凶暴な新幹線
誤字脱字など有れば指摘していただけると幸いです。
「仕方ない。新幹線の停車は後回しにして、乗客を避難させましょう」
「分かりました。我々も全面的に協力させていただきます」
カガ刑事が電話をかける。
「こちらカガです。応援を要請します」
それから管理室に簡易的な捜査本部が設置されるのに、そう時間はかからなかった。
ーJ900系新幹線ヤマト号 1号車ー
ここにも親子連れが乗車して、子供が窓からの景色に釘付けになっていた。
「お母さん、みてみてギューンって建物が動いてるよ!」
「ふふ、建物が動いてるんじゃなくて、私達が乗ってるシンカンセンが動いてるのよ」
「へえー。じゃあシンカンセンってスゴイんだね」
子供はそう言って目を輝かせる。
「そうねえ。でも、今日は動くはずじゃなかったのにどうしたのかしら?」
母親も一緒に車窓を眺める。
「ねえ、ノゾム。お母さん、お手洗いに行ってくるから、ここで待っててね」
ノゾムは背を向けたまま、うなずく。
私が新幹線に最後に乗ったのは、たしか中学3年くらいのころだったかな。
新幹線が廃止された年に乗ったから、席はガラガラだし目的地まで時間が掛かるしで良いイメージはなかったかなあ。
母親がヤマトビットが恐いだなんて言うから、高い運賃を払って乗る羽目になったのよねえ。
そんな母も、今じゃスーパーに行くのも病院に行くのもヤマトビットに頼りっきり。
身体を光信号に変換して目的地で再生成することの、どこが恐いってんだか。
それでも今日、新幹線に乗っているのはノゾムがどうしても乗りたいっていうから。
本当は夫が連れて行く予定だったけど、急な仕事で私にバトンタッチ。
まあ、貴重な機会だし、ノゾムにも良い思い出になってくれたら嬉しいけど。
用を済ませ、扉を開けると人が立っていた。
身長は175センチくらいで、顔はマスクをしていてよく見えないし、髪型もフードを深く被っているせいで確認できない。唯一目だけが外に露出していた。
「あっすいません。待ってるなんて気付かなくて」
会釈をして立ち去ろうとしたが、行き先を塞がれてしまう。まったく動く様子がない。
少し警戒心が芽生えた。
「あの…避けていただけー」
その瞬間、左腕を掴まれた。あっけにとられて、声も出せずにいると勝手に端末に触れる。
ヤマトビットの画面を開いて、転移先を設定し始めた。
「ちょっと止めてくださいっ!」
腕を振り払おうにも、金具で固定されたかのように動かない。
(どこに飛ばすつもりなの!?そもそも、もう片方の手で指紋認証とパスワード入力の2段階認証があるんだから意味ないのに)
そう思っていたのに、信じられないことが起きた。
なんと、何もしていないのに「認証に成功しました」と表示されてしまったのだ。
何が起きたか理解できる暇もなく、視界が真っ白になる
ー旧東京駅新幹線管理室内ー
室内には捜査員が到着し、駅倉庫内から運び出した長机を設置していた。
そのとき、管理画面を確認していたサガミが異変に気づく。
「あれ?乗客の数が減りました」
すぐにカガ刑事が駆け寄る。
「何人減ったんです?どこに転移したんですか?」
「えっと、人数は1人です。位置情報は…いま共有しました!」
「よし、捜査員を向かわせ保護します。これで車内の様子も判るでしょうな」
刑事はそのまま、新たに用意されたパイプ椅子に座る。
「しかし、車内の様子が映像で把握できないのは厄介ですなあ」
「たぶん犯人がハッキングなんかして、映像の送受信を妨害してるんでしょう」
ムサシ室長がそれに応答する。
部屋の設営と同時進行で、管理画面から停止を試みていた捜査員の手が止まった。
「だめです。こちらから対応できるのは、車内放送と乗客の数をおおよその位置情報で把握するくらいです」
刑事は室長から視線を移さず、ただ頷いて報告を聞いた。
「もう我々に残された手立ては少ないですな。今、警視庁の方で一斉転移先の確保を進めています。それが完了次第、乗客を救出。そして新幹線の処分は防衛隊の方に任せるという流れです」
それを聞くと、ムサシ室長が突然立ち上がって刑事に詰め寄る。
「私達としては、新幹線の車体は大変貴重ですから、どうか破壊だけはしないでいただきたいんです。もう修理する部品もありませんし、車体が完全に破壊されるようなことがあったら取り返しがつきません」
必死な形相で、一気にまくし立てるものだから、カガ刑事も自然と背筋が伸びる。
「お気持ちは察します。上にも共有はします。ただし、救出後は防衛隊の人間に交代しますので、そこでよく話し合ってください」
タイミングよく電話がかかってきたので、「失礼」と言い、席を立つ。
「うん。保護できたか?ん?何だって!」
どんどんと表情が曇っていくと、通話を切るのも忘れて、バッと振り返る。
「今すぐ車内放送を流してください!ヤマトビットで新幹線から出ないように!」
怒鳴るようにサガミに向かって命令する。有無を言わさず、はやくはやくと机を叩く。
急いで車内放送に接続すると、声が震えながらも案内を始める。
「さ、参加者の皆様にお知らせします。ヤマトビットを利用して新幹線から下車しないようにお願いいたします。繰り返します…」
放送を終えると、いの一番に室長が口火を切った。
「一体どうしたんですか?乗客の方に何かあったんですか?」
カガ刑事は深呼吸をして、室長に座るよう促すと自分も席に着いた。
「落ち着いて聞いて下さい。先ほど、捜査員が転移先の現場に駆けつけたところ、全身が焼け焦げた死体があったそうです」
その場の全員の動きが止まった。捜査員たちは信じられないといった様子で、それは管理人たちも同じであった。
「そ、そんなあ…」
室長は声にもならない声で、呟くことしかできなかった。
サガミは唇をギュッと結んで、俯いていた。
ミカワも立ち上がったかと思うと、被っていた帽子を床に叩きつけた。
「許せないっ!犯人の目的は分かりませんけどねえ、こんな暴走させなけりゃ事故は起きなかったのに。悔しいですよ…ホームに居ながら何もできず」
「落ち着けミカワ!今は残された乗客の命を最優先に考えるんだ」
室長が背中越しに諌める。
「ちょっとトイレに行かせてください」
そう言い残して、部屋を飛び出していった。
沈黙を破ったのは、今度は捜査員の方からであった。
「あの、ヤマトビットの運営会社であるデータボックス社に問い合わせたところ、転移の際に外部から何らかのエネルギーが加わった可能性があると返信が来ました。何か新幹線にそういったエネルギーが発生する構造はあるんですか?」
質問を受けて、2人はすぐに管理画面を確認し始める。
「新幹線の中からヤマトビットを利用する想定で設計していないので、すぐには見つからないかもしれないですけど…」
言いかけた室長の言葉をサガミが遮る。
「室長!見てください、この値!」
共有された画面には、走行データが上から列挙されていた。
「えーと、この値か。1ギガワット?どこの計器だ?」
「車体の外側にある漏電検知器です!つまり、新幹線を包み込むように車体に1ギガワットの電流が流れているということです!」
そこまで聞いて、カガ刑事が割って入る。
「では、あの死体は感電死ということですか」
「この数値を見る限りでは、その可能性が非常に高いです」
室長の返答に、刑事は険しい顔になる。
「新幹線は暴走。乗客も脱出不可能。犯人も依然として車内に居る。こうなったらもう…」
カガ刑事は苦渋の決断を下す。
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