六
◇
大学も彼と同じになった。
いや、同じに“した”。
彼と離れるのは片時でも嫌だったのに、四年間も会えないなんて嫌だ。死んでも堪えられない。私の彼に対する思いはここにきて、膨張の一途を辿っていた。
彼のことしか考えられない。
成績も奮わなかったけど、彼に近づきたくて、三年生時は寝ないで勉強した。そのかいあってか、無事、合格。合格して、二人で手をたたき合った。
そして私は勇気を振り絞って彼に言った。
『一緒に住まない?』
名目上は家賃が浮くから。でも本当の目的は彼とずっといたいから。
でも、断られてしまった。一応、男と女だろって。
悔しいけど、嬉しい。彼は私と過ちをおかしたくないのだ。つまり、私が積極的にアピールすれば、彼は私を唯一人の女の子として認識する。
幸せな気持ちで、大学生活がスタートした。
◆
和也はユウの正体に気付いてしまった。あの思い出はあの子とだけの大切な思い出。ユウはそれを迷いもせずに手に取った。
「……和也さん。どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」
ユウが困惑を表しながら近づいてくる。しかし、曖昧にしか頷き返せない。まさかあの子だとは思わなかった。
そして、怖かった。ユウにこれを伝えたら間違いなく消えてしまうだろう。映画の定番だ。ここにきて惜しくなった。初めて本当の恋をしたかもしれない。本当に、遅すぎる発見だった。
あんなにも近くにいたのに――
離したくない。彼女とすごした時間は、もう生活の一部となっている。彼女と接するのが、一パーツになってしまっているのだ。これを失ってしまったら、またあの生活に戻ってしまうのではないか。
結局は、後悔に行き着く。なんで気付いてやれなかったんだ、って。
「和也さん……?」
心配そうにつぶやく彼女。どうやら自分は彼女を幸せにしないといけないらしい。彼女がここにきてしまったのは、言い残したことでもあるのだろう。こっちとしても、言いたいことがあった。
「デートしよう」
「……え?」
和也は彼女をデートに誘った。
◆
「は、初めてですよね。和也さんとデートなんて」
はにかみながら、彼女は言ってきた。和也の後ろをついてくる。
「そうでもないぞ。二人きりで歩いてたのは、ほぼ毎日だし」
「そ、それはデートじゃないです! でも……幸せです」
とろけるほどに甘い声。それを聞いて、涙が零れそうになった。彼女は、ずっと自分を好いてくれていたのだ。なのに、気付けなかった。鈍感ではなかったはずなのに。
池のある緑地公園を通りかかった時、和也は明るく言った。
「手、繋ごうか」
「……え?」
周りから見たら、気違いの類に見られるだろう。でも、関係ない。この時はどんなことがあっても、取り返せないから。
「……はい」
小さく答えて、彼女の存在感のない手が和也の手に重なった。ふわり、そんな感じのする、優しい温もり。自分はこの温かさを、物心ついた頃からずっと感じていたのに、その大切さに初めて気付いたのは今この時だった。
「おまえの手、温かいな」
「和也さんも、ですよ」
しばらく歩き、目的の場所につく。駅、だった。
「あのさ。行きたいところがあるんだ。いいかな?」
「いいですよ。初めてのデートですから、リードしてください」
彼女の笑顔に胸が痛んだ。
◆
二人が電車に乗られること数時間。結構長い距離を走った電車から下りて、和也はあたりを見渡した。まるで変わってはいない。
「あの、……ここは?」
「ん。俺の故郷」
まさか一ヶ月前に来たばかりだったのに、また来るとは思わなかった。あの時は景色が見えてなかったから、改めてこの地の懐かしさを感じる。
「行こう」
再び彼女の手をとり、和也は歩きだす。彼女は驚いたようだったが、和也に引かれるまま、歩み始める。その様子が幸福に満ちていたので、和也も幸せそうな表情を浮かべた。
◆
「こんちゃ」
見慣れた家の戸を開け、和也は中に入る。家の主は居なかった。だが、大丈夫だろう。今更勝手に上がったからといって咎めるようなものでもなし。
中をずいずいと進む。彼女を連れて。
これが最後だ。悲しい。彼女に絶望から救ってもらったのだ。命の恩人といっても過言ではない。
――だから。
彼女には安らかに成仏してもらいたかった。
家の奥へ進むと、目当てのものが見つかった。
仏壇。
彼女の生きていた頃の写真が飾ってある。でも、彼女はそれを見ても気付けない様子だった。いや、気付かない振りをしているのか。どちらにしても和也が切り出さなくてはならない。
「あのさ……」
「はい」
和也の真剣な面持ちに感化されたのか、気を引き締めた様子の彼女。
和也は崩れそうな心を支えながら、震える唇で語り始めた。
「初めておまえが家に来たとき、俺は廃人寸前だったんだ。それは、人が死んだから。一番近しい人だったのかもしれない。多くのことを相談したし、相談された。彼女のことなら全てわかっているつもりだった」
所詮、つもり。一番大事な心の奥には気付けなかった。あんなに近くにいたのに。誰よりも近くにいたのに。先入観だったのか。彼女が自分に恋するわけないって。
「だけど、一番大事なことは結局知ることはできなかった。知る直前に、彼女は死んでしまったから」
「あの、……なにを」
不思議そうに首を傾げる彼女。この様子だと本当にわかっていないようだ。今彼女がいるところが、彼女の家だということに。
「わかったんだよ、おまえの正体が」
彼女は息を飲んだ。
和也は口を開く。
「草野遥。それがおまえの名だ」




