公式記者会見
王宮内の長い回廊を、二人はゆっくりと歩いていた。磨き込まれた黒曜石の床が、二人の衣装を映す。
ウルは深い漆黒の民族衣装に、肩から流れるような金糸の縫取りを纏っていた。裾にあしらわれた青い宝石がわずかに光を反射し、その瞳と同じ青を淡く滲ませる。
真珠は深い青のドレスに身を包み、その首元には黒曜石のチョーカーを飾っていた。
青と黒。
互いの色を纏うようにして進むその姿は、どこか儀式めいた絆の証に見えた。
護衛たちが遠巻きに続き、広報官が小声で段取りを確認する。
『入室後は壇上中央へお進みください。マイクの位置は既に調整済みです』
ウルはわずかに頷き、視線を真珠に落とす。
「問題ないな」
真珠も軽く頷いた。怒涛の一週間だった。とんでもない一週間だった。真珠の頭には、走馬灯のようにこれまでの日々がダイジェストで流れた。
「はい」
だが逆に言えば、記者会見について深刻にならずに済んだのだから良かったのかもしれない。プレッシャーはあった。でも、自分の隣にはウルがいる。それだけで、もの凄い安心感があった。
二人は息を合わせるように歩を進めた。
会見室の扉がゆっくりと開かれる。中は一斉に光が弾けるようなフラッシュで満ちた。報道陣が何十人も立ち上がり、ざわめきが走る。国営放送用のカメラがレールを滑る音が響き、世界中に配信される生放送のカウントが小声で伝えられる。
ウルは無表情を崩さず、ただその瞳を真珠に向けた。小さく息を吸い、声を落とす。
「行くぞ」
真珠はチョーカーに軽く触れ、呼吸を整えた。
「ええ」
二人は一歩を踏み出す。
会見室の中央通路を進むその姿に、報道陣の視線が釘付けになる。無駄のない所作で進む姿は“王”そのものだった。ウルの黒と金の衣装が静かな威厳を放ち、真珠の青いドレスが波のように揺れる。互いの色を纏い、まるで所有と帰属を証明するように。
王室の紋章と真珠の新しい紋章が並ぶ背景幕の前。
壇上には二つの椅子が用意されていた。テーブルには国章入りの公式書類と、国営放送用マイクが並ぶ。
ウルは真珠を先に壇上へ導く。椅子を引き、そのまま腰に触れぬようにそっと手を添える。完璧な外交礼儀。だが青い瞳は、真珠だけを捉えて離さない。
スカートを整えて座る間際、真珠はそっとウルを見上げる。青い瞳と深い黒の視線が重なる。わずかに頬が熱を帯びたが、すぐに表情を整えた。
ウルはゆっくりと椅子を戻し、自分の席に腰を下ろす。報道陣のシャッター音が、嵐のように鳴った。
司会官が緊張した声で口を開く。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。この度、王太子殿下と真珠后殿下による神前婚約式を経て、正式な后認定を広く内外に示すため、公式会見を行います」
ウルは真っ直ぐ前を見据えた。その視線は鋭いが、冷たさはなく、むしろ氷のような静謐さを湛えていた。だが、端から見ても――彼が僅かに横目を動かし、真珠を確認するたびに、その瞳がわずかに熱を帯びるのがわかった。
真珠は背筋を伸ばし、しっかりと顎を引いた。頬に落ちる青い光が、大人びた影を落とす。
司会官が原稿を見て続ける。
「本日の会見は、国内外メディアからの質疑応答を含め、すべて公式記録・公式配信として扱われます。どうぞ、挙手をお願い致します」
会場内の空気が張り詰めた。何十本もの手が同時に上がり、記者たちが必死に名前を呼ばれるのを待つ。
カメラマンが角度を調整し、国営放送のディレクターが「音声OK」「画角OK」を小声で告げ合う。
フラッシュが閃光のように瞬き、――二人の姿が巨大スクリーンに映し出される。
ウルは静かに息を吐いた。その横顔は彫刻のように整い、何の動揺も見せない。だが、真珠が呼吸を整えるわずかな音を拾うように、かすかに視線を下ろした。
そして、真珠が覚悟を決めるように小さく頷くと、ウルもまた頷き返す。何も言葉を交わさないのに、会話が成立していた。記者たちは固唾を呑み、その様子を逃さずメモを走らせる。
最前列の記者が呼ばれ、立ち上がる音が響く。司会官が名を呼び、マイクを向ける。
「――はい、では最初のご質問をどうぞ。」
会場全体が、息を呑むように静まった。フラッシュが止み、紙をめくる音すら遠慮がちになる。
ウルは真正面を見据えたまま、記者の質問を待つ。だがその青い瞳は、鋭いようでいて、微かに真珠の側に揺らいでいた。
そして、真珠もまた――青いドレスの裾をそっと握り締めた手を緩め、毅然とした瞳を報道陣へ向けた。
互いの色を纏い、互いのために座る二人。今まさに、世界に「王と后」として立つ覚悟を示す瞬間だった。
司会官が最初の記者を指名する。
「はい、王国通信社のイブラヒム記者」
若手だが腕利きで知られる記者が立ち上がり、メモを確認しながらゆっくり話し出す。
「殿下、后殿下、まずはご婚約おめでとうございます」
ウルが軽く頷き、静かな声を響かせた。
「ありがとうございます」
真珠も短く頷いた。
「ありがとうございます」
イブラヒム記者は礼を取り、次の瞬間空気を変えた。
「さて、世界中が注目した神前婚約式の中継ですが――“この女を俺のものとする”“誰にも奪わせない。神よ見届けろ”というお言葉は、非常に強い印象を与えました。一部では所有宣言だ、現代的価値観と合わないという批判も出ています。殿下はどのように受け止めておられますか」
会場が息を呑む。小さく紙が擦れる音だけが響いた。スタッフが緊張して立ち尽くす。
ウルは視線を微動だにせず、しかし青い瞳をわずかに細めた。そしてゆっくりと、完璧な発声で答えた。
「ご指摘は理解しております。あの言葉は誤解を招くほどに、私の本心が出たものです」
ざわつく記者席。ウルは淡々と続ける。
「私にとって、后は“私のもの”であり、何人も奪わせぬ存在です。それは支配の言葉にも聞こえるでしょう。しかし実際には、命を賭してでも守るという誓いの形です」
真珠に一瞬視線を落とす。その青い瞳が、たった一人を真剣に見据えていた。
真珠は軽く息を吐くようにしてから、自分の言葉を紡いだ。
「誤解されるのは当然だと思います。けれど、私はその言葉を選んだ彼を知っています。それが彼の“守る”という表現だと、知っているからここにいます」
フラッシュが一斉に弾けた。何人もの記者がメモを取るペンを走らせた。
司会官が間を取って次を促す。
「次のご質問を」
今度は欧州通信社の女性記者が立ち上がる。涼やかな声で、だが鋭い質問を放つ。
「后殿下、ご自身の意志は尊重されていますか?
報道では“後宮への監禁”という表現もありました」
空気がぴんと張り詰める。何人かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。
真珠は瞳を逸らさず、しっかりと記者を見た。青いドレスの裾が微かに揺れた。
「はい、尊重されています。後宮にいたのは事実です。守るために閉じ込めたということも」
会場がざわつく。真珠は続けた。
「ですが、出られる機会もありました。それでも私は出なかった。選んだのは、私自身です」
記者たちのペン先が一斉に走った。フラッシュが何度も光る。
ウルはその間、一言も挟まなかった。だが真珠の言葉を聞くたび、わずかに目を細め、頷く仕草を見せた。その青い瞳が、真珠にだけ注がれていた。
司会官が再び次を促す。
「次の方、どうぞ」
今度は国内紙の年配の男性記者が立ち上がった。声に僅かな怒気を滲ませる。
「殿下。儀式中に“所有宣言”と取れる発言を、神前で、世界中に中継するなど前例がありません。王族としての自覚に欠けるのではありませんか」
空気が重く沈む。スタッフが小さく咳払いをし、カメラが微かに揺れる音さえ響いた。
ウルは表情を崩さず、静かに視線を合わせた。
「ご指摘は真摯に受け止めます。王族として、慎重であるべき場で本心を出したことは事実です」
一瞬、場が静まる。だがウルは続けた。
「ただし、后に誓う言葉を偽ることは私にはできません。彼女を守り、誰にも奪わせぬと誓う。それが私の王族としての責務です」
低く、落ち着いた声が石壁に反響する。記者席が一斉にペンを走らせる音に埋もれた。
真珠もまた、真っ直ぐに年配記者を見た。
「王族として、国のために振る舞う責任は理解しています。けれど后として、妻として、誓いの言葉を受け入れるのは私です。私は、その言葉を受け入れました」
フラッシュが眩しく光り、記者たちの顔が一瞬白く照らされた。誰も息を吐けないような張り詰めた時間。
司会官が小さく咳払いをし、緊張を解いた。
「次のご質問を」
女性誌の若手記者が立ち上がった。声が震えながらも、鋭く問う。
「后殿下……儀式のあと、階段を降りる際に殿下が腰を抱き寄せ耳打ちする場面が世界中に流れました。あの時、何を言われたのですか。」
記者席が騒めく。カメラマンがピントを合わせる音が大きく響いた。
真珠は唇を閉じ、呼吸を落ち着けるようにチョーカーに触れた。頬にわずかに朱が差す。だが視線は逸らさない。
「それは、私にだけ言ってくれた言葉です。公に話すつもりはありません」
その言葉の重みが会場を押し潰した。スタッフが息を呑む。フラッシュがぱちぱちと続く中、記者は小さく頭を下げた。
ウルはわずかに視線を落とし、真珠を見た。その目には何の動揺もなく、ただ穏やかな光が宿っていた。
「……」
そして無言で頷く。その仕草だけで、二人の間に交わされた約束が感じ取れた。
女性誌記者の質問が終わった後、会場は微妙な熱気を孕んだ沈黙に包まれた。息を呑む音、ペン先がカリカリと走る音。フラッシュの残光がまだ網膜に焼きつく。
真珠はわずかに視線を下げ、長い睫毛を震わせた。青いドレスの裾を整えた手が微かに力む。
その隣で、ウルは一度も視線を外さなかった。まるで報道陣は透明であるかのように。真珠が整える仕草を見届け、その動作が終わるまで待つ。
そして、何も言わないまま小さく頷いた。
司会官が気を取り直すように声を張る。
「次の質問をお願いします」
今度は海外の通信社の中堅記者が立ち上がった。落ち着いた英語で、だが鋭い内容を突きつける。同時通訳がマイクで流れる。
「殿下、世界的には“後宮”という制度そのものが時代錯誤とされています。后殿下がそこに入れられたこと自体が問題視されています。この批判をどう受け止めますか。」
会場の空気が冷え込んだ。真珠が息を吸い、チョーカーに触れる指を止める。視線を真正面に戻す。
だが先に口を開いたのはウルだった。
「ご指摘は理解しております。しかし当王国には、後宮は単なる娯楽や権力の象徴ではなく、王族の血統を護り、伴侶を守るための空間という側面もございます」
フラッシュがまた光る。ウルは瞬きもせず続けた。
「后を後宮に入れたのは、外からの脅威を排除し、安全を確保するための判断でした。その過程で心情的に苦痛を与えたことは否定しません。だからこそ、今こうして公式に后として迎え、隣に座ってもらっております」
言葉を切り、静かに真珠を見た。その瞳は硬質なのに、微かに熱が滲む。だが口調は揺るぎなく敬語。
真珠はしっかりと顎を引き、記者を見返した。
「後宮にいたことは事実です。ですが私は、そこに入ったことも、そこにいる間の時間も否定しません。そこを出て、こうして殿下の隣に座ることを選びました」
記者席に走るペン先の音が、一斉に強くなる。誰もがその言葉を逃すまいとしていた。
司会官が次を指名する。
「はい、続いて――」
若手の国内記者が立ち上がる。声が少し震える。
「后殿下……一部で“洗脳だ”“自由意志がない”という声もあります。本当に、殿下を愛しているのですか」
一斉にカメラが真珠に向く。フラッシュがまた光る。誰も息を吐けない。
真珠は一瞬だけ瞳を閉じた。そして静かに開き、真っ直ぐに前を見た。
「はい。愛しています」
ペンが落ちる音。誰かが小さく息を呑む声。
「私がここに座っている理由は、それだけです」
ウルは動かなかった。ただ、わずかに呼吸が深くなる。その瞳が真珠だけを映して、微かに細められた。言葉はない。ただ視線がすべてを物語った。
司会官が硬い声で告げる。
「次の質問をお願いします」
今度は慎重そうな声の年配記者が立った。
「殿下、后殿下。これからの公務においては、どのような役割分担を考えておられますか」
空気が少しだけ和らいだ。だが緊張の糸は切れない。
ウルがまず答えた。
「后は私の伴侶です。公務も共に行います。国民の前に立つ時も、外交の場も、私と共にいます」
静かで、揺るがない声。だが僅かにその瞳に滲む独占欲は隠しきれなかった。真珠をちらりと見やり、視線を落とす。
一瞬固まりそうになりながら、真珠も口を開く。
「……はい。どこへでも、殿下と共に行きます」
その声は震えなかった。会見室に、青と黒の衣装を纏う二人の決意が満ちた。
司会官が深く頭を下げた。
「これにて、本日の質疑応答を終了とさせていただきます」
報道陣から一斉にフラッシュ。シャッター音が雪崩のように響く。
ウルがゆっくりと立ち上がった。真珠を振り返り、片手を差し伸べる。真珠は少しだけためらった後、その手を取る。青いドレスの裾が波打ち、黒と金の衣装と絡むように揺れる。
ウルは椅子を引き、真珠を立たせると、さりげなく腰を支えた。記者たちがその仕草を一斉にカメラに収めた。
フラッシュがまた弾ける。
「こちらをお願いします!」
「お二人、もう少しお近くに!」
二人は無表情を崩さなかった。だが真珠の頬はわずかに赤く染まっていた。ウルの指先が腰に触れたまま離れなかったから。
そして、二人は同時に一礼した。
「ありがとうございました」
その声が重なり、マイクに鮮明に響いた。会場中の息が止まる。
ゆっくりと壇上を降り、公式の旗を背に通路を歩く二人。真珠の青い裾が黒と金の衣装を縁取るように揺れた。ウルは一度も手を離さなかった。
――――公式マイクがまだ生きているのを、誰も気づかないまま。
会見室を出た途端――ウルがそっと真珠を引き寄せ、腰に手を回す。真珠が驚いて目を見開く。
「……上出来だ、俺の真珠」
低く、抑えた声がマイクに乗る。
真珠は頬を真っ赤に染め、息を呑んだ。ウルが押し殺すように笑う声も、しっかり拾われた。
会場がざわめいた。報道陣がスクリーンを見て騒然とする。そしてSNSは即座に炎上した。
【SNS実況・世界同時多発炎上】
「最後wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「“上出来だ、俺の真珠”公式マイク事故wwwwwwww」
「外交モード完璧だったくせに私生活駄々漏れwwwwwwww」
「真珠さんの顔!!!あれ絶対好きな女の顔!!!」
「世界中に王太子の執着を生中継wwwww」
「国営放送ありがとう。」
#公式供給事故 #ウル真珠 #国際問題じゃないこれ
ウルはスタッフに促されても腕を離さなかった。真珠を腰ごと抱え込むように支えたまま、会場を後にした。
その青い瞳は、誰にも渡さないと宣言するように鋭く光っていた。そして、真珠だけを見ていた。




