556話 甲蟲人:襲来7
その一団に気付いたのはワンズへと品を運んできた行商人の一行だった。
ワンズの街の西側、地平線の彼方に黒い鎧を着込んだような兵士を見つけたのだ。
行商人の一行が傭兵ギルドへと飛び込んでくる。
「た、大変だ!真っ黒い鎧を着た一団が攻めてきているぞ!まだ地平線の彼方だったけど、数は軽く一万はいそうだった。」
「なに?!一万の兵が攻めてきただと?」
その報告を聞いた傭兵ギルドのギルド長、ロックミウラーはすぐに甲蟲人侵攻を思い出した。
「急ぎ領主邸に人を向かわせろ!甲蟲人侵攻だ!遂にここにも攻めてきたんだ。街の自衛団を出すように進言しろ。傭兵ギルドでも人を出すぞ!緊急依頼だ!出来る限り人を集めろ。報酬は後から領主と相談だ。まずは迎撃の準備を急げ!」
ロックミウラーの迅速な対応も相まってワンズの街の東門前に集まった傭兵の数は1000名にも昇った。
「で、その甲蟲人ってのはなんだ?」
集まった傭兵達の間ではそんな疑問の声も上がっている。
「お前知らねぇのか?ここ数ヶ月で世界各地に侵攻してきてる化け物だよ。聖都なんかも襲われたらしい。最近じゃサーズダルにもやって来ていたらしい。」
「魔物とは違うのか?スタンピード的な?」
「あれは別次元からの侵略者らしい。聖王様が声明を各国に出してるって話だ。」
「別次元ねぇ。強いのか?」
「よくは知らないがサーズダルでも街に被害を出さずに傭兵達が押しとどめたらしいからな。これだけいれば何とかなるだろ。」
「敵の数は一万くらいって話じゃねぇの。集まった傭兵は1000くらいだぞ?」
「街の自衛団も戦闘には加わるから数は足りてるだろうよ。」
「蟲の化け物なんだろ?俺、蟲苦手なんだよな。」
「んな事言ってる場合かよ。」
ワイワイガヤガヤとそこかしこで会話が絶えない。
そんな中でギルド長、ロックミウラーの声が辺りに響く。
「よく集まってくれた。まずは礼を言う。ワンズの街の安寧は皆の肩にかかっている。蟲の化け物なんかにオレ達の街を蹂躙されて堪るか!ヤロー共、力の見せ所だぞ!活躍した者にはギルドから褒賞金も弾むと約束しよう。」
「「「「おー!」」」」
「蟲の外骨格は非常に硬く刃も通りにくいらしい。関節部を狙って攻撃するんだ。いいな?関節部だぞ。」
「「「「「おー!」」」」」
そこに甲蟲人の状況を確認しに行っていた斥候役がやってくる。
「敵の進軍速度は異常なほど速い。このまま行けば四時間後には街までやって来るでしょう。」
「四時間か。街のそばで戦う訳にもいかないな。ヤロー共!甲蟲人を迎え撃つぞ!戦場は東の平原だ。移動を開始してくれ。」
ロックミウラーが叫ぶ。
「「「「おー!」」」」
ゾロゾロと傭兵達が移動を開始する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃、傭兵ギルドから甲蟲人侵攻を聞かされた領主セルゲイ・ミラーは自衛団の収集に努めていた。
「セルゲイ様、常勤の5000名の衛兵はすでに東門付近に集結しております。休暇中の者、および緊急徴収兵は未だ声掛けの最中です。」
自衛団一万のうち、常勤の衛兵は約7000名、残り約3000名は緊急時のみ徴収される一般人だった。
「まずは集まった5000名で敵の進軍を止めるのだ。残りはもしも街中に甲蟲人が入り込んだ際の迎撃部隊として編成せよ。街の外の部隊編成は衛兵長のプルートゥに任せる。緊急徴収兵については出撃の際の報酬額はあとから考える事とする。まずは街を守るために徴収を続けよ。」
そう指示する領主セルゲイ・ミラーは頭を悩ませていた。数ヶ月前に盗賊が屋敷に入り込み、現金を根こそぎ盗まれてしまった。美術品や宝石など、換金が必要な物は一切手を付けずに現金のみを持って行かれた為、取り敢えずここ数ヶ月は美術品や宝石など売りに出すことで税金と合わせる事で衛兵団の給金を出すことは出来ているが、緊急徴収兵に出せる給金までは確保できていないのが正直なところだ。そもそもセルゲイ的には緊急徴収兵には自分達の住む街の緊急事態なのだから無償で対応させたいという考えもあった。だが、実際に甲蟲人が攻めてきたとなるとボランティアで人を集めるのも難しいとも考えている。となると実際に集まった人員には何かしらの報酬は必要になるだろう。だが集まったと言う実績だけで報酬を出すのも惜しい。実際に甲蟲人と対峙した者のみに報酬を出すのが良いか。しかし、街中に待機させる人員が甲蟲人と対峙すると言うことは街中に被害も出ている状態であろう。となると街の復旧のも金がかかる。基本的に金は出したくない。となると休暇中の衛兵も街の外に出してどうにか街中に被害が出ないようにするのが最善か。
そこまで考えてセルゲイは思考を放棄した。衛兵の運用については衛兵長のプルートゥに一任しよう。戦闘において全くの素人である自分よりは部隊の運用は上手くやってくれるだろう。
緊急徴収兵だけは街中に残す方向で指示しよう。甲蟲人が街に入ってこなければ給金を出す必要もないだろう。実際に甲蟲人侵攻を受けた、ここに至っても金は出し渋るセルゲイであった。




