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Behind You  作者: しろがー
7/8

 

 ◇



 大学も彼と同じになった。


 いや、同じに“した”。


 彼と離れるのは片時でも嫌だったのに、四年間も会えないなんて嫌だ。死んでも堪えられない。私の彼に対する思いはここにきて、膨張の一途を辿っていた。


 彼のことしか考えられない。


 成績も奮わなかったけど、彼に近づきたくて、三年生時は寝ないで勉強した。そのかいあってか、無事、合格。合格して、二人で手をたたき合った。


 そして私は勇気を振り絞って彼に言った。


『一緒に住まない?』


 名目上は家賃が浮くから。でも本当の目的は彼とずっといたいから。


 でも、断られてしまった。一応、男と女だろって。


 悔しいけど、嬉しい。彼は私と過ちをおかしたくないのだ。つまり、私が積極的にアピールすれば、彼は私を唯一人の女の子として認識する。



 幸せな気持ちで、大学生活がスタートした。


 

 ◆



 和也はユウの正体に気付いてしまった。あの思い出はあの子とだけの大切な思い出。ユウはそれを迷いもせずに手に取った。



「……和也さん。どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」



 ユウが困惑を表しながら近づいてくる。しかし、曖昧にしか頷き返せない。まさかあの子だとは思わなかった。


 そして、怖かった。ユウにこれを伝えたら間違いなく消えてしまうだろう。映画の定番だ。ここにきて惜しくなった。初めて本当の恋をしたかもしれない。本当に、遅すぎる発見だった。


 あんなにも近くにいたのに――


 離したくない。彼女とすごした時間は、もう生活の一部となっている。彼女と接するのが、一パーツになってしまっているのだ。これを失ってしまったら、またあの生活に戻ってしまうのではないか。


 結局は、後悔に行き着く。なんで気付いてやれなかったんだ、って。



「和也さん……?」



 心配そうにつぶやく彼女。どうやら自分は彼女を幸せにしないといけないらしい。彼女がここにきてしまったのは、言い残したことでもあるのだろう。こっちとしても、言いたいことがあった。



「デートしよう」


「……え?」



 和也は彼女をデートに誘った。


 

 ◆



「は、初めてですよね。和也さんとデートなんて」



 はにかみながら、彼女は言ってきた。和也の後ろをついてくる。



「そうでもないぞ。二人きりで歩いてたのは、ほぼ毎日だし」


「そ、それはデートじゃないです! でも……幸せです」



 とろけるほどに甘い声。それを聞いて、涙が零れそうになった。彼女は、ずっと自分を好いてくれていたのだ。なのに、気付けなかった。鈍感ではなかったはずなのに。


 池のある緑地公園を通りかかった時、和也は明るく言った。



「手、繋ごうか」


「……え?」



 周りから見たら、気違いの類に見られるだろう。でも、関係ない。この時はどんなことがあっても、取り返せないから。



「……はい」



 小さく答えて、彼女の存在感のない手が和也の手に重なった。ふわり、そんな感じのする、優しい温もり。自分はこの温かさを、物心ついた頃からずっと感じていたのに、その大切さに初めて気付いたのは今この時だった。



「おまえの手、温かいな」


「和也さんも、ですよ」



 しばらく歩き、目的の場所につく。駅、だった。



「あのさ。行きたいところがあるんだ。いいかな?」


「いいですよ。初めてのデートですから、リードしてください」



 彼女の笑顔に胸が痛んだ。


 

 ◆



 二人が電車に乗られること数時間。結構長い距離を走った電車から下りて、和也はあたりを見渡した。まるで変わってはいない。



「あの、……ここは?」


「ん。俺の故郷」



 まさか一ヶ月前に来たばかりだったのに、また来るとは思わなかった。あの時は景色が見えてなかったから、改めてこの地の懐かしさを感じる。



「行こう」



 再び彼女の手をとり、和也は歩きだす。彼女は驚いたようだったが、和也に引かれるまま、歩み始める。その様子が幸福に満ちていたので、和也も幸せそうな表情を浮かべた。



 ◆



「こんちゃ」



 見慣れた家の戸を開け、和也は中に入る。家の主は居なかった。だが、大丈夫だろう。今更勝手に上がったからといって咎めるようなものでもなし。


 中をずいずいと進む。彼女を連れて。


 これが最後だ。悲しい。彼女に絶望から救ってもらったのだ。命の恩人といっても過言ではない。


――だから。


 彼女には安らかに成仏してもらいたかった。

 

 家の奥へ進むと、目当てのものが見つかった。


 仏壇。


 彼女の生きていた頃の写真が飾ってある。でも、彼女はそれを見ても気付けない様子だった。いや、気付かない振りをしているのか。どちらにしても和也が切り出さなくてはならない。



「あのさ……」


「はい」



 和也の真剣な面持ちに感化されたのか、気を引き締めた様子の彼女。


 和也は崩れそうな心を支えながら、震える唇で語り始めた。



「初めておまえが家に来たとき、俺は廃人寸前だったんだ。それは、人が死んだから。一番近しい人だったのかもしれない。多くのことを相談したし、相談された。彼女のことなら全てわかっているつもりだった」



 所詮、つもり。一番大事な心の奥には気付けなかった。あんなに近くにいたのに。誰よりも近くにいたのに。先入観だったのか。彼女が自分に恋するわけないって。



「だけど、一番大事なことは結局知ることはできなかった。知る直前に、彼女は死んでしまったから」


「あの、……なにを」



 不思議そうに首を傾げる彼女。この様子だと本当にわかっていないようだ。今彼女がいるところが、彼女の家だということに。



「わかったんだよ、おまえの正体が」



 彼女は息を飲んだ。


 和也は口を開く。



「草野遥。それがおまえの名だ」


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