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前から後ろから新幹線

誤字脱字など有れば指摘していただけると幸いです。

 犯人の右手には銃、左手には…スマートフォンか。

 業務用で会社から支給されていた記憶はあるが、それでも10年近く触っていない。


 スマホの画面にメモ機能で書いたと思われる文章を、こちらに向けてくる。


 "運転席までついてこい 大人しくしていれば危害は加えない"


 私はうなずき、立ち上がった。


 ーJ900系新幹線ヤマト号 5号車ー


 僕は車窓の眺めに釘付けになっていた。写真や動画に残そうかとも思ったが、それよりも自分の目で見ていたかった。

 (サークルのやつらに言ったら羨ましがるだろうな。僕は本当に運が良いみたいだ)


 トンネルに入り、暗闇に自分の顔が映る。ずっと身体を乗り出し、窓に寄りかかっていたから身体が痛くなってしまった。こんな機会だ、父さんと同じように車内を探索しよう。


 背伸びをして、身体をほぐして席を立ち上がると同時に、ドアが開く。

 現れたのは小学生らしき男の子だった。


 それだけであれば無視するというか、素通りするだけなのだが、その子は様子が変だった。

 目的地に向かって歩くというよりは、チラチラと周囲を見て何かを探しているようだ。

 何より表情から不安を隠しきれていない。

 「ボク、自分の席は分かるかい?」

 たまらず僕は声をかけた。

 その子はハッと驚いた顔をして、何とかうなずくのが精一杯のようだった。

 「そっか。お父さんか、お母さんと一緒に来たの?」

 「おかあさん」

 「お母さんとはぐれたのかな?」

 母親のことを聞くと、どんどんと顔が暗くなる。

 「おかあさんトイレに行くって言ってた。でも帰ってこないからあ、探しにきた」

 泣きそうな声で、そう説明する。目には少し涙が浮かんでいた。

 「そうだったのか。もし良かったら、お兄さんと一緒に探さないかい?ちょうど車内を探検したかったところだし」

 その子を無視して立ち去るという選択肢はなかった。

 

 ーJ900系新幹線ヤマト号7号車ー


 7号車に足を踏み入れると、私の背中に突きつけられていた銃の感覚が消える。

 背中越しに振り返ると、犯人はドアに最も近い通路側の席に座っていた。

 私が立ち止まっていると、左手で"行け“と追い払うような合図を出す。

 

 なるほど、いくら乗客が少ないといっても背中にぴったりと立ち移動する様子は、不審者と見られてもおかしくはない。それなら私を先に行かせ、後から着いてくる方が良いと判断したのだろう。

 通路は直線だから、私が不用意な動きをしても銃撃することは可能だ。


 7号車と6号車を結ぶドアまで近づくと、犯人も立ち上がり追いかけてくる。

 ドアが閉まり、私が視界から消えることのないように、早足で駆けつけてくる。


 (このままだと運転席にたどり着いてしまう。誰かに助けを求めないと…)


 6号車へのドアが開くと、5号車側のドアからも人が入るところだった。

 一瞬、目を疑った。その顔には見覚えがあったからだ。間違いなく、私の息子だ。なぜか後ろに小学生らしき子供を引き連れている。

 息子も私に気づいた様子で、お互い歩み寄っていく。

 

 「父さん、ちょうど良かった。手伝ってほしいんだけど」

 私は努めて平然を装った。

 「ああ、どうしたんだ?」

 「この子なんだけど、お母さんとはぐれてしまったみたいなんだ。各号車を探そうと思ってたんだけど、人数が多い方が探しやすいと思って…一緒に探してくれないかな?」

 男の子は、息子の腰あたりから顔をのぞかせている。私と目が合うと、スッと隠れてしまった。


 いつもの私なら二つ返事で了承するだろう。しかし、今はあまりに状況が悪すぎる。

 この新幹線が暴走していることも、犯人が同じ号車にいることも伝えようにもできない。

 息子と子供が動揺したり、犯人に気付いた素振りをすれば、新たに2人を人質にとるかもしれないし、最悪の場合…いや、そんなことはさせない。


 私にとっては短い立ち話だが、犯人には長すぎたのだろう。しびれを切らして座席を立ち、私達に近づいてくる。

 「父さん、どうかしたの?」

 どうする?犯人を刺激しないように、でも何か伝えなければ。

 「いや、悪いんだが一緒に行けそうにない。車内を往復しただけで疲れてしまった。もう年だからな」

 「ああ、そっか。じゃあ席に戻って車窓を楽しんで。僕が責任もって探すから」

 そう言って息子が立ち去ろうとする。私は呼び止めるようにして声をかけた。

 「車内の設備も貴重だから、よく見ておきなさい」


 息子は"分かった“とだけ返事をして進んでいく。犯人とも何事もなくすれ違う。

 互いに5号車と7号車へと歩みを進める。

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