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きつねのおよめさん

作者: のい

 朝焼けの道端に動物が倒れていた。よく見ればそいつは狐で、訴えるようにぴすぴすと小さな声で鳴いている。

近付いてみれば足から血を流していると気づく。

狐に触ったらエキノコックスに感染するらしい。だから触らずに通り過ぎようとした。

けれど、助けを求める狐を放っておくのも忍びない。腹を括って狐を抱えた。

スマホで動物病院を検索する。辛うじて時間外対応をしてくれる病院を見つけた。

インターホンをしつこく鳴らすと獣医が応えた。眠たげに目を擦りながらも獣医は狐を診てくれた。

狐は大したケガではなく、治ったら山に帰す約束で解決。狐は無事に治って山に帰りました。めでたしめでたし……のはずだったんだけどなぁ。

 狐を助けてから一週間後、ポストを開けたら大量の松茸が詰まっていた。

次の日もその次の日も、更に次の日もポストに松茸が詰まっていた。

助けた狐が恩返ししているんじゃないかという疑惑が浮かぶ。まさかそんな昔話みたいなことあるかよ。

休みの日、玄関のドアスコープからポストの様子を覗く。すると蜂蜜色の髪を結わえた若い女が松茸をポストに入れているのが見えた。

勢いよくドアを開けて女に近づく。

「うちのポストに毎日松茸を入れているのはお前か。正体は狐か?」

女は驚いて逃げるどころか嬉しそうに頬を赤らめた。同時に耳と尻尾が飛び出す。

「バレてしまっては仕方ありません! 先日は助けてくれてありがとうございました! あなたのお嫁さんにしてください♡」

満面の笑みを浮かべて勢いよく飛びついた狐女に玄関先で押し倒される。柔らかな温度に触れてそそのかされそうになる。

「ふざけんな! 狐なんぞに化かされてたまるか!」

狐女を突き飛ばして外に追いやり、玄関を力一杯閉めた。

「そんなぁ。美味しいご飯作れますし、人間の女の人より尽くしますよ。温もりが欲しいときは一緒に寝ましょう? わたし、人間より温かいんです♡ わたしたち幸せになれますよ。……だから扉を開けてください!」

 狐女はしばらく玄関先で喚いていたけれど、しばらくすると耳と尻尾を下げてしょんぼりと帰っていった。

 後ろ姿を見送りながら惜しいことしたな、と少しだけ後悔した。

きらきらの蜂蜜色の髪、瑞々しい若葉色のつり目、温かく柔らかな肌、鈴を転がしたような明るい声、くるくると変わる表情の豊かさ。魅力を挙げればキリがない。

……けれど正体は狐。狐を嫁にするなんてありえない。

 なんて考えているうちにうたた寝してしまった。

寝返りを打つと先程の狐女がうつ伏せになってにこにこ笑っている。

「おはようございます! ずいぶん気持ちよさそうに寝ていましたね」

「どうやって家ん中に入った!」

玄関は鍵をかけたはずだ、なのに何故こいつはここに居るのか?

「台所の窓が開いていたので狐の姿で飛び込んだのです。そしたらあなたが寝ていたので、ご飯を作っておいたのですよ♡」

 机の上には食べきれない程の料理が並んでいる。まさに狐に化かされているとしか思えない。

「朝になったら葉っぱに戻るのか?」

「そんなことありませんからご安心ください♡」

狐が作った料理は不本意なくらい旨かった。それ以来、狐は休前日の夜に食事を作りに来るようになった。

 ある晩、ふと疑問に思って狐に訊いた。

「何でお嫁さんになりたいって思ったんだ?」

「病院に連れていってくれたときのあなたが格好よくて、惚れちゃったんですよぅ」

「きつねの基準では俺は格好いいのか。人間には見向きもされないのに」

「あなたのよいところは人の目線からは分からないのかも知れませんね。わたしは足元にいたからあなたの格好良さに気づけたんです」

 それを聞いてほんの少しだけ狐の想いがわかった。そして、自分の想いにやっと気付いた。

「……お前ほど真摯に向き合ってくれる奴にこの先出逢えるとも思えん。もう狐でも構わんからここに住め」

 狐は「そうです。わたし犬科なので一途なんです♡」と抱きつく。

胸の奥が温かくなって、これが恋なのだと今更知った。

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