542話 迷いの森15
その後も攻撃を続けてみる。
幸いにもその巨体ゆえか、動きはそこまで素早くなく、攻撃も大木を振り回すだけと単調なため避けやすく、攻撃を当てることは出来た。
俺は跳び上がり首の頸動脈を狙ってナイフを振るう。
一瞬にして大量出血して鮮血が舞うのだが、すぐに傷は塞がり元通り。
俺のナイフの刃の長さ的に首を切断できるだけの攻撃は難しい。やっぱり白狐に頼るしかないか。流石に首を落とせば動きも止まるだろう。
同じことを考えたのか、白狐も吹き飛ばされた先から戻ってきて首目掛けて跳躍する。
そこに運悪くトロールが大木を振るう。
またぶつかると思ったのだが、白狐はペガサスの靴の効果で、空中で再跳躍。横殴りの大木の攻撃を避けた。
「抜刀術・発光三閃!」
その剣閃が通った先ではトロールの顔を4つに切り裂いた。
流石に顔を斬られたら動きが止まるかと思ったのだが、やはり速効で傷口が盛り上がり札断面を覆い元通りになる。
不死身か、こいつは?
そこへドランとヨルジュニアがやって来てドラゴンブレスと黒炎を吐きかける。
「ゴワッ!」
「ニャー!」
超高温に晒されたトロールだったが、肌を焼く速度に合わせて新しい皮膚が再生される。
炭化した皮膚が落ちるたびに新しい皮膚がすでに出来上がっているのだ。
2匹が火炎を吐き終えたあとも、トロールはいまだ無事な姿で立っていた。さすがに手にしていた大木は燃え尽きて両手に何も持っていない状態となっているが、本人はダメージなしって感じだ。
「グギャ!」
そこへドランがドラゴンクローで胸部に深い切り傷を作る。
「ニャー!」
ヨルジュニアが続けて黒雷を放つ。
バリバリバリバリ。
トロールの全身は焼け焦げ白い煙があがる。
しかし次の瞬間には炭化した皮膚が崩れ落ち、新しい皮膚が全身を覆う。ドランが付けた胸の傷も元通りだ。
銀狼がいれば傷口を凍らせて再生阻害が出来るんだろうがいないものは仕方ない。
大木を失い両腕をがむしゃらに振り回すトロールの足元に投擲用ナイフを投げる。
「影縫い!」
動きが止まったところをアキレス腱目掛けてナイフを何度も振るう。
何度目かのナイフの一撃で足首が切断された。
俺は思いっきり切り放された足先を蹴りつけた。だるま落としの要領だ。
俺が蹴り飛ばした足首から先は川の方へと飛んでいき、傷口が盛り上がるも接続する部位が無いため肉が盛り上がるだけで再生まではしない様子。
「白狐!斬ったらその部位を蹴り飛ばすんだ。接合先が失われたら再生はしないようだ。」
「なるほど。わかりました。」
再び跳躍して首元へと辿りつく白狐。振り回す腕をペガサスの靴の効果で、避けながら首元をロックオン。
「抜刀術・残光四閃!」
一気に4度振るわれた刀によりトロールの首が飛ぶ。空かさずそこで切り離された頭を蹴りつける白狐。
飛んでいった頭はドランの足元に落ち、ドランが一口で噛み砕く。
足首の時と同じように失った頭部へと接続しようと肉が盛り上がるが肝心の胴部を失っているため、軽く肉が盛り上がるだけで頭部は生えてこない。
頭部を失ったトロールの体が後ろ倒しに倒れ、その巨体ゆえか軽い地震を起こす。
森の木々から一斉に鳥たちが飛び去っていく。
いまだビクビクと痙攣するトロールの体だったが起き上がる様子はない。
どうやら無事に倒せたようだ。
「ふぅ。回復持ちがここまで苦戦する相手だとはな。」
俺はナイフを仕舞いながら言う。トロールは食用には向かないので解体はしない。
「いつも銀狼さんが凍結させて回復の阻害してくれてますもんね。」
白狐も戦闘態勢を解いて俺に近付いてくる。
「あぁ。銀狼がいなかったらヒュドラだのクラーケンだのはもっと苦戦してたってことだろ?」
「えぇ。それにヒュドラやクラーケンは完全回復持ちですからね。切り飛ばした頭や足が完全に元通りになるはずです。さっきのトロールよりも厄介ですよ。」
「いないとわかる戦友の有り難さだな。」
「ですね。ドランちゃんとヨルジュニアちゃんもお疲れ様です。」
そう言って2匹の頭を撫でる白狐。
「それにしてもぜんかいこの森に入った時にはトロールなんて出なかったけどな。何か森であったのかな?」
「この迷いの森は魔物同士でも勢力争いが絶えないって話ですからね。今の特殊個体が産まれて勢力図が変わったのかもしれませんね。」
そう言いつつヨルジュニアと戯れ始める白狐。代わりに俺はドランの首筋を撫でてやる。
「ふーん。魔物の世界にも色々あるんだな。」
「そうですね。本当に勢力図が変わったならまたトロールが襲ってくる事もあるかもしれません。注意しておきましょう。」
「とは言え普通のトロールなら苦戦はしないだろ?」
「ですが、まだあのような特殊個体がいないとも限りませんし。一応の注意は必要でしょう。」
「あんなのがゴロゴロいたら確かに勢力図も変わるわな。」
ドランが覆い被さってきた。図体はデカくなってもやってることは子供の頃と変わらない。ただ図体がデカくなった分、押し潰されないようにするのが精一杯だ。
「グギャ!グギャ!」
「ニャーン!」
2匹を甘やかせるのもあと1日だ。
さて、何か美味いものでも作って2匹を喜ばせようか。




