全裸になれ! ~三つ編み第一主義者、限定~
幽霊「わたし、ゆうれいです」
あなたは22歳の男子大学生。
家賃が安いという理由で、いわくつきアパートを借りて、一人暮らしをしている。
本当に心霊現象があるのかは半信半疑だったけれども、ここに住んで一ヶ月、実際にそれを体験した。大半が夜中だった。
ドアが勝手に開いた。
女性の奇妙なうめき声が聞こえた。
寝ていたら、急に体が重くなって目が覚めた。
明かりが急についたり消えたりして、目が覚めた。
許さない許さない、許さない許さない、あなただけ安心して眠っているのなんて許さない、などと聞こえて、目が覚める。
あなたは寝不足になった。
すでに何度も、住み着いているらしい幽霊も目撃した。
髪の長い女性で、袖とスカート部分の長い、薄汚れた白一色のワンピースを着ている。
この幽霊は大抵物陰に隠れて、こちらの様子を見ていた。あなたが視界に入れると、彼女はいつもすぐに消えた。
あなたの寝不足が続く。
あなたに対する心霊現象も続く。
あなたが送る日常生活にも、支障が出て来る。
目が覚めた。
いや、目を覚ませられた。
あなたもだんだんイライラしてきた。
あなたは家賃をきちんと払っている。それなのにこんな目に遭うのはおかしいと考える。
ただ逆に言えば、いわくつきだからこそ、安い家賃で済んでいる。本来の相場はもっと高いはず……。
悩ましい。
あなたは苦痛から解放されないまま、再び夜が訪れる。
部屋の明かりを点けると、向こうの角で半分だけ体を出す幽霊がいる。前髪で顔は隠れていても、きっとあなたを見ている。
「おいお前、いい加減にしろよッ!」
あなたが怒鳴り声を上げると、幽霊は姿を消した。
しかし、翌日も同じような展開になる。
「何度も出て来んならさ、せめてその服脱げよッ!」
そっちのほうがまだマシだと思い、あなたは声を飛ばした。幽霊はすぐに姿を消した。
翌日の夜、部屋の明かりを消す前に、あなたは幽霊を見た。
「んっ?」
素直に驚いた。向こうの角でこちらの様子を見る幽霊は、ワンピース姿ではなかった。
体を半分隠す彼女は、白いブラジャーと白ショーツしか身に着けていない。
あなたが見ていても、彼女はすぐに消えなかった。
彼女の白い下着は大人っぽさがなく、もし幽霊なら、若くして亡くなったのだろうと推測出来た。
ほっそりとした体型の彼女の露出度が大幅に上がっていて、あなたの気分が異常に舞い上がる。
「今度は全裸だ!」
こう叫んだ直後、若い女性の幽霊の姿が消えると同時に、壁を大きく叩くような音が鳴った。拒否するという返答のようだった。
ともあれ、半裸にまでなってくれた幽霊に、あなたは親近感と興奮を覚えた。
「ありがとう」
あなたは見えなくなった幽霊に感謝した。
この日以降、彼女との関係性が劇的に変化する。
まず、脅しのような心霊現象はほぼなくなった。
毎晩、ほんの数秒現れる時が、ほとんど下着姿になった。
ワンピースを着ている時もあり、たくし上げで下着を見せてくれることもあった。かわいさもない単なる白のすっぽりショーツだったけれど、たくし上げは強烈に魅力を引き上げる。
もうほとんど脱いでしまうぐらいのたくし上げをして、白いブラを目の前で見せてくれることもあった。胸部は小さく、ブラも白いリボンがついているぐらいの安っぽいものだったけれど、気前良く見せてくれる大胆さがすごくいい。
さらには、彼女の髪形も変化する。
あなたは三つ編みの子が好きだった。
それを察してなのか、彼女の髪は途中から、三つ編み一本、または三つ編み二本になっていった。
三つ編みの女子が下着姿で迫ってくれる。
彼女の存在は、もはやご褒美と言っていい。
あなたの苦痛は、彼女に触れられないことにまでなっていた。
そんなある日、彼女は三つ編みを背後に一本垂らした下着姿で、語り始めた。
「わたし、ゆうれいです。わたしがこちらで地縛霊になって苦しんでいるのに、あなたは毎日幸せそうに寝ていて、ずっと許せなかった……。でも、最近、あなたが、わたしを受け入れてくれて、好きになってくれて、わたし自身も幸せになりました。ありがとうございます」
彼女は深く頭を下げる。
「今までご迷惑をおかけした分、精一杯恩返しをさせて頂きますので、これからも地縛霊でいて、いいですか?」
抱きしめたくなるぐらい、かわいらしい言動だった。
「ああ。じゃあ全裸よろしく」
ドンッと、大きく壁を叩く音が鳴った。
「あのー、節度はきちんと守ってくださいよ? もっと大きな音を鳴らし続けて、ご近所迷惑確定させてあなたを追い出すことも出来るのですが」
脅し声も出せるらしい。
「じゃあ……代わりに、触れたりするのは?」
「それも駄目ですけれど、触れては、あげますね」
彼女が近寄って来た。前髪で隠れた顔を少しだけ、見られた。十代から二十代前半ぐらいで、そこそこ、かわいい顔をしている。
「はい……お胸です……」
彼女はあなたの手に小さな胸部を預けてくれた。
確かに、感触が伝わった。
それが分かった後、彼女はすぐに消える。
彼女が何日も現れなくなった。
空白の期間が続くにつれて、あなたの不安は増していく……。
「この前は力を使い過ぎてしまい、なかなか姿を現せませんでした」
一週間もの後の彼女の出現に、あなたは心底ほっとした。もう彼女なしでは生きられない。
「力は節約して、毎日現れてほしい」
「そのお願いを、叶えてあげましょう。その代わり、“ぜ”と“ん”と“ら”の雑誌は、もう見ないで下さいね」
全裸の雑誌。
彼女はこの部屋にあるエロ本の存在を知っている。
「約束はしない」
「まあっ!」
三つ編み下着姿の彼女は驚く反応をする。
「でも全裸より、今のお前のほうが好きだ」
「わたしも全裸にはなりませんが、あなたのことが好きです」
「大好きだ」
「大好きです」
「……やっぱり全裸、ダメか?」
「駄目ですね。良くない主張です」
「全裸を一緒に見たら、気が変わるかもしれないな」
あなたはエロ本を取りに行こうとした。
「結構です。あなたは彼女にそのような雑誌を見せるのですか?」
「えっ、お前、俺の彼女なのか?」
「ゆうれいです」
「そうだよな……」
「ウイ」
「急にフランス語でイエスと言い出すとか、脳がバグりそうになるんだが!」
初めて彼女の口からカタカナ言葉を聞いた。
「脳がばぐる……、理解が追いついていない、という意味ですか?」
「ウイ」
今度はあなたがフランス語で返すと、
「真似されましたわ!」
「今度は急なお嬢様言葉が出たっ!」
「ウイ」
この安っぽい下着女子は、お嬢様やフランス語話者とは程遠い。
「またフランス語! フランス語はウイだけじゃないんだぞ!」
「キーウィ」
「いきなり飛べない鳥の姿になりやがったぁーッ!」
とってもリアルな、めずらしくておもしろい鳥を、あなたは目にした。
あなたの全裸という要望は、思いもしなかった全く別の形で叶えられた。
(終わり)
キーウィ、見た目と動きと響きがかわいいです。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。