87話 獣魔5
獅子の姿となった七尾の菜々緒が獣王に迫る。
獣王は雷撃を束ねて伸ばした大剣でその爪擊を防ぐ。
がその膂力は凄まじく大きく跳ね飛ばされてしまう。
「完全に野獣よな。獣の相手は慣れておるがここまででかいやつは初めてだ。」
跳ね飛ばされた先でゆっくりと立ち上がる獣王。
更に強くその大剣を握る。
「行くぞ!雷撃断頭斬!」
跳び上がり大剣を振り下ろそうとする金獅子であったが、跳び上がったところに左前脚が振るわれた。
「ガァオォォォォ!」
咄嗟に大剣を自身の横に持ってくる事でこの爪擊を受けた金獅子であったが、空中にいたこともあり吹っ飛ばされてしまう。
ゴロゴロと転げ回る金獅子。
すでに満身創痍である。
大剣の先に形成されていた雷撃を束ねて作られた切っ先も消えてしまった。
しかし、金獅子は諦めない。
グッと足に力を入れて立ち上がる。
「雷撃は効いてたんだ。1発入れれば俺様の勝ちよ。」
フラフラとした足取りながらも巨大な獅子へと向かって歩きだそうとする金獅子。
しかし、吹っ飛ばされたことで緑鳥の聖術の範囲内に入った。
「親愛なる聖神様、その比護により目の前の傷つきし者に最大なる癒やしの奇跡を起こし給え。ハイヒーリング!」
聖王の持つ錫杖についた魔石が輝き出し、遠くで戦う金獅子にまで温かな光が届く。
「おぉ。緑鳥。助かる。」
独り言ちた金獅子は、先程までのフラフラが嘘かのようにしっかりとした足取りで巨大獅子へと向かって駆けて行った。
よくよく考えれば巨大化したとはいえ、今の七尾の菜々緒は野獣そのものであり、その攻撃手段は前脚で放ってくる爪擊か、その巨大な口で噛み付いてくるかの二択であろう。
となれば言っても巨大なだけで、普段の狩りとさほどやる事は変わらない。
ただ問題はこの折れた大剣である。
今はその切っ先は失われており、先程のように雷撃を束ねて切っ先を作る技は神通力の消耗が激しい。
ここぞという場面で使用するべきだろう。
と言う事で折れた60cm程度の長さの大剣で戦う事を決めた金獅子はまずその爪を何とかしようと思った。
近付く金獅子に向けて右前脚による爪擊が放たれた。
「ガァオォォォォ!」
金獅子はこれを折れた大剣で見事に受け止める。だけでなく、その爪を切るように大剣を上下させて削って行く。
「うぉぉぉぉお!」
削っている途中でも巨大獅子は構わず再度右前脚を振り上げ爪擊を放つ。
「ガァオォォォォ!」
ガキンッ!
まるでアダマンタイト同士をぶつけたかのような音が響く。
巨大獅子の爪はアダマンタイト級に硬質なのだ。
受け止めた金獅子の足跡がは数cm横に線を引く。
だが金獅子は諦めず先程の削り取った位置に刃を当て、再度上下させて爪を切ろうとする。
「うぉぉぉぉお!」
ガギンッ!
そんなやり取りを何度も続けるうちに、大剣が4本の爪のうち1本を切り取る事に成功した。
残り3本で右前脚の爪擊の脅威はなくなる。
と思った矢先に今度は左前脚での爪擊が金獅子へと迫る。
「ガァオォォォォ!」
短くなった大剣の刃で無事に受け止める金獅子。しかしその威力は右前脚の爪擊よりも凄まじく、軽くは跳ね飛ばされてしまう。
確か七尾の菜々緒は左腕であの重い斧を振るっていた。そうなると右前脚よりも左前脚の方が力が強いのも頷ける。
威力は強く跳ね飛ばされてはいても短くなった大剣できちんと受け止めている金獅子にダメージはない。
少しずつでもいい。まずは右前脚の爪を全部切り取ってやる。
その意気込みで金獅子は巨大獅子へと向かう。
地に着いた右前脚の残った爪目掛けて短くなった大剣を振るう。
短くなった分いつもと勝手が違う。
地に着いた脚の爪を狙うにはしゃがみ込まなければならない。
それでも無心に大剣を振るう金獅子。
そこにまた左前脚の爪擊が放たれる。
「ガァオォォォォ!」
ガキンッ!
金獅子は受けるだけでなく左上へと受け流した。
その事でバランスを崩して転倒する巨大獅子。
「ガァァァオ!」
ドスンッ!
左肩を地面に付けるように倒れ込んだ巨大獅子、その巨体ゆえに地面が軽く揺れる。
倒れた事により、その右前脚は金獅子が狙いやすい位置へと上がった。
これなら立ち上がっての全力でもって大剣を振るえる。
右前脚の爪を狙って大剣を打ち付ける。
「うおぉぉぉお!」
ガギンッ!
やがて更に1本の爪を切り取る事に成功した。
が、その頃には体勢を立て直した巨大獅子が起き上がる。
爪が2本切られた事など気にしないかのように右前脚での爪擊が金獅子を襲う。
「ガァオォォォォ!」
先程の受け流しで感覚を掴んだ金獅子は再度右前脚の爪擊を右上へと受け流す。
またしてもバランスを崩して転倒した巨大獅子。
「ガォォォオ!」
ドスンッ!
またしても地面が揺れる。
倒れ込んだ巨大獅子のその右前脚の爪を狙って跳び上がり大剣を振るう金獅子。
「うおぉぉぉお!」
ガギンッ!
そして最後の1本を残し更に1本を切り取る事に成功した。
頭を振りながら立ち上がる巨大獅子。
「ガァァオォォォ。」
体長が大きい分、横倒しになった際の脳の揺れも大きい。
その実、巨大獅子の視界はグニャリと曲がりくねった状態であり、辛うじて獲物の位置が把握出来る状態である。
それでも左前脚を振るい獲物を狩ろうとする。そればもう本能の行動である。
「ガァァオォォォ!」
爪擊を受け流そうとしたが、上から下に振り下ろすような爪擊であった為、さっきまでと勝手が違う。
「うぐぅぅ。」
どうにか短くなった大剣でもってその爪を受けたが、あまりの衝撃に金獅子の足は5cmほども地面にめり込んだ。
左前脚で上から押さえるような形から右前脚を横に振るってきた巨大獅子。
左前脚を大剣で受け止めている為に防御の術がない。
金獅子は右前脚の爪擊をもろに受けて右に吹っ飛ばされる。
「ぐおぉぉぉお!」
しかし爪を3本切っておいた為に脇腹に1本分の切り傷を受けるだけで済んだ。
しかし、その威力は凄まじく王鎧に深い傷を付けた。
王鎧が砕けている右脇腹に喰らっていたら臓物を撒き散らす事になっていただろう。
右前脚で良かった。
「あと1本っ!」
金獅子は立ち上がると右前脚の残る1本に向けて大剣の刃を振り下ろす。
「うおぉぉぉお!」
ガキンッ!
硬質なもの同士がぶつかる音が辺りに響きわたる。
右前脚を振るってきた巨大獅子に対して、大剣を横に構えて受け止める金獅子。
またしても、その威力ゆえに足跡が線を引く。
だが、受け止める事には成功した。
さっきまでと同じく大剣を上下させて爪を切る金獅子。
そんな事には興味がないかのように何度も右前脚を叩き付けてくる巨大獅子。
「うおぉぉぉお!」
ガギンッ!
やがて最後の1本の爪も切る事に成功した。
ここで左前脚からの右前脚の攻撃が効くと見たのか、再度巨大獅子は左前脚で上から下への振り下ろしを放ってきた。
しかし流石の金獅子。次は見事に自身の左側へと受け流し、続く右前脚の横殴りの攻撃を抑止した。
そんな金獅子に対して巨大獅子は噛み付きを行って来た。
3mはありそうな巨大な口には、30cmを超える牙が所狭しと並んでいる。
そんな牙で噛まれた際には王鎧も砕け散り体を真っ二つにされてしまうだろう。
だが顔と言う最大の急所が近付いてきた事で金獅子は攻勢に出た。
「うぉぉぉぉお!雷鳴剣!」
自身に迫り来る沢山の牙に向けて斬りつけた大剣から電撃が走る。
「ギャァァァァオ!」
電撃に痺れた巨大獅子は口を閉じ、下を向く。
これをチャンスと見た金獅子はさらなる攻勢に出た。
「いくぞ!雷神剣!」
折れた大剣に60cm程度の雷撃を束ねた切っ先が発生する。
これで合わせて120cm程度は刃がある状態となる。
そして金獅子は大きく跳び上がり巨大獅子の頭をかち割る勢いで大剣を振るう。
「雷撃断頭斬!」
首を背けた巨大な獅子の左肩をざっくりと斬る。
「ガォォォォォオ!!」
が、獅子の振り上げた右前脚に跳ね飛ばされる。
しかし爪を切っておいたおかげでそこまでのダメージはない。
「こんなにもポンポン投げ飛ばしおって。気に入らんな。」
跳ね飛ばされた先ですぐさま体勢を立て直し、巨大な獅子に向かって駆ける。
「真・獣王騎斬!」
巨大な獅子の足を狙って極限まで低姿勢になって左右に大剣を振るう獣王。
それに合わせて巨大な獅子が左前脚を振るう。
獣王騎斬はは本来騎獣を狙う為に編み出された技であり騎獣の足を刈る事が目的な為、かなり低姿勢で斬り込む技になる。
真・獣王騎斬は極限までその体を低姿勢にして、相手の足首を狙い切断する事を狙った技だ。ただ脚を斬ることを目的とした獣王騎斬よりも足首を切り落とす事を目的にしている分、強力で残忍な技である。
極限まで低姿勢になった金獅子は、振り上げられた左前脚を掻い潜り巨大な獅子の後ろ脚の足首を見事に斬り裂いた。的が大きく太い為に切断にまでは至らなかった。
しかも雷神剣で放たれた真・獣王騎斬はさらに電撃を乗せた斬撃となり、後ろ脚を斬り裂かれた巨大な獅子は痺れに負け、立っていられずその腰を下ろす。
すると巨大な獅子の後ろに回っていた獣王から人型の時に切り裂いた腹部が狙える位置にきた。
それを見逃す獣王ではない。
巨大な獅子の腹部に向けて大剣を振るう獣王。
「雷鳴剣!!」
1度斬った箇所をそのままなぞるかのような大剣の一撃により臓物がこぼれ出す巨大な獅子。
「ガァァァァア!」
その後暫くは前脚をやみくもに振り回してきた巨大な獅子だったが、次第にその力が緩んできた。
すでに前脚を上げる力も残っていないかのようだ。
「雷撃断頭斬!!」
2度目の左肩への攻撃が入り、左前脚で立つこともままならない状態となった。
「ガァァァァァア!」
段々とその巨体が萎んでいき、人型に戻り始めた。
完全に人型に戻った七尾の菜々緒はゆっくりと立ち上がる。
その腹部からは漏れ出た内臓が覗く。
「完全獣化状態でも倒せんとはな。オレサマの負けだ。さあ。とどめを刺すが良い。」
すでに上げる事も出来なくなった左肩の負傷を押して両腕を広げて、全てを受け入れるかのようにその場に立ち尽くす七尾の菜々緒。
その心臓を目掛けて雷撃で作られた切っ先を突き入れる獣王。
「敵ながら天晴れである。」
獣王のその言葉はすでに七尾の菜々緒には届かない。
突き入れたその刃は七尾の菜々緒の背中まで達し、その命を刈り取ったのであった。
こうして九大魔将の1人、七尾の菜々緒を討ち破った獣王であった。




