541話 迷いの森14
森に来て3日目。
その間にも水辺には様々な魔獣が現れて水を飲んで行くが、その多くはこちらに気付いても襲ってくる事の無い大人しいものが多かった。
鋭く尖った角を持つ鹿型のディアホーンやとにかくデカい牛型のジャイアントカウ、兎型のホーンラビットなどは特にその傾向があり、猪型のジャイアントボアや熊型のジャイアントベアなんかはこちらに気付くなり戦闘態勢を取った。
だが久々の外出でテンションが上がっているドランやヨルジュニアがすぐさま仕留め、ドランの吐く炎のブレスに炙られた肉はすぐさま捌き、ヨルジュニアの剣尾に滅多刺しにされた肉は血抜きして影収納に突っ込むなど、とにかく食料には困らなかった。
「猪肉と熊肉くらいしか手に入らないな。」
「ディアホーンなんかは1年を通して発情期くらいしか人を襲いませんからね。魔獣と言ってもその多くは普通の動物と変わらない性質なのがほとんどですよ。ただ雑食だから草木だけでなく肉も食べるので襲われたら面倒なのもいますが。」
「ふーん。俺が住んでた森ではジャイアントボアやジャイアントベアくらいしか出てこなかったから鹿型とか珍しいから食べてみたいけどな。」
俺は手元のナイフを研ぎながら言う。
「鹿肉も美味しいですからね。」
そう言う白狐も早速手に入れた海王の小太刀での試し斬りに満足して手入れを行っている。
襲い来る魔獣はドランとヨルジュニアに任せておけばいいので、基本的に暇だった。
時にはドランとじゃれ合い、ヨルジュニアの腹を撫でてやり、肉球に癒される。その他は大空を飛びまわるドランを見上げていたり、背に乗って一緒に遊覧飛行を楽しんだりと、ほのぼの過ごした。
もちろん、俺も白狐も神器化の特訓も行ってはいたが、どちらかと言えばドランとヨルジュニアに構っている時間の方が多かったかな。
そんな3日目も終わりに近付いてきた頃、ガサガサと後ろの森で音がしたと思ったら3mほどはありそうなディアホーンが現れた。また水辺に用があるのかと思っていたら、突如俺達に向かって突進して来た。
狙いは自分の倍以上はあるドラゴン、ドランだ。
ドランは冷静にドラゴンクローで角を去なしてドラゴンテイルでその横っ面を叩き、吹き飛ばすと最後はドラゴンブレスでその身を焼いた。
「おかしいですね。この時期にディアホーンが、しかも自分より確実に格上なドラゴンに突っかかるとか珍しいにもほどながありますね。」
「好戦的な性格してたとかか?」
「んー。なんでしょうね。」
そんな話をしていると2匹目、3匹目のディアホーンが現れてまたしてもドランに向かっていくではないか。
危なげなく対処するドランだったが、これには白狐も頭を捻っていた。
「何かに追われて焦っている感じですね。まだまだ後続が来そうですね。」
言う通り4匹目、5匹目も森から飛び出して着てはドランに向かっていく。
流石に数が多くなりドランだけでは対処が難しいかと思っていたら足元にいたはずのヨルジュニアも参戦して黒炎で焼き払い、剣尾を振り回して鹿肉をゲットしていく。
その頃になってようやく森の中から聞こえる重低音に気付いた。
「足音か?」
「えぇ。そうですね。木々も押し倒しながら進んできているようですね。」
「となるとデカブツか。」
「ですね。ディアホーンはこいつに追われていたのかもしれませんね。こっちに向かって来そうですよ。」
暫く待つと森の木々を押し倒しながらその巨体が現れた。
6mはあろうかという身長、その身長並に広い肩幅に胴回り、一見四角く見える緑色の体表に巨大な2本角を持つ鬼、巨鬼。トロールだ。
その手には薙ぎ倒したのであろう大木が握られており、俺達を目視するなりその大木を振ってきた。
身を屈めてこれを避けた俺と白狐。
ほぼ同時に駆け出しトロールに迫る。先頭は白狐だ。
「抜刀術・飛光一閃!」
高速で振り抜かれた白刃・白百合がその腹部に吸い込まれる。が、腹部を斬られて沈むかと思われた巨体は尚も大木を振り回す。
見れば白狐に斬られた腹部の傷が塞がりつつある。
「こいつ、自己回復持ちだぞ!」
言いながら俺もトロールの足元を駆け抜けてその足首を切り裂く。
アキレス腱断裂。普通なら立っていられないだろう。しかし、トロールはいまだ倒れることなく、大木を振り回す。
攻撃自体は大雑把で避けるのは容易い。だが、こうも傷付けたそばから回復されては倒しようがない。
「トロールが回復持ちとか聞いてないんですけど!特殊個体ですかね?」
「まぁ目の前にいるんだからしゃーないだろ。どうする?ちょっと斬りつけただけじゃすぐにくっついちまうぞ。」
「まずはあの大木をどうにかしましょう。クロさん、影縫いお願いします。その間に私が腕を切断します。」
「了解!」
振り回される大木を躱しつつそんな会話を繰り広げる。
足元に薙ぎ払われた大木を飛んで避けたあと、着地と同時に影収納から投擲用ナイフを取り出す。
「影縫い!」
トロールの足元の影に向けてナイフを投擲、その影を縫い付ける。
ちょうど大木を振り回して腕が伸びた状態でトロールの動きが止まる。
「ナイスタイミングです。抜刀術・閃光二閃!」
腕の位置まで跳躍した白狐。
高速で振り抜かれた白刃・白百合はご丁寧に腕を3つに切り裂いている。これで回復するにも身体から近い方の腕はくっついても腕先は落ちるだろう。
そう思っていたのだが、驚異的な速度で切り口から肉が盛り上がり、斬られた腕をくっ付けていく。
「あら。切断したはずなんでさけどね。これはちとやばめですかね。」
跳躍した状態でそう呟いた白狐。
そこに影縫いから脱出したトロールの振り回す大木が迫る。
「白狐!」
大木のクリーンヒットを受けて吹き飛ぶ白狐。木にぶつかってへし折りながらもどうやら無事らしい。俺の呼びかけに手を上げて答えてくれた。
んーやばいな。こんな高速で回復するやつ、どうやったら倒せんだ?




