五
◇
高校も同じになった。彼は頭が良くて、ついていくのが大変だったけど、離れたくはなくて頑張った。
でも、高校で、彼は私と接しなくなってしまった。私が話し掛けてもすぐに逃げられてしまう。
どうして? 私は尋ねたかった。でも、無理だった。私には度胸も自信もない。
そして、彼に初めての彼女ができた。
私ははらわたが煮え繰り返るのでもなく、ただただ悲しくなった。彼は私を意識してくれてはいなかった。そう、思うしかなかった。
私は彼女と楽しそうにしている彼を見ても、彼の気持ちを偽ることはできない。
好き。
その一言が伝えられたら、あそこにいるのは私だったかもしれない。
私も何度か告白されたけど、全て断った。彼と以外、手も繋ぎたくない。
一ヶ月もすると、二人は別れた。
私はとっても安堵したけど、そんな自分が益々嫌いになった。
◆
不思議なものだ。人間というのはいかなる現象にもある程度の期間をおくと、慣れてしまうらしい。
ユウと出会って一週間、二週間と経ち、もはや彼女がいる日常が当たり前になってしまった。
このままだといけないとわかっている。ユウは黄泉の世界の住人だ。深入りすればするほど、別れが辛くなる。わかっているのに……和也は惰性で彼女との生活を続けてしまっていた。
「だから、外では話し掛けんなっつの。俺が独り言つぶやいてるようにしか見えないだろ」
「うふふ」とユウはやたら嬉しそうに笑う。
「それはそれで面白いです。和也さんにはいつも煮え湯を飲まされてますから。お返しです」
「言ってろ。もう反応してやんね」
「あ、う、うそです! 冗談じゃないですか。……和也さぁん」
冗談だというのはわかっているが、どのみち話すわけにはいかないのだ。今歩いているのは大学のキャンパス内。当然人通りもそれなりにある。不審者扱いはされたくない。
「あの、和也さん。私が悪かったです……。だから口利いてください。私、寂しいですよ」
んなこといわれても。
「……ぐすん」
背後から何やら不吉な音がした。女の最終兵器である。幽霊とはいっても根源は女性なのか。
ユウが他人に見られることはないため、ほって置いても実質害はないが、人間性の問題。まあ、他人にどう思われようが関係ないか。
「こっちも冗談だよ。だから泣き止め」
「ほ、ほんとですか? ……よかったです」
えへへ、なんて照れたように笑う。嘆息し、前を向くと、
「おう、和也じゃん」
学友に出くわした。
「よう、一馬」
一馬は高校からの親友である。一緒に勉強し、テストでは熾烈な争いを繰り広げ、同時に入学を果たした人物。
今から帰る和也と違って、彼はこれから講義らしい。学部が違うため、会うことも珍しかった。
「なんだ、おまえ。独り言喋って。ついに気でも振れたか?」
「うるさいな。誰だって独り言の一つや二つ言うもんだろ」
剥きになって言い返すと、一馬は笑った。
「悪い悪い。なんか隣に誰かいるみたいに話してたからな。見えないもんでも見えてるのかと思った」
図星。やけに鋭いやつである。しかし、和也は動揺を顔におくびも出さない。ユウの気配が小さくなったように感じる。ビビったな。
「その様子だと、元気そうだな。よかったよかった。寝込んでる、ってきいて心配してたんだぞ」
「余計なお世話。見ての通りだから」
「そうか……」
一馬は大仰に頷くと、遠い目をした。なにかを言いかけて、やめる。
「悪い。今から講義なんだ。じゃーまた」
「おう」
一馬が駆けていってしまったので、和也も手を振り返して、歩きだす。空は茜色。
一馬が何を言いかけていたのか、わかるようなわからないようなで、結局流すことにした。
◆
家に帰り、一息つく。今となっては当たり前になったが、ユウがせっせと動き始めて、お茶を入れてくれた。温かいお茶。喉を通る時、その心地よさに目を閉じる。知らず、称賛の言葉が漏れていた。
「ユウさ。本当、いい女だよ。生きていた時、相当モテてたんじゃないか?」
「いえ、そんな……」
照れ屋らしく、必死に否定の言葉を紡ぐ。満更でもなさそうだった。
「不思議だよな。だったら、順風満帆な生活送れていたはずなのに」
「……」
ユウは黙った。死んだ、とかいうのは流石に失言だったか。とはいっても、事実なのだから謝罪のしようがない。
和也も口を閉ざすと、晴れやかな雰囲気で、ユウが口を開いた。
「でも、こうして和也さんと生活できてますし……。欲張ってはいけません」
いい子である。益々理解できない。死んだのは事故だったとしても、現世に固着する意味が。こんな彼女が何故執着するのか。
恥ずかしがりやだったとか? この彼女は本当の彼女ではないとか? いじめ等を受けていたとか?
やはり、わからない。自分にはどうしようもない。このまま、彼女が思い出すのを待つのか。もしくは、一生このまま……。
嫌だ! と首を振れない自分にため息を吐いた。
◆
「和也さんは……いい人です。私は生前……きっとあなたに惚れていたのだと思います。だから、こうしています」
「でも、俺には心当たりがないんだ。ユウがどんな人だったのか、全くわからない」
昔付き合ってた彼女。いや、まだ生きている。しかも、男と同棲中だ。
図書委員の女の子。かなり恥ずかしがりやで、いい子だったが、自分のことを好いていたかどうかは疑わしい。それに、死んでない。
近所の友達。誰も死んじゃいないだろ。しっかりしろ。
まだ和也は若い。別れなんてほとんど経験していない。心当たりの女の子はいない。
いや、……ユウは死んでないんじゃないか? もしかして、生きていながら心だけがこちらにいる、みたいな。
「やめよう」
どれもこれも机上の空論に過ぎない。的を射ているものがあっても、それを証明する術がない。
和也は立ち上がり、実家からもってきた思いでの品々を並べてみた。なにか手掛かりはないか、と。
何も思い浮かばなかった。――しかし。
「あ、これ……」
ユウはそのうちの一つを手に取り、懐かしむように眺めた。端から見たら、そのものだけが浮いているようにみえ、ホラーチックである。
だが、和也はもう何も考えられなかった。それを取った途端、彼女は自分の正体を暴露した。
だって、それはあの子との思い出の品だったから――




