530話 邪神教9
不協和音の音波攻撃に晒されたのは朱鮫達も同じだった。
「なんやこの音!頭に響く。ズッキンズッキンするわ。」
耳を押さえながら朱鮫が言う。
「僕もダメです。頭が痛いです。」
同じく耳を押さえて藍鷲が言う。まだ辛うじてお互いの声は聞こえている。
「翠鷹殿達は王化しよったか。王鎧ならこの音波攻撃にも耐えられるようやな。」
「ですね。僕達も王化出来れば良かったんですが。」
「そこはしゃーなしやろ。出来る範囲で支援しよや。」
そう言っている間にも不協和音の音量は上がっていき、耳を押さえるだけでは防げなくなってきている。
「ぐぅぅぅ。頭が!」
「頭が割れる!」
「ぐぉぉぉぉ。」
周りの兵僧達も耳と頭を押さえてもんどり打っていた。
そんな中、蟋蟀型の甲蟲人と対峙する賢王と地王の2人。
朱鮫の言う通り王鎧に包まれた状態であれば不協和音の攻撃を無効化出来ていた。
「早くあの音を止めないと皆が大変だぞぉ。」
「ウチが先に仕掛けますさかい、茶牛はんは後に続いてくんなまし!」
「おうよぉ!」
賢王が一気に距離を詰める。
「スパークショット!」
細剣に込められた雷撃の突きである。
その速度も然る事ながら掠るだけでも感電してしまうほどの電撃を纏っている。
その突きを真っ向から受けた蟋蟀型甲蟲人となったハチベェエモン。手にしたナイフで細剣を弾こうとする。
「アバババババババッ!」
細剣を受けた瞬間に電流が体内に流れ込む。
その拍子に鳴り響いていた不協和音も止まった。
「今や!室内やから火はあかんな。ストーンショット!」
「ですね。アイス!ウィンド!アイスハリケーン!!」
朱鮫の持つ杖から石礫がハチベェエモンへと飛んでいき、藍鷲の掌からは氷を含んだ竜巻が放たれる。
それらは背を向けていたハチベェエモンの背中に直撃、感電中のハチベェエモンを押し倒し、氷を含んだ竜巻はその背に生えた翅を凍らせる。
「電気攻撃とは恐れ入った。だがおれには音波攻撃が!あれ?音波攻撃が!!あれ?翅が開かん!?」
そんな中に地王の鎚が振り下ろされる。
「おりゃぁぁぁあ!」
振り下ろされた鎚は蟋蟀型甲蟲人の左肩を粉砕。それだけに留まらず大回廊の床まで罅が入る。
「くぎゃぁぁぁぁあ!肩が!?肩がぁ!」
飛び跳ねるように起き上がるハチベェエモン。
ナイフを持っていた左腕は完全に肩が潰れダラリと垂れ下がるのみ。
「くそが!」
副碗で左手の持つナイフを取り上げると右手に握り直す。
「ストーンショット!ストーンショット!」
「アイス!ウィンド!ウィンドカッター!!」
後方からの魔法、魔術の攻撃に晒されるハチベェエモン。石礫に背中を押されてつんのめるように前に出る。垂れ下がっていた左腕はウィンドカッターによって肘から先が切り裂かれて宙を舞う。
つんのめった先には賢王の細剣が迫る。
「貫け!タキオン・スラスト!!」
蟋蟀型甲虫蟲人の心臓部に向けて最高速度、光速を超える速度での突きが吸い込まれる。
「うわっ!」
咄嗟に身を捻ったハチベェエモン。賢王の細剣は潰れた左肩へと命中。その腕を吹き飛ばす。
「ちっ!外れよった。」
義手になってから初めての実戦での最高速度の突きである。が、何度も特訓した通り、茶牛の作成した義手は1度肩から外れ、強力なバネの力で元に戻り、見事に接合された。
「うん。狙いは外したけど肩は外れはせんかったわ。」
「なら良かったなぁ。」
これには地王も返事を返す。
そしてそのまま鎚を振るう。
「おりゃぁぁぁあ!」
フルスイングの鎚がハチベェエモンの頭部にクリーンヒット。ハチベェエモンの体がその場で2回転し、頭から落ちる。
それでも蟋蟀型の甲蟲人となったハチベェエモンは生きていた。むしろ、頭を打たれ地面に叩き付けられた拍子に背中の翅を覆っていた氷が砕けた。
「痛つつつ。お、翅が動くぞ。喰らえ!音波攻撃!!」
またしても不協和音が辺りに鳴り響く。
「くっそ!またか!」
朱鮫と藍鷲も耳を押さえる。が、音波攻撃は頭に直接響くようにガンガンと脳を叩く。思わず蹲る2人。
王化した賢王と地王の頭にもガンガンと不協和音が鳴り響く。が、王鎧のおかげか蹲るほどではない。
「ちっ!五月蠅いなぁ!スパークショット!!」
「アバババババババッ!」
「ふんっ!」
またしても感電したハチベェエモンの顔面に地王の振るった鎚がぶち当たる。
「ガハッ!」
「なんや知らんけど、外骨格がそこまで硬くないわ。面白いように剣が突き刺さる。喰らえ!コンティニュアス・スラスティング!!」
高速の連続突きがハチベェエモンに襲いかかる。
何発かはナイフではじいたものの、全てを回避することは難しかったようで、賢王の細剣が体の至る所に突き刺さる。
「クギャァァァァア!」
それだけの猛攻を受けても蟋蟀型の甲蟲人と化したハチベェエモンは倒れなかった。
左腕を失いつつも残った右腕でナイフを振るい賢王達を牽制する。
「おれは負けられないんだ!邪神教復興のためにも、ここで神徒は滅ぼさねば!」
「残念なお知らせやけど、神徒はウチらだけちゃうで。今も不在にしとるんがあと8名おるわ。」
「な?!そんなに?それはおれだけではどうにもならんか…。」
一気に力が抜けて棒立ちになるハチベェエモン。
その隙を見逃さなかった賢王。
「そんな無防備じゃ避けられんやろ!タキオン・スラスト!!」
最高速度で放たれた光速の突きはハチベェエモンの顔面に突き刺さりその頭部を穿つ。
「ゴッ!」
辺りに鳴り響いていた不協和音が止まった。
ハチベェエモンはその場に崩れ落ち、ピクリともにしなくなった。
賢王の突きで脳を破壊されて絶命したのだった。
「なんや。結局こいつはなにがしたかったんやろな?」
微かに頭の中に残る不協和音を振り払うように頭を振りながら朱鮫が近付いてきた。
「仇討ちと邪神教の復興とか言うとったわ。流石に人外に成り果てたコイツの元には信者なんぞ集まらんと思うけどな。」
「だなぁ。バケモノの唱える説法なんか聞きたくはないからなぁ。」
「まぁコイツの独りよがりやったなぁ。」
翠鷹と茶牛に返されてしみじみと朱鮫が言う。
「人質にされとった聖女は?」
「無事です。今は他の聖者の方に連れられて診療室に向かわれました。」
王化を解いた翠鷹が尋ねると藍鷲が答える。
「儂は大回廊の床に罅を入れちまっただぁ。怒られるかなぁ。」
「状況が状況やし、大丈夫ちゃう?緑鳥殿には後で説明しようや。」
気軽な雰囲気で朱鮫が茶牛に返す。
「にしてもまだ邪神教徒いたんやねぇ。」
「しかも甲蟲人化出来ると言うことは幹部級でしょうね。」
「まだ出てくるかも知らへんし、気ぃつけておいたほうがええな。」
翠鷹と藍鷲が話していた。
いずれにせよ、聖都を襲った一大事はこれにて幕を閉じたのだった。




