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Behind You  作者: しろがー
8/8

 

 ◇



 この思いを彼に伝えよう。


 そう決心したのは大学二年生が始まった頃だった。


 危機感をもった。このままでは一生を片思いで終わらせてしまう。まあ、それはまだいい。


 嫌なのは、彼にこの気持ちが伝わらないまま、老いてしまうこと。こんな宙ぶらりんなまま、死にたくない。


 彼に電話して、これから行くことを告げる。大事な話がある、そう言った。


 彼は不思議がりながらも、了承した。


 結局一緒の部屋に住むことはできなくて、私は彼のアパートから少し離れた、セキュリティのしっかりしているマンションを借りた。


 そこから、走って彼の元へ向かう。


 周りなんて見えてなかった。いつかと同じ。いや、いつもとおなじ。でも、その時だけちがった。


 気付いたら、私に自動車が向かってきていた。


 はねられた。


 コンクリートに体を打ち付けて、ああ、死んだ、なんて。血がダラダラだったから、そう思った。


 でも、死ねない。まだ伝えてない。もしかしたら生まれてから二十年、ずっと愛していた人かもしれないのに。


 血が垂れる。


 嫌だ。死んだらこの想いを誰が伝える? 誰にも言えなかった胸の苦しみを一体誰がわかってくれる?


 そうだ、もっと早く言ってればよかったのだ。彼みたいに常識に捕われないで、伝えればよかったのだ。


 でも、私は弱虫。だから、彼に憧れたのだ。二人で一人、そんな二人だったから。



 意識が遠退いた。けれど、思いは途絶えない。


 どうしても。

 どうしても。

 どうしても、伝えたかった。


 

 ◇



 私はその瞬間に目を覚ました。今までの記憶が鮮明に思い出される。


 そうだ。私は草野遥。現役大学二年生。サークルはテニス。誕生日はちょい前。成績はまあまあ。友達付き合いもよい。結構モテてる。でも、絶対に付き合わない。だって、好きな人がいるから。多分、生まれてからずっと、好きだった人。


 そして彼は目の前にいた。真剣な眼差しを私に向けてくれている。嬉しい。


 でも同時に悲しい。どうしてそんな今にも泣きそうな顔をしているの?



「やっぱり……遥だったか」



 彼はそういった。苦しそう。なんで? 私は……


 ちらり、と横を向いたのがいけなかった。そこには笑顔の私の写真があった。写真には黒い帯がかかっている。即座に理解。



 私は……死んだんだ。



 そして……。



 生き返ったんだ。彼と過ごした一ヶ月ほどの思い出が、フラッシュバックする。ああ、私はこんな思いをしていたんだ。


 断られた同棲生活までできて、幸せだったんだ。彼が怒るから、渋々だった。でも、最後に幸せだった。よかったんだなぁ。



「遥……っ」



 前を向く。


 あの強くて頼もしくてカッコイイ彼が、泣いていた。感情を剥き出しにして、泣いていた。


 

「どうして泣いてるの?」


「だって……。俺がおまえの気持ちに気付いてやってたら」



 ……ああ。結局私は彼に想いを伝えてなかった。そうだ。幽霊になっても、彼はしばらく気付いてくれなかったんだ。


 でも、やっと、気付いてくれた。私が今までずっと言わなかったのは、もしかしたら彼が気付くのを待っていたのかもしれない。



「俺は、俺は……っ」


「いいんだよ」



 私は精一杯の笑顔で応えた。あなたはなにも悪くない。悪いのは、多分、私。怖かったんだもん。いろいろと。


 臆病だったの。想いを伝えたらすべてが壊れてしまいそうだったから。


 でも、もう我慢する必要はないんだよね。吐き出していいんだよね。


 そう思うと、知らず、鳴咽が漏れた。最後、なんだ。彼と会うのも。生きるのも。



「うっ……今まで、ありがとね。私、最後にあなたと二人で過ごせてすっごい幸せだった。今までで一番。初めての、でっ、デートに誘ってくれて……」



 涙で顔がぐちゃぐちゃ。でも彼には見えてないんだろうな。そう思うと益々泣けた。


 

「おっ、俺だって。凄い、幸せだった。ありがとう。おまえのおかげでまた頑張れる……」



 私からは彼が見える。とっても泣いてる。彼がこんな風に泣くなんて、知らなかった。私も彼のことを全てわかってるつもりだったのに。


 ううん、もういい。私は彼に想いを伝えに来たんだ。それ以外は野暮。この機会をくれた神様を怒らせたくはない。



「あのね。大事な話があるの」


「……ああ」



 彼も悟ったらしい。ゆっくりと頷くと、涙で濡れた顔をこちらに向ける。


 私は堪えられなかった。彼に抱き着く。抱き着いて、抱き着いて、抱き着いて。


 彼の温もりを一杯もらって。やっぱり好きだと確信して。


 精一杯の勇気を振り絞って、二十年来の想いを告げた。



「私はあなたの傍にいられてとっても幸せだった。二十年間、ありがとう。とーっても、愛してるよ。お兄ちゃん」


 

 ◆



 最後にその言葉を残して、遥の気配は静かに消えた。仏壇に飾られた彼女の顔が、新たな色を付け足したように見えた。



「あら、和也。いたの?」



 よっこいしょ、なんて掛け声をかけながら、買い物から帰ってきた母親が、袋を置いた。和也の視線が双子の妹の仏壇から動かないことを見て、俯く。



「知ってた? 母さん。遥さ、ずっと俺のことが好きだったんだってさ」



 涙が止まらない。葬式では泣かなかった。ただただ、胸を埋める空虚にさいなまされた。そして、生きる気力を失った。助けてくれたのは、結局遥だった。



「勿論」



 当たり前、といった様子で母親は頷いた。



「私はあんたらの母親だよ。遥はずーっとお兄ちゃんお兄ちゃん言ってたでしょ」


「気付かなかった。ずっと妹だから甘えてるんだと思ってた」


「それでいいの。今となっては、もう。あんた、さっさといい女を嫁にもらいなよ」



 母親はそういって、台所に向かった。強いな、と思った。泣いていたのは、黙っておく。


 でも、当分嫁はきそうにない。


 この一ヶ月の間に恋をしてしまっから。



「俺も愛してる。ありがとうな、遥」



 また幽霊でもこないかな、と思う。そしたら絶対同棲を許可するのに――


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