83話 獣魔1
それから4日間かけて悪魔人族の集落までやってきた。
相変わらず木々にぶら下がった骸骨やら不気味な印象である。
悪魔人達が住んでいたと思われる煉瓦造りの家々は見た目こそ普通の家だったのだが、中は骨で作った椅子やテーブルが並び、蝋燭立てはまたまた頭蓋骨だったりと骨骨しい状態でとてもじゃないがそこで1泊する気にはならなかった。
その為、俺達は集落ないの空き地に野営の準備をした。
帝国軍も同じく集落ないの空き地で休むようだ。
それなりの広さがあるので6000名程度なら少しばらければ集落内に入りきれるだろう。
この辺りも出現する魔物、魔獣は低ランクなのでそこまで多くの見張り番を立てる事なく夜を過ごしていた。
翌日、悪魔人族の集落を出た俺達を待ち受けていたのは鬱蒼と草木が生い茂る森だった。
木々が多すぎて100m先も見通せないような状態だ。
いつ魔物に遭遇してもおかしくなさそうな森である。
ここからは北に位置する獣魔人族の領地へと向かう。
俺達は一塊になり木々を越えて先に進むが、帝国軍はそうもいかず、随分と俺達と差が開いてしまっている。
振り返ってももうその姿が見えないほどだ。
体感的に200mも進んだところで早速魔獣が出た。
ワイルドウルフだ。
見たところ10匹程度で1番後ろには一際体格の良いワイルドウルフがいた。
あれがこの群れのボスだろう。
「義手の慣らしにはちょうど良い!」
そう言って飛び出したのは銀狼。
それに続いて蒼龍も飛び出す。
陣形的に白狐と俺が最後尾でその前を緑鳥と桃犬、ワンリンチャンとシュウカイワンがいたので、必然的に俺と白狐が4人を守る事になった。
銀狼達が前線で戦っているさなか、横から後方の俺達に向かってくるワイルドウルフが1匹いた。
「魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。岩石の力へとその姿を変えよ。魔素よ固まれ、固まれ魔素よ。我が目前の敵達に礫となりて打倒し給え!ストーンバレット!」
桃犬の持つ短杖から30cm程度の石礫が生まれ、向かってくるワイルドウルフの腹部に命中した。
「オラも魔術が使えます。低ランク魔獣相手なら十分通用するっす。」
「ナイスですよ。桃犬さん。」
そう言って怯んだワイルドウルフに斬りかかる白狐。
「やるじゃん桃犬。」
「いつも守って貰ってばっかりだったんで。少しはお役に立てればと思ったっす。」
桃犬なりに今までの戦闘に思うところがあったらしい。
ワイルドウルフの首を刈って戻ってきた白狐が言う。
「桃犬さんはストーンショット以外にも使えるんですね。」
「はい。単体向けのバレット、複数向けのショット、それに防壁作るウォールが使えます。」
「ストーンウォールですか。なら今度の戦いでは防御はそちらを使って貰ったら楽になりますね。ワンリンチャンさんとシュウカイワンさんを守ってあげて下さい。」
「はいっ!了解っす。」
俺達がそんな事を言ってる間にボスも銀狼が倒していた。
ワイルドウルフも大切な食糧だ。
ちょっと筋っぽい肉質だが煮込んでやれば食べられる。
俺達は倒したワイルドウルフの血抜きをして、皮を剥いだ肉を影収納に収めた。
そんな事をしている間に後続の帝国軍が近づいて来た。
「森が深くて進軍が中々進まないのだ。悪いが先行して貰えるか?我々もすぐに追いつけるよう進軍速度を早めるから。」
バルバドスに言われたので頷いておく。
何かあれば水晶で連絡を取り合う事にした。
その後もワイルドウルフをもっと大型にしたジャイアントウルフやいつものジャイアントボア、ジャイアントベアなど、様々な魔獣が出没したが、銀狼を先頭に次々と狩っていき影収納に肉を増やしていった。
もうすっかり銀狼も蒼龍も義手には慣れたようだった。
森に入って10日間が経過した頃、体長1m程度の人語を操る人型の犬であるコボルトと同じく人型の猫、ケットシーに遭遇した。
獣魔人だっと俺達はすぐさま戦闘態勢を取ったのだが、
「ウワァー!人間ダァー!」
「殺サナイデ!見逃シテ!」
とコボルト数体とケットシー数体は身を丸めて完全に怯えきっていた。
「僕タチ戦闘要員ジョナイノデス!戦闘能力ナンテホボナイノデス!ダカラ見逃シテ下サイ!」
「見逃シテ!殺サナイデ!」
と全力で叫び続けるコボルトとケットシー。
俺達は戦闘態勢を解いてシュウカイワンに話をして貰うことにした。
「この人達は人間だけどむやみに魔族だからと言って攻撃したりしないよ。わたしは無能の街から来た者だ。だから安心して欲しい。」
「ホント?」
「ホントニ殺サナイ?」
「僕タチ死ナナイデ済ム?」
コボルトとケットシーは口々に言う。
余程戦闘向きではないのだろう。未だに体は震えている。
「あぁ大丈夫だよ。君達が危害を加えない限りこの人達は君達を攻撃したりしない。」
「ナラ良カッタ。」
「良カッタ良カッタ。」
「僕タチ戦ウ力ナンテナイヨ。」
「ソウ。戦エナイノ。」
コボルトとケットシーはやっと震えを止めて言う。
「戦えないって言ってもこの辺りには魔獣が出るだろう?どうしてたんだ?」
俺は疑問に思って聞いてみた。
「魔獣トハ少シ喋レルカラ襲ワナイデネッテオ願イシテタ。」
「ソウオ願イシタノ。」
よくよく話を聞けば獣魔人は魔獣と意思疎通が出来るそうだ。
「僕タチ野草採取ガ終ワッタカラ村ニ帰ル。」
「帰ルノ。」
「村来ル?」
「村襲ワナイ?」
コボルトとケットシーは村に帰るらしい。
「村来るかって聞かれてますけどどうします?」
「とりあえず向かってみるか?」
「そうだな。村って言うくらいだから安全なんだろうし」
シュウカイワンの問いかけに金獅子と銀狼が答える。
「それじゃ村に連れて言ってくれるかな?危害は加えないと約束するから。」
「村来ルノネ。」
「ワカッタ。攻撃シナイデネ。」
コボルトとケットシーはそう言うと俺達を先導し始めた。
1時間もしないうちにコボルトとケットシーの村に到着した。
木で作った柵の中に煉瓦で作った簡素な家々が並ぶ。
最初こそ
「人間ダァー!」
「殺サレルゾー!」
「逃ゲロー!」
と騒いでいたコボルトとケットシー達だったが先に出会ったコボルトとケットシー達の説得によりその騒ぎも落ち着いた。
「村ニハ近ヅカナイデッテ魔獣ニハ言ッテアルカラココハ安全ダヨ。」
「安全ナノ。」
そう言われたので、俺達は遅めの昼食にする。
今日は昨日のうちに仕込みしておいた茸カレーだ。茸以外には玉ねぎしかいれていないが、茸がたっぷり入っている。
肉は狼肉を使っている為、よく煮込まれているはずだ。
俺は全員分のカレーライスをよそって皆に配る。
「「「「頂きます。」」」」
「ます。」
俺達は一斉に食べ始めた。
すると様子をうかがっていたコボルトのうち1体が近づいてきた。
「ソレナァニ?美味シソウナ匂イスルい。」
「お?カレーって言うんだ。食べてみるか?」
「ウン。食ベテミタイ。」
という事で少量のカレーを取り分けて渡してやる。
「辛イ!デモ美味シイ!」
コボルトは夢中になって食べていた。
それを見た他のコボルトとケットシーも気になったようで近づいてくる。
「食べたいやつは並べ。まだ量はあるからな。配ってやるよ。」
俺が言うと数体のコボルトとケットシーが並ぶ。20体くらいか。
俺は並んでいる奴らに少量のカレーを取り分けて配ってやる。
「辛イ!」
「美味シイ!」
「美味イ!」
反応はそれぞれだがどのコボルト・ケットシーも夢中で食べていた。
俺も食事に戻る。
食事の片付けをしている際に思い出して水晶でバルバドスに連絡する。
「今、コボルトとケットシーの村に来ている。やつらは俺達と交戦する意思はないようだ。帝国軍のみんなも攻撃しないように注意してくれ。じゃないと結構な数が敵に回る事になる。」
『コボルトとケットシーというと犬と猫の獣魔人だな。了解した。攻め込まれない限りこちらからは攻撃しないように通達する。』
「あぁ。頼んだ。」
これで帝国軍兵士達もこの村に来ていきなり戦闘とはならないだろう。
獣魔人の中にも友好的なのがいて助かった。
俺は一番最初にカレーを食べたコボルトに聞く。
「この村にはどのくらいの数がいるんだ?」
「僕タチノ村ハ100人イナイクライダヨ。」
「全員戦う意思はないって事でいいんだよな?」
「戦エル者ハミナ首都ニ行ッテシマッタこカラネ。ココニ残ッテルノハ戦エナイ者達ダケダヨ。」
「わかった。その首都ってのにはどのくらいの数がいるんだ?」
「聞イタ話ダケド1000人クライ人ハ住ンデルラシイヨ。」
もうすっかり俺との会話に慣れたコボルトだった。
やはり胃袋を掴むのは重要だなと思った。
戦える者は首都に行ったという事は首都の1000体は全て的に回ると思った方がいいだろう。
「首都はここからどのくらいで到着出来るんだ?」
「2日程度ノ距離ダヨ。首都行クノ?」
「あぁ。そうだな。たぶん行かなきゃならない。」
「首都ハ人間ガ行ッタラ攻撃サレチャウヨ。」
「あぁ。それでも行かなきゃならない。」
「ソウナンダ。残念ダネ。」
コボルトはそう言うと離れていった。
なにが残念だったのか。敵対する事が残念だったのか。俺達が負ける想定でもうカレーが食べられない事が残念なのかは判断が付かなかった。
そうこうしているうちに帝国軍もコボルト・ケットシーの村に到着した。
最初こそ
「マタ人間ダァー!」
「殺サレルゾ!」
「逃ゲロー!」
と逃げまどっていたコボルトとケットシーだったが、帝国軍が皆武器を構えていない事に気付き、段々と落ち着いてきた。
「コノ人間達モ襲ッテコナイ?」
「大丈夫ナノ?」
帝国軍6000名が休める場所がないか、シュウカイワンに話をして貰うことにした。
すると村の中心部に大きく開けた場所があるとの事でそちらに案内された。
「うむ。ここでなら皆一息付けそうだな。」
バルバドスが言う。
「天幕を張る必要はない。皆の者、一時休憩だ。食事などはこのタイミングで済ませておくように。」
それを聞いた帝国軍兵士達は思い思いに地べたに座り込み、携行食を食べ始めた。
それを見て桃犬が呟く。
「黒猫さんの食事にありついてからあの携行食に戻るのが怖くなってきました。」
「ははは。確かに携行食はあまり美味くないからな。」
「笑いごとじゃないですよ。結構切実な問題なんですから。」
俺達も帝国軍の休憩に合わせて出発する事にした為、しばしゆっくりと過ごす。
本当に村には魔獣は来ないようになっているようだ。
見張り番も必要なく、皆思い思いに過ごす。
俺は少し気になっていた事を近場のケットシーに尋ねる。
「お前達は戦闘能力がないって言ってたけど、本当に戦えないのか?」
「ウン。僕タチハ手ガ小サイ。武器ガ持テナイノ。身体強化ノ魔法モアマリウマク使エナイノ。ダカラ戦力外通告ヲ受ケタノ。ダカラミンナデ村ヲ作ッテ暮ラシテルノ。」
コボルトとケットシーの主食は果物や野草なんかだそうで、特に狩りも行わない為、戦える者がいなくても成り立つそうだ。
獣魔人と言っても色々あるんだなと思った。
それから1時間程度、帝国軍の休憩が終わったタイミングで俺達もコボルトとケットシーの村を出た。
本当に村人全員、戦う意思がなく適度な休憩が取れたと思う。
きっと九大魔将は首都とやらにいるのだろう。
ここから6日程度の距離だと言う。
俺達は再度気を引き締めて帝国軍の先頭を進む。
コボルトとケットシーの村を出て早々にワイルドウルフとワイルドベアに出会った。
本当に村には来ないように魔獣と話が出来ていたようだ。
俺達は散開してワイルドウルフとワイルドベアに対峙する。
今回も俺は緑鳥の護衛だ。
「皆さん!離れてください!魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。岩石の力へとその姿を変えよ。魔素よ固まれ、固まれ魔素よ。我が目前の敵達に数多の石礫となりて打倒し給え!ストーンショット!!」
その呪文の詠唱が終わると桃犬の持つ短杖から数十の石礫が生み出され、ワイルドウルフとワイルドベアに向かい、腹部や脚部を傷つけた。
「さんきゅ。桃犬。」
代表して銀狼が言い、皆でまたワイルドウルフとワイルドベアに向かっていく。
ストーンショットのダメージが聞いているようで、先程までよりも明らかに動きが悪くなっている。
皆、苦戦することなくワイルドウルフとワイルドベアを倒した。
解体用ナイフは3本買ってある。俺と白狐と紫鬼が皮と肉を切り離し、その他のメンツは内臓を綺麗にして肉が食べられる状態にする。そしてかなりの量になった肉を影収納に格納したのだった。
ホントに影収納が便利すぎる。これがなかったら行軍はかなり大変だっただろうことが想像に難くない。
ホント、ヨルには随分と助けられているなと思った。
「ホントにありがとうなヨル。」
『なんだ。いきなり。気持ち悪いな。』
素直に感謝を伝えたが唐突過ぎたらしい。俺の想いは伝わらなかった。
そんな戦闘を繰り返しながら俺達は首都とやらを目指したのであった。




