546話 開国祭3
一方、皆と別れた藍鷲と緑鳥は2人で露店を覗きながら街中を歩いていた。
「僕、こんな規模の祭りなんて主神祭が初めてだったんですよ。」
「魔族領の街ではお祭りはなかったのですか?」
「無能の街では祭りと言えば皆で踊り明かすくらいなもので、こんな露店とかもありませんでした。あ、リンゴ飴だ。知ってますか?リンゴ飴?この前食べて美味しかったんですよ。」
「えぇ。知ってますよ。でもよくよく考えれば食べる機会はありませんでした。」
「なら食べましょう。一緒に。僕買ってきますから。」
そう言って露店へと走って行く藍鷲。
いつもよりテンション高めな藍鷲を微笑ましく見守る緑鳥。
「お待たせしました。大きいのと小さいのがあったんですが、他の物も食べられるように小さい方にしました。」
買ってきたリンゴ飴を緑鳥に手渡す藍鷲。
「ありがとうございます。では早速頂きましょうか。」
「はい!」
リンゴ飴を舐めながら街中を歩く2人。
「なかなか美味しいものですね。リンゴ飴。」
「ですよね。飴が薄くなってきたらリンゴと一緒に囓るとまた違った味がしてけっこう美味しいんですよ。」
「ふふふふ。いいですね。お祭り。」
「えぇ。僕もこの雰囲気、大好きです。」
微笑み合う2人。その後もリンゴ飴を舐めながら進む。
暫く進むとふと緑鳥が脚を止めた。
見ている先は射的の出店だ。
「何か気になる景品でもありました?」
「あ、いえ。あのドラゴンのぬいぐるみがドラン様に似ているような気がして。」
確かに藍鷲も目を向けると一抱えはありそうな上半身を起こして座った形のドラゴンのぬいぐるみが最上段の棚に置かれており、どことなくドランを連想させた。
「あれ、僕が獲りますよ。こう見えても魔族領に居た頃は弓矢で狩りとかもした事あるんです。」
「え?でもあのぬいぐるみかなり重そうですよ?」
「大丈夫です。任せて下さい。」
そう言うと緑鳥を伴って射的の出店に向かう藍鷲。
ぽっちゃり体型の店番らしき青年が声をかけてくる。
「お兄さんもやるかい?銅貨5枚で矢が3本、大銅貨1枚で矢が7本だよ。」
「大銅貨1枚の方がお得なんですね。では大銅貨1枚でお願いします。」
「はいよ。んじゃ矢は7本ね。頑張って。」
弓が置かれた台から景品までは約2m程度。弓は5つ用意されていた。
藍鷲は5つ全ての弓を手にして弦の張り具合などを確認すると、1本の弓に決めたようだ。
矢は先端がコルクになっており、景品に当たっても突き刺す心配はない。だが、先端がコルクなだけあってそこまで飛距離も出ない仕組みだった。
まずはぬいぐるみの胴体を狙って矢を射る藍鷲。
1本目は僅かに狙いが逸れてぬいぐるみの上を通過する矢。しかしそれだけで弓の性質を掴んだ藍鷲。
2本目は狙いは見事に当たりぬいぐるみの腹部にコルクが当たる。
だが、ぬいぐるみのサイズも大きい為、1本当てたくらいではビクともしなかった。
「むむむ。なかなか難しいですね。」
「藍鷲様、頑張って下さい。」
緑鳥も笑顔で応援する。
3本目は敢えて重心がある足元を狙って矢を射る。だが、やはり重いぬいぐるみはビクともしない。
4本目は頭を狙う。顔面の鼻先にヒットしたぬいぐるみが僅かにズレた。
「んー。重いですね。」
「でも少し動きましたね。」
「ですね。全く動かないと言う事もなさそうです。」
5本目は鼻先ではなく額を狙う。今度は少しぐらつきを見せ始めたドラゴンのぬいぐるみ。
「お兄さん、かなりの弓矢の腕前だね。さっきから狙い外してないだろう?」
店番の青年が声をかけてくる。
「えぇ。実はこう言うの得意なんです。」
「そうかい。そうかい。でも狙ってるぬいぐるみはかなりの大物だからね。簡単には落とせないよ。」
「頑張ります!」
6本目も額を狙い矢を射る。僅かに足元が浮いた。が、重心がかなり下にあるのかすぐに戻ってしまう。だが、最初に比べれば随分棚の奥に移動したようにも見える。
最後の1本。最後は更に額の上部を狙って矢を射た藍鷲。
矢は見事にぬいぐるみの頭ギリギリに当たりバランスを崩す。そしてそのままぬいぐるみは棚から落ちていった。
カランカランカラン。
店番の青年がハンドベルを鳴らした。
「お見事!お兄さん景品ゲットだ。まさか最初の7本だけで獲られちまうとは思わなかったぜ。ほら、彼女さんにプレゼントだろ?自分で渡してやんな。」
そう言って棚から落ちた一抱えはあるドラゴンのぬいぐるみを藍鷲に手渡す。
「か、彼女さんだなんて。違いますよ。」
「なんだい。まだ友達関係かい?さっさと彼女のハートも射止めちまいな。」
景品を受け取りつつ頭を搔く藍鷲。意を決めたように振り返ると緑鳥へとぬいぐるみを差し出す。
「これ。プレゼントです。」
「まぁ。わたしに?良いんですか?頂いちゃって?」
「はい。その為に獲ったんですから。」
「ふふふふ。それじゃあ、遠慮なく頂いちゃいますね。ありがとうございます。」
笑顔で受け取る緑鳥。
「あ、でもこの大きさだと手に持つの大変ですよね。僕が持ちますよ。」
「いいえ。大丈夫です。折角の頂き物ですし、自分で持ちます。」
「大丈夫ですか?邪魔になったら僕に渡して下さいね。」
そんなやり取りをみて店番の青年が呟く用に言う。
「青春だねぇ。手に抱えるのが大変だったら袋あるよ。」
「え?袋あるんですか?じゃあいただけますか?」
「いや、最初は直接渡したいかなと思ってね。ほれ、袋。その大きさのぬいぐるみでも入るだけの大きさはあるよ。」
藍鷲は青年から大きめの袋を受け取る。
「袋に入れた方が持ち歩きやすいですもんね。」
「ですね。あ、ありがとうございます。」
藍鷲が手伝い緑鳥の持つぬいぐるみは無事に袋へと入れられた。
「じゃあ、次のお店に行きましょうか。」
そっと手を出す藍鷲。
「はい。行きましょう。」
軽くその手を握る緑鳥。
淡い2人の物語はまだ始まったばかりであった。




