。この一週間も、これからも、ずっとだ」
真珠は声にならない声を漏らした。
「……う、る……」
顔を赤くして、睫毛を濡らして、唇を震わせる。
「可愛い、もっと見せろ」
ウルの声が落ちた。それは甘くて、冷たくて、容赦なかった。
そしてそのまま、後宮へ向けて歩き出す。青と黒が絡み合い、長い回廊を進む。革靴の音だけが響いた。誰もその進路を阻めなかった。回廊を抜ける風が、真珠のドレスを揺らす。それはまるで誓いの残響だった。
「これからもだ」
耳元で最後に落とされた声は、もう誰にも聞こえなかった。もちろん、公式マイクは切れていた。世界中の騒ぎは、もうこの二人には届かなかった。
そして扉の向こうへ――王太子とその后は、静かに、だが決定的に消えていった。
後宮の回廊は、王宮の華やかさとは打って変わって静かだった。外の喧騒も、祝福も、噂も、全てを遠ざけるように重い扉が閉まる。
ウルは真珠を抱き上げたまま、その扉を抜けた。革靴の足音が石畳に深く響く。誰も話さない。侍女も護衛も、全員が息を殺して頭を下げた。ウルの顔が見えた瞬間、全員が一歩引いた。その目があまりに冷たかったからだ。誰も余計なことを言わない。「后殿下のお部屋を」とも、「こちらに」とも言えなかった。
彼らはただ、沈黙で道を開けた。ウルが真珠を抱えたまま進むのを、祈るように見送った。
真珠はその腕の中で小さく震えていた。顔は真っ赤。耳まで熱い。けれど声はもう出なかった。緊張が切れた。羞恥も、疲労も、全部一気に襲ってきた。会見の最中もずっと張り詰めていた心が、ボロボロになっていた。
「……っ……は、ぁ……」
喉が詰まって息を吐く。目の前が滲む。
ウルは何も言わない。真珠を見下ろすその青い瞳は、獲物を逃さない猛獣のようだった。だが抱える腕は決して緩めなかった。むしろ、重さを全て受け止めるように硬く締め付けた。
重い扉が開く。真珠の私室。後宮の中でも一番深い場所。王太子妃として用意された部屋。
ウルが一歩入った瞬間、侍女たちは一斉に頭を下げ、退室した。「失礼いたします!」声を揃えて下がり、扉を閉める音が響いた。
空気が変わった。誰もいない。本当に二人きり。
ウルはゆっくりと真珠を寝台まで運んだ。その足取りは迷いがなく、獰猛なまでに慎重だった。そしてそっと寝台に下ろす。
真珠は荒い呼吸を整える。額に汗が滲む。赤い頬が震えた。でも、その目は逸らさなかった。
睫毛が濡れて、瞳が揺れる。そして唇を噛み、絞り出すように言った。
「……やめてって言ったのに」
ウルの青い瞳が細まっり、無表情のまま見下ろす。その視線が突き刺さるように冷たい。そして、ゆっくりと口の端を歪めた。
「ああ」
鼻で嗤うように、低く短く息を吐く。嘲りのような薄い笑み。
「言っていたな、だが聞くと思ったのか」
真珠の眉がきゅっと寄った。赤く染まった頬のまま、視線を外さず睨む。
「……勝手に連れてきて……抱き上げて……こんなの、恥ずかしいに決まってる……!」
声が震えたけれど、押し殺すように強い言葉だった。
ウルは顎に指をかけた。ぐっと上を向かせる。真珠が息を呑む音が響く。距離がなくなる。睫毛が触れそうだった。
「恥ずかしい?そうだろうな」
低い声が、吐息と一緒に耳元を撫でた。
「世界中に見せたからな。お前が俺のものだと。全部、知られた」
真珠の目を見開く。唇が震えた。でも視線を逸らさなかった。
「……酷い」
ウルの笑みが深くなる。その青い瞳が猛獣のように細まった。
「知ってる」
そしてそのまま腰を引き寄せた。真珠が短く息を呑む。逃げ場を失って身体を硬くした。
「俺は最低な男だ、だからお前を離さない。何を言っても、泣いても、拒んでも」
真珠は震えた。瞳が滲み、頬を赤くしたまま口を開く。でも言葉にならず、喉が詰まった。
「だから命令する、今は息を吸う以外何もするな」
真珠は唇を噛んだ。目を閉じた。そして震える声で絞り出した。
「……本当に、酷いわね」
ウルは嗤った。息を落として、囁くように低く告げる。
「当然だ、わがままくらい覚悟しておけ」
そして強引に引き寄せて抱きしめた。背中に回した腕は逃がさないほどに強かった。耳元で落とされた声は低く、甘く、支配的だった。
「でも……感謝するわ、ありがとうウル」
限界な体は、泥のようにベッドに沈んでいく。
ウルはもう何も言わなかった。ただ抱きしめた。逃がさないように、壊さないように。
外の世界はすべて閉ざされた後宮の中で、二人の呼吸だけが静かに重なった。
ウルは周囲の全て、カメラを通した視聴者にまでも嫉妬するというとんでもない束縛男です。
イライラから真珠に当たってしまうのです。
結構面倒くさい王子です。




