90話 大剣2
翌日俺は白狐に昨日の夜にヨルと相談した事を告げてみた。
「私がヨルさんと手合わせですか。んー。緑鳥さんもいることですし、多少は大丈夫ですかね。」
結構ガチンコでやり合っても緑鳥に治して貰えると言う事で了承を得たのだった。
これには緑鳥も、
「あまり無理はなさらないで下さいね。」
と釘を刺していた。
銀狼と蒼龍も義手の調整を兼ねて手合わせするとの事で、俺達と一緒に街の外に出る事になった。
他のメンツは買い物したいと言うので、金貨1枚をそれぞれに配っておいた。
くれぐれも言っておくが金貨1枚は100万リラだ。かなりの高額である。
無駄遣いはしないように全員に言い聞かせて俺達は街の外、この前獣魔人達と戦った跡地に向かった。
戦いの跡地には散っていった者達の武具だけが残されており、死体は1つもなかった。
全て魔獣に喰われたのだろう。
この2日間で帝国兵士などは埋葬されているのかもしれないが、獣魔人達には弔いの意識はないらしく、散った者は魔獣の餌になるに任せるのだと言う。
そんなもんかと思いながら俺達は緑鳥を中心に俺とヨルと白狐、銀狼と蒼龍で左右に分かれる。
「んじゃ、早速行くか。王化!夜王!」
そう言うとヨルが俺の体に入り込み、左耳にしたピアスにはまる黒い石から真っ黒な煙が立ちのぼり俺の体を包み込む。
そして煙が晴れた時には俺は自分の体の制御をヨルに預けていた。
ヨルが影収納から黒刃・右月と黒刃・左月を取り出す。
「王化!破王!」
見れば白狐も王化し、真っ白な鎧に狐を模したフルフェイスの兜姿だった。
「ヨルさん。あまり本気でやり合うとここの地形を変えてしまいますからまずは2割程度の力でやりましょう。」
白狐が怖い事を言う。
本気でやり合うと地形が変わるってどういう事?と俺が思っているうちに2人やり取りが始まった。
まずは白狐が音も無く近付き、抜刀からの首狙いの一撃を放つ。
手合わせと言ってるのにいきなり首狙いとかやってくれる。
ヨルは体を倒してギリギリでその刃を躱すと一気に白狐に肉迫して左に抜けつつ黒刃・左月をその頭部に向けて振り抜く。
前傾姿勢になり黒刃・左月を躱しつつ、右手で抜刀した白刃・白百合を左横に振り抜く白狐。
その時には白狐の背後に回り、右手の黒刃・
右月で右肩に斬りかかるヨル。
咄嗟に前転してその刃を避ける白狐。
立ち上がるとすぐさま背後に向けて白刃・白百合を振り抜く。
これを予想してか後追いせずにいたヨルの胸部すれすれを刀の刃が通り抜ける。
刀が過ぎ去った事を確認したヨルは再度左に抜けて黒刃・左月による斬撃を繰り出そうと1歩前に出るが、振り抜かれた白狐の白刃・白百合が振り抜かれたまはまの速度で戻って来た。
咄嗟に黒刃・左月で受けつつ右に飛び退くヨル。
2人の距離が空いた。
互いにどちらから仕掛けるか見合っている。
すると動き出したのはほぼ同時だった。
1歩前に出て上段から唐竹割りで刀を振り抜く白狐に対してその刀を左手の黒刃・左月で受け流しつつ、右手の黒刃・右月で突きを放つヨル。
咄嗟に刀を持つ左手を離し半身になってその突きを避けた白狐は、白刃・白百合を右手だけでヨルに向けて振り抜く。
これをまた黒刃・左月で受け、1歩分後退するヨル。
刃の長さ的にはあと1歩踏み出せば白狐の白刃・白百合はヨルに届くが、ヨルは2歩進まないと両手のナイフが届かない。
その1歩分の差が大きく、どうしても先に白狐の攻撃が繰り出され、それを受け流すか、受けるかしないとヨルの攻撃が届かない。
後手に回るしかないヨルが仕掛ける。
急に体勢を低くし白狐に肉迫するヨルに対して白狐は上段から白刃・白百合を振り下ろす。
ヨルはすぐさま左前に1歩跳び、白狐に並んだ所で体を半回転させて右手に持った黒刃・右月を振り抜く。
これを横に飛んで避ける白狐。
お互い一撃も入れられないまま2人の攻守は続く。
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一方、街に残った金獅子は牛系獣魔人のショウリャンの工房を訪れていた。
「なんだい。新領主様かい。まだまだ修復には入らないよ。まずはアダマンタイト製の斧を溶かしてインゴットにするところからだ。昨日から火に焼べてはいるけど、まだまだ溶け出すまでに時間がかかるよ。」
流れる汗を拭きながらショウリャンが言う。
「そうか。いや、自分の大剣だからな。どうやって修復するのか見ておきたくてな。」
「アダマンタイトはその強度のおかげで2000℃以上の熱で熱しても溶け出すまでに3日はかかるからね。しかもあの大きさだ。溶けきってインゴットにするにはどうあっても5日間はかかるだろうさ。」
「そうか。では本格的に修復に入るのは明明後日くらいか?」
「そうだね。あと3日間はかかるね。そんなに見たいならインゴットが出来上がったら領主邸に使いを出そうか?そしたら修復作業を最初から見せられるけど。」
「おぉ。それで頼む。明明後日には領主邸で待機するようにしよう。」
ショウリャンは流れる汗を拭きながら言う。
「分かったよ。そしたらインゴットが出来たら使いを出すからね。あんたが来るまでは修復作業に入らずに待ってるよ。」
「うむ。頼んだ。」
そう言って金獅子は店を去って行った。
残された牛系獣魔人のショウリャンは折れた大剣に向かって言う。
「あんたの持ち主は随分とあんたの事が気になるらしいね。あたいも踏ん張るからあんたもしっかり元通りになってやりなね。」
そしてまた高炉がある工房へと戻って行った。
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街の外に出てきたもう一組の銀狼と蒼龍だが、先の戦闘でやはり義手の微妙な反応速度の差が気になっていた。
「なんか思ってるとの若干ズレるんだよな。遅いと言うか伸びきらないと言うか。」
無くした右腕の代わりとなっている義手を曲げ伸ばししながら銀狼が言う。
「うむ。それは我も感じた。伸ばしたつもりが伸びきらない感じだ。」
義手の手を曲げ伸ばししながら蒼龍も言う。
「お。やっぱりそうか。そこが義手特有の動きなのかもな。そういや緑鳥も同じ感覚あるか?」
「いえ。わたしは特には。そもそも戦闘における機微などはありませんから感じていないだけかもしれませんが。」
「そっか。じゃあ戦闘訓練でその辺りを解消するしかないか。」
「うむ。手合わせといこう。」
と言う事で銀狼と蒼龍も手合わせする事にした。
ほどほどの距離をとってお互いに構える。
まず動き出したのは銀狼。一気に走り距離を詰める。
そこに強烈な突きを放つ蒼龍。
その三叉の槍を右手に持った双剣の片方で上に弾く銀狼。
そのまま蒼龍に接近して左手に持った双剣の片方で斬りかかる。
咄嗟に突き出した槍を引き斬撃を防ぐ蒼龍。
そのまま長柄の先で銀狼の腹部に打撃を与える。
腹部に打撃を受け後方に飛ぶ銀狼。
跳び下がる際に両手に持った双剣を交差させるように振るう。
これを頭を後方に倒して避ける蒼龍。
2人ともに義手の調整が目的の為、王化はしておらず、受けた攻撃がそのままダメージになってしまう。
その為、互いに致命傷になるような攻撃はしないようにしていた。
しかし咄嗟に放った銀狼の双剣は顔元をの狙ったものになってしまった。
だがそんな事は気にしなかったかのように蒼龍が三叉の槍で突きを放ってくる。
体の真芯を狙った突きは左右どちらに避けても三叉のうち一矢は受けてしまう。だからまた左手の双剣で上に弾く銀狼。
しかし弾かれる事を想定していた蒼龍は素早く槍を戻し再度突きを放ってくる。
今度は右手の双剣で下に弾く銀狼。
その時にはすでに双剣の間合いに入っており、左手の双剣で右肩を狙って斬撃を放つ。
槍を下に弾かれていた蒼龍は半身になって斬撃を避けると共に槍を手早く戻し、また長柄の先で銀狼の腹部を突く。
今度は右手の双剣でその突きを弾くことに成功した銀狼は切り下げた状態の左手の双剣を切り上げるようにして蒼龍を襲う。
その斬撃を三叉の槍で受けつつ、腹部に蹴りを放つ蒼龍。
槍に気を取られていた銀狼はもろにその蹴りを受けて後退する。
そこは槍の射程範囲だ。
息つく間もなく蒼龍の槍の連続突きが銀狼を襲う。
左右の双剣で弾くも連続突きは止まらない。
仕方なく1歩後退して槍の射程圏内から逃れる銀狼。
双剣と言う手数が多いはずの銀狼だが、見事にその手数を長柄も使って去なす蒼龍。
正直銀狼は攻めあぐねていた。
だがやはり勝っているのは手数の多さである。
まずは双剣の射程圏内に入る必要がある。
1歩踏み出す銀狼。
その足元を狙って繰り出される槍の突き。
咄嗟に跳び上がり回避してしまった銀狼。
空中に逃げ場はない。
またしても槍の連撃が銀狼を襲う。
しかしその全てを弾き飛ばしながら双剣の射程圏内に着地する銀狼。
左右の双剣を交差させるように振るう。
相手は槍1本、どちらかを弾いてもどちらかが当たる双剣の利点を活かした攻撃である。
しかし、蒼龍は横に倒した槍で右手の双剣は上に、左手の双剣は下に弾くように槍を回す。
攻撃した両腕を上下に弾かれた銀狼。
またしても腹部ががら空きだ。
そこを長柄の先で突く蒼龍。
その突きを足の裏で受けて後方に宙返りしつつ距離を取る銀狼。
「今のは三叉の方で突かれてたら足の裏を貫かれてたな。」
「柄の方だったから足の裏で受けたのであろう?咄嗟の判断としては完璧であるな。」
途中で会話を挟む余裕が2人にはまだある。
その後も双剣の射程圏内にどうにか入ろうとする銀狼とそれを阻む蒼龍といった攻防が繰り返されるのであった。
暫くして2人ともに切り傷が増えてきた所で
「それまで。2人とも1度回復しましょう。」
緑鳥の声がかかる。
それを合図に2人とも距離を取り、1礼して緑鳥の元に向かう。
「ふぅ。なかなかいい運動になるな。義手の癖も段々わかってきた。」
「うむ。やはり双剣はやり辛いな。弾いても弾いても次々と連撃がくる。ちょっとした義手の鈍さが命取りになりそうだ。」
「そりゃこっちの台詞だよ。双剣って手数が多いはずのこっちの攻撃が次々と弾かれて逆に突きの連撃が来る。義手の動きが少し遅れただけで弾けなくなって、手傷を受けちまう。」
「まぁまぁ。お2人ともあまり熱くならずに。じゃないとあちらのお2人みたいになりますよ。」
そう言ってヨルと白狐の戦いの方を見る緑鳥。
釣られて銀狼と蒼龍もそちらを向くとギョッとした。
ヨルも白狐も王鎧があることを良いことにお互いがお互いに致命傷になるような首元やら心臓部やら、腕の根元や脚の根元をこれでもかと攻めたてている。
「万が一、手足を失うような怪我を負われたら聖術でも癒やせないので、見ているこちらがヒヤヒヤさせられますね。」
「流石に手合わせで、あそこまで攻め込むとかやり過ぎだろ。」
「うむ。王鎧がある前提でやり合ってもいるのだろうが危険ではあるな。」
そんな感想を言い合う3人。
その後、昼休憩を挟みつつ、また2組は組み手に励むのであった。




