結局はやっぱりそういうことなんですよ
重厚な王宮会議室の扉が閉まった瞬間、広報官は大きく息を吐いた。テーブルの上には無数の紙資料とタブレットが散乱している。SNSのリアルタイムコメント、海外報道、国内世論調査の速報――全ての数字が光を放っていた。
『……殿下の“この女を俺のものとする”という発言。“所有宣言”と捉える声はあるが……正直、批判より支持が多い』
若手側近が言葉を探すように続けた。
『“あれだけ一途なのは信用できる”とか、“あんな顔で言われたら無理”とか……冷静に分析するほど、擁護派が強いです』
年配の政策顧問が鼻を鳴らした。
『ふざけた話だな、だが民意は民意か』
外交官が腕を組む。
『問題は国外だ。宗教観、女性観の違いで叩かれるリスクは常にある。国際メディアも様子を伺っている』
広報官が机を叩く。
『だからこそ公式声明を出す。まとめはこれだ』
机の中央に一枚の紙が置かれた。
【アメニア王国王室公式見解】
「この度の神前婚約式における王太子殿下の誓約は、后殿下への深い愛情と誠実な守護の誓いであると理解しております。今後ともこの想いを国内外に誠実に伝えてまいります」
会議室に沈黙が落ちた。
若手側近が首を傾げる。
『……誤魔化してはいませんが、率直に言うと“美談化”ですね』
外交官が肩を竦める。
『美談化は正しい。だが愛情として説明すれば、受け入れる国も多い』
政策顧問がゆっくり言った。
『だが問題は、この文章を“読む”だけで済ませるのか、だ』
全員の視線が集まる。広報官が頷いた。
『声明文を発表するだけでは足りない。後宮に妃殿下を閉じ込めていたイメージを消すためには……』
若手が口を挟む。
『妃殿下ご自身が、公に隣に立つ姿を見せるべきだ。自分の意志で選んだと』
外交官が目を細めた。
『そうだ。声明文だけでは“王室のプロパガンダだ”と報じるメディアもある。妃殿下自身が言葉を発する場が必要だろう』
政策顧問がまとめるように言った。
『つまり――公式記者会見を開くしかない』
会議室にどよめきが走る。若手側近がタブレットを睨みつけた。
『……国内外メディアを招き入れるんですか?反対派の記者も質問しますよ』
外交官が冷たく笑った。
『だからこそだ。真正面から受けてみせろ。質問に答えるのは殿下と后様、誤魔化す必要はない』
沈黙が落ちた。誰も反論しなかった。
少しして、広報官が低く言った。
『……覚悟を見せる。それが、この国の王太子殿下らしいやり方だ』
そのとき、重い扉が開いた。ウルが真珠を伴って入ってくる。黒い民族衣装に身を包み、青い瞳を細めて全員を見渡した。
空気が張り詰める。誰も立ち上がらない。ただ背筋を伸ばしていた。
ウルは机の上の声明案を一瞥した。そして低い声を落とす。
『……それでいい』
若手側近が息を呑む。
『……殿下、公式会見の実施を……』
ウルは視線を横に滑らせた。冷たい青の瞳が鋭く光る。
『当然だ』
広報官が意を決して問う。
『ご覚悟を……』
ウルの声が静かに落ちた。
『俺の后だ、俺の隣に座らせる。何を誓ったか、どう選ばせたか、真珠自身に言わせる』
誰も言葉を挟めなかった。だが、その青い瞳には確かな決意が宿っていた。
広報官が立ち上がり、一礼する。
『畏まりました。公式声明をもって、会見実施を国内外に通達します』
外交官が書類をまとめる。
『国内メディア、海外特派員、主要大使館記者……
全部呼ぶ』
政策顧問が頷く。
『王太子殿下が后殿下を隣に迎え、世界に誓う。“これは王族の義務だ”と見せつける』
ウルはそれを黙って聞いていた。だが最後に、誰にも向けないように吐き捨てた。
『……騒ごうがどうしようが構わん。俺が選んだ女だ。誰の許しも要らん』
その声が真珠の耳に届く。ハッと息を呑んだ。この人はまた平然となんてことを……頬が熱くなるのを感じた。だが普通を装って唇に力を入れる。
会議室に再び静寂が戻った。だがそこには、もう決意以外の言葉はなかった。
王室広報部は、外交官たちは、この国の全メディア対応班は、同時に理解した。
――この公式会見は、弁明ではない。
――宣戦布告だ。
この国の后は、この男のものだ。その事実を、世界に向けて宣言する場だ。
こうして公式声明は発表された。
『王太子殿下の深い愛情と誠実な誓約を国内外に誠実に伝えていく』
そして――世界中が固唾を飲む中、公式記者会見の日時が告知された。
その頃王宮内の別の会議室。そこでは“なぜ王太子の所有宣言が炎上しないのか”の真理に辿り着いていた。
重厚な扉の向こうで、会議室は地獄みたいな空気だった。分厚い絨毯が足音を吸い込み、シャンデリアの明かりが妙に白々しい。
テーブルを囲む王室広報官、外交官、年配の政策顧問、若手側近たち。皆、血色を失った顔でタブレットを見つめていた。そこには、SNSコメントが滝のように流れていた。
「王太子殿下の“俺のもの”宣言に泣いた」
「支配じゃなくて誓いだろこれ」
「後宮は愛の檻。入れられたい」
「真珠さんの顔がすべて。はい尊い」
「画面の中の絵画かと思った」
「この国羨ましすぎる」
若手側近が震え声で呟いた。
『……これ、国際問題……じゃないんですか……?』
外交官が書類を閉じて、頭を抱える。
『当初はそのつもりだったらしい。人権団体から声明草稿も来ていた。だが、結局正式発表は止まったんだ』
若手が顔を上げる。
『なんで……』
広報官が深く息を吐く。
『……后様の顔だ』
会議室がシンとした。
広報官はタブレットを傾けて全員に見せた。そこには切り抜かれた動画。
神前婚約式、ウルが低く「俺のものとする」と宣言した直後。真珠が一瞬震えるように息を呑み、それでも視線を外さず頷く。大きな瞳に潤む光。触れれば壊れそうな、儚げな微笑み。
広報官は冷静に説明した。
『この頷きが世界中に抜かれた。そしてこれで“強制”が否定されたんだ。自分の意志で受け入れた女だと印象付けた』
外交官が鼻を鳴らす。
『被害者像を潰したってことだな』
若手側近が呆然と呟いた。
『……でも……後宮に閉じ込めてたんですよ……?“愛の檻”って言われても、事実は監禁じゃ……』
広報官がため息を吐く。
『その監禁が“命を守る檻”として美化されてる。実際、後宮襲撃の未遂事件もあったしな』
外交官が書類をめくり、読み上げた。
『“自分の安全のために閉じ込められるのを受け入れた姫君”。“王子が世界を敵に回しても護る物語”。海外メディアはこれでロマンチック枠に突入した』
若手側近がタブレットをスクロールする。世界中のコメントが溢れていた。
「狂気じみた独占愛最高」
「守るって執念、尊い」
「真珠さんをあの目で見つめる王太子の顔がガチ」
「自分の命を差し出す男は信用できる」
「顔がいいは正義」
若手側近の手が止まった。
『……顔……?』
外交官が肘をついて、片目を瞑った。
『顔だ』
広報官も渋い顔で頷いた。
『顔だ』
重い沈黙。
年配の政策顧問が鼻を鳴らす。
『結局、あの殿下の青い目と、あの整った顔だから許されてる。台詞が同じでも、他の王子が言ったら世界中がドン引きだ』
若手側近が顔を伏せる。
『……ですよね……』
外交官が乾いた笑いを漏らす。
『ただの所有宣言が、愛の誓約になる。本当に、罪深い話だと思わんか』
広報官が別のタブレットを見せる。SNSでは切り抜き動画がバズっていた。ウルが真珠を抱き寄せて、耳元で何かを囁き、真珠が赤面するシーン。
「音声拾った、殿下の笑い声で死ねる」
「公式供給ありがとう」
「これもう王族のラブロマンスを国営放送してるだけ」
若手側近がタブレットを置いた。
『……これ、もう抗えないですね』
広報官が手を組み直す。
『公式声明は“深い愛情と誠実な誓約”路線でいく。言い逃れはしない、ただ愛だと伝える』
外交官が肩を竦めた。
『……いいだろう、あの二人なら嘘にはならない』
会議室に、妙な諦めと納得が漂った。
若手側近がポツリと呟く。
『……でも、あの殿下だからしょうがないですよね。国を背負う覚悟と、あの美貌で言われたら……むしろ見せつけられてスカッとした人も多いみたいですし』
広報官が乾いた笑みを浮かべた。
『真珠妃殿下もな。あの儚げな顔で、目を逸らさずに頷いた。世界はそういうのに弱いんだ』
外交官が小さく笑った。
『……結局顔か』
『顔だな』
若手も、もう一度タブレットを見て。そこに並ぶコメントを眺めた。
「愛が重い。最高」
「支配じゃない。選んだ女の物語」
「私も言われたい」
「これは顔がいいから許される罪」
若手は小さくため息をついた。
『……はい。しょうがないです』
会議室に広がったのは、奇妙な諦めと、少しだけの笑い声だった。そして、そこにあったのは確かに――
「羨ましさ」と「認めざるを得ない美しさ」だった。




