交わらない新幹線
誤字脱字など有れば指摘していただけると幸いです。
ーJ900系新幹線ヤマト号8号車ー
「ふーん、なるほど。そういうわけね」
3列シートに窓側から例の子、彼女、僕という並びで座る。
いきさつを説明すると、彼女も納得してくれた。
「誤解が解けたようで良かったです。それじゃあ、引き続き…」
僕が立ち上がると、彼女も立ち上がる。
「ちょっと待って。私も手伝う」
えっ、と思わず声が出てしまいそうだった。なんというか彼女のことは苦手だ。顔立ちは良いのだが、どうも性格が合わなそうというか、何か隠しているように見える。
「人数が多い方が良いでしょ?それとも私が着いてくるのが不満?」
声は押し留めたが、表情は隠せなかったかもしれない。
「いやいや、そんなことはないですよ。助かります」
「そうよね。さ、行きましょ。最後尾まで探して見つからなかったら、さっきの部屋も開ければ良いじゃない」
「はは、そうですね」
不機嫌にならず切り替えてくれて良かった。彼女は子どもの手を握ると、先導して車内をどんどん進んでいく。まるで、車内に母親がいないのを知っているかのように。
ー中央合同庁舎第2号館ー
「ん?おかしいな、こんなときに故障しやがったか」
確かに委員長室を座標設定したはず。しかし、転移した先は庁舎のエントランスであった。
機械の故障を疑ったが解消する術がない。エントランスには到着できた訳だから、歩いて向かえばいいだけだ。
階段へと向かおうとすると、警備員室から人が飛び出してきた。
「ちょっと困りますよ!いきなり委員長室に座標設定なんかされちゃ!」
年配に見える割には足取りは軽やかだ。きっと元警察関係者で再雇用されたのだろう。
「あんたが止めたのか?この緊急事態ってときに困るのはこっちだよ!」
「緊急事態だろうがダメなのものはダメです」
「警備員室にだって新幹線が暴走したってニュースくらい届いてるだろ」
「だからって委員長に何の用があるんです?」
時間の無駄だ。突き飛ばしてでも進もうかとも考えたが、何とか理性で抑え込む。
「ここで説明したら通してくれるのか?乗客の命の責任をあんたが取れるのか!?」
これでも何か反論するようなら手が出るかもしれない。
「通してやってくれ」
聞き覚えのある声だ。
「どうせ押しかけて来るだろうと思ってたよ」
ニュースでしか見たことがなかったが、そこにいるのは紛れもなく国家公安委員会委員長のチヨダだ。
委員長がヤマトビットで転移するのを追うように端末を操作する。今度は成功だ。エントランスには警備員が一人佇んでいた。
チヨダ委員長は応接用のイスに深く腰掛けていた。俺が話すより先に委員長から話してきた。
「防衛隊をどかせって話だろう。そんな要請が来る頃じゃないかと思ってたよ。しかし、長官経由じゃなくて、直接来るのは予想できなかったな」
「話が早いです。どうか委員長から防衛大臣に伝えてください。お願いします!」
腰が直角になるくらい頭を下げる。
「無茶な話だよ。君も理解してるだろう?まず管轄が違うんだから、できることがない」
そんな返事が来るのは百も承知だ。直訴をして処分が無いなんてあり得ない。ここで食い下がらなかったら終わりだ。
「ですが、政党は同じでしょう。一人の政治家として話はできないんですか?」
「同じ政党だから話が通じるとは限らない。役職の壁というのは大きいんだよ。その点はカガ君のほうが理解してるんじゃないか?」
ダメだ。委員長なら話が通じると思っていたんだが。
「じゃあ、なぜ私を部屋まで通したんです!追い返すならエントランスでも良かったはずです!」
俺の悪い癖が出てしまった。どうしてもすぐに啖呵を切ってしまう。
しかし、委員長は俺の挑発的な態度も見透かしていたようだ。
「冷静になってもらいたかったんだ。カガ君は例の件があるだろう。それで私にも報告が上がっていたんだよ、要注意人物として」
俺は何も言い返せなかった。
「考えてみなさい。時速500キロで暴走する新幹線を警察の力だけで止められるか?管理していたプロ達が止められないんだぞ。もう武力によって事態に対処する他ないのは明らかだ」
大きく息を吸って吐いて、自分を落ち着かせる。そして必死に言葉を紡ぐ。
「いえ、まだそうは決まってません。新たに電力吸収作戦を実行する目処が立っています。それに車内には未だ乗客が取り残されているんですよ!防衛隊が国民を攻撃するなんてことが許されるはずがない!そんなことは私たちもさせたくないんです」
途端に委員長が驚いた表情になる。
「ん?乗客?何を言ってるんだ、あれは無人列車じゃないのか?」
「違います。イベントの参加者を乗せたまま、走り出してしまったんです」
どんどんと委員長の顔から冷静さが失われていくのが見て取れる。
「聞いていた話と違うな。現場の状況を報告してくれ」
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