ある若い側近の受難
王宮執務室の一角。真新しい木製の机の上に、タブレット端末と紙のメモが散乱していた。若い側近が深刻な顔をして頭を抱え込んでいた。
『……はあ……』
溜息が漏れる。神前婚約式の全世界配信が終わって数日。国王の広報室に出向する形で特命が下ったのだ。
『式後のSNSおよびネット報道の反響を整理・分析し、公式対応案をまとめよ』
側近は王宮の広報担当としてはまだ下っ端だった。
それでも「情報感度が高い」という理由で任された。若手の期待株。だったはずだ。
『期待するのは勝手だけど……無理だろ、これ』
画面をスクロールする。SNSのタグが飛び交っている。
#俺のものとする
#監禁婚約式
#公式がバグってる
#リアルヤンデレ(イケメンに限る)
#ウルシュガ様
#公式供給過多
『……いや、タグ多すぎるんだよ。どれが肯定でどれが批判だかわかんねえ』
分類しようとしてExcelが崩壊した。肯定か否定か、文化圏ごとの違い、性癖談義、二次創作。論評、賛美、冷笑、研究スレ。全部ごちゃ混ぜに、だがウルを中心に回っていた。
『なあ、ちょっと相談していい?』
声をかけたのは同じく若手の同僚だった。同僚は面倒くさそうに顔を上げる。
『何』
『……ウルシュガ殿下の婚約式、SNSの反応まとめろって命令きた』
『うん』
『ヤバい』
『知ってる』
側近はタブレットを見せた。
『見ろよこれ。全部“ヤンデレ”“監禁”“所有”“独占”って単語出てくる』
『いやそれ事実じゃん』
『公式で監禁ムーブした殿下に抗議の声もあるんだけどさ』
『あるんだ?』
『……あるけど、『だがそれがいい』ってリプで殴り合い始めてる』
同僚は吹き出しそうになりながらも、真顔に戻る。
『で、どうまとめんの?』
『だから悩んでるんだよ!』
側近は項垂れた。
『王室広報に提出するんだぞ?これ。殿下ヤンデレすぎて全世界ドン引き→だがそれが萌える、って書けるか?』
『書けない』
沈黙が落ちた。同僚が真顔で言う。
『……客観的事実を書け』
『客観的に??』
『全世界配信で『俺のものとする』『誰にも奪わせない』と誓約し、花嫁が涙を流しつつ受け入れた』
『余計ヤバくね?』
『客観的だろ?』
側近は頭を抱えた。
『俺は何書けばいいんだよ……』
『ポジティブなポイントを探すしかない』
『ポジティブ……?』
同僚が指を折った。
『殿下、顔が良い』
『そりゃそう』
『伴侶を愛してるのはガチ』
『……うん』
『浮気はしない』
『うん』
『世界がドン引きするほど独占する』
『だめじゃね?』
『萌える層には刺さる、公式がバグってるってタグ見ろ』
『解釈一致すぎる』
二人は黙る。側近は額を机につけた。
『……俺、提出用の報告書に何て書けばいい?』
同僚は溜息をついた。
『……“殿下の独占欲が一部層に熱狂的支持を得ています”でいいんじゃね?』
『それだけ?』
『“世界中で公式ヤンデレ認定”』
『終わった』
しばらくして、側近は顔を上げた。
『……もうこれ、公式も覚悟決めた方がいいよな』
『なにを』
『アメニア公式は推しカプ供給してるって』
『国策カップルか』
『外交カードになるのか……?』
『萌え輸出か』
二人は真剣な顔で無言になった。画面には、ウルと真珠が並ぶ儀式の一枚絵が映っていた。ウルが真珠の手を強く握りしめ、真珠が震える睫毛を伏せている。
タグはこう書かれていた。
「#公式が最大手」
「#監禁婚約式」
「#誰にも奪わせない」
「#リアルヤンデレ(イケメンに限る)」
側近はタブレットを閉じた。
『……提出、明日でいいかな』
『うん』
『……ちょっと飲みに行こうぜ』
『同意』
そして二人は、絶望と笑いを半々に含んだ顔で執務室を出ていった。
翌朝――
側近は目の下にクマを作りながら、報告書の最終チェックをしていた。何度も「削るか」「やっぱり残すか」と悩んだ挙句、結局はこうなった。
【SNS・報道分析まとめ(抜粋)】
・殿下の伴侶発表に全世界的関心。
・配信にて誓約の言葉「俺のものとする」「誰にも奪わせない」等、強い所有を示す表現が話題。
・花嫁の涙や緊張を伴う姿が「監禁婚約式」などの呼称を生む。
・肯定的反応:「公式が供給」「最大手」など推し文化化。
・否定的反応:「所有欲が露骨」「国家的監禁」など批判も散見。
・結果:殿下の強い独占愛に対する評価は賛否両論だが、全体的に話題性・注目度は非常に高い。
・特記事項:SNSでの「公式ヤンデレ」認定。
側近はこれを印刷し、ファイルに綴じて、決死の覚悟で広報室長に提出した。椅子に座る室長は老獪な顔で報告書をめくり、読み始めた。
……数分の沈黙。
側近は背筋を伸ばしたまま脂汗を垂らす。室長がページを閉じ、顔を上げた。
『……公式ヤンデレ認定、か』
低い声だった。側近は思わず背を丸めた。
『……申し訳ありません、ですがこれが実態でして……』
『わかっている』
室長は短く吐息をついた。
『殿下の“独占欲”をどう表現するか……それが今後の課題だな』
『は、はい』
側近はもう泣きそうだった。
『ですが、肯定的な層の支持は熱狂的でして……』
『分析としては正確だ。よくまとめた』
『……っ、ありがとうございます』
室長は眉を寄せ、報告書をパタンと閉じた。
『――これを上に出す』
『は、はい』
『ただし、表現を少し整える』
『ど、どうするんですか?』
室長がつぶやいた。
『“殿下の一途さと揺るぎない愛情表現が一部層に熱狂的支持を受けている”』
『一途……!』
『“監禁婚約式”は……“強い独占誓約”に書き換えろ』
『独占誓約……!』
『“公式ヤンデレ”は……“圧倒的な所有愛”に』
『所有愛……!』
側近は慌ててペンを走らせた。
『……さ、さすが室長です……!』
『……言葉選びだけは慣れているからな』
そのまま室長が一言、呟いた。
『まぁ……事実は変えられんがな』
側近はビクッとした。
その日の午後。ウル直属の秘書官室に、最終版が送られた。
【神前婚約式SNS・報道反響報告(最終稿)】
・殿下の誓約は世界的に大きな注目を集めた。
・誓約の言葉が“強い独占誓約”として各国メディアで報じられ、賛否両論が発生。
・肯定的な層からは“圧倒的な所有愛”“一途さ”を評価する声多数。
・公式発表としては「殿下の愛情表現を正しく伝えることが重要」との見解。
それを受け取った秘書官たちは無言で読み込んだ。やがて、最年長の秘書官がメガネを外し、疲れた声を出した。
『……“殿下の愛情表現を正しく伝えることが重要”、か』
『嘘は書いてないな』
『まぁ……真実だしな』
若い秘書官がぼそりと漏らした。
『ヤンデレだってバレてるけどな』
一同が沈黙した。そして誰かが小さく笑った。
『……だが伴侶はおられる』
『そしてあの方は泣きながらも誓いを受け入れた』
『愛情には、形がある……ってことだな』
『国策としては面倒だが……この二人にしかできない』
結局、報告書はそのまま王室上層部へと提出された。内容は、決して誤魔化されてはいなかった。ただ少しだけ言葉が、柔らかくなっただけだった。
そして国の公式見解として、
「殿下の深い愛情と誠実な誓約を、国内外に誠実に伝えていく」
という方針が決定したのだった。




