529話 邪神教8
その頃、残りの面々がいる聖都では事件が起きていた。
「なんやて?!邪神教の信者が神殿に乗り込んできたやて?」
街の外で王化の限界時間を伸ばすための特訓を終えて戻ってきた朱鮫が1人の聖者から状況を報告される。
「えぇ。相手は1人なんですが、聖女を人質にして大回廊で籠城しております。」
やや額の広い聖者が答える。
「籠城て大回廊ならいくらでも近寄れるやろ。」
「いえ。人質に選ばれた聖女が高齢でして。杖がないと歩けない老婆なのですが、杖を折られてしまい、大回廊に座り込んでいる状態でして。もちろん、周りは兵僧達で取り囲んでおりますが、手出し出来ない状況なのです。」
慌てた様子で額の広い聖者は続ける。
「で、相手の要求はなんや?」
「それが、神徒を出せと。邪神教を壊滅に追い込んだ神徒に逆襲したいと申しております。」
「そんな事言うたかて、今ここにおるんはこの4人だけやで。」
朱鮫は周りを見渡す。そこに居るのは一緒に帰ってきた藍鷲、それに騒ぎを聞きつけてやって来た翠鷹と茶牛のみである。実際に邪神教壊滅の為に派遣された黒猫達はいない。
「仕方ないんちゃう?ウチらでどうにかせんと話が進まんやろ?」
翠鷹が言う。
「だなぁ。儂らでどうにか場を収めないといかんなぁ。」
翠鷹と茶牛はヤル気だ。
「せや、翠鷹殿。ここは軍師として何か戦法を考えてや。」
「そうやねぇ。ちなみに朱鮫はんと藍鷲はんは今すぐには王化出来へんのやろ?」
「えぇ。僕達は外で王化の限界時間を伸ばす訓練をして来たばかりです。ですからしばらくの間は王化出来ません。」
申し訳なさそうに藍鷲が答える。
「せやったらウチと茶牛はんで右から近付く、藍鷲はんと朱鮫はんは左側から近付いてウチらが交渉している間に隙をついて人質奪還やな。」
「いけるか?それで?」
朱鮫が口を挟む。
「しゃーないやろ。今出来るのはそれくらいや。それにいずれにせよ神殿内での戦闘となればあんたらの魔術、魔法は余剰戦力になる。神殿を壊しかねんからな。」
「いや、ワイかて威力調整した魔術も使えるで。」
「僕は王化しないとファイアやウィンドなどの初期魔法しか使えませんが。」
「それでええねん。ええか?作戦はこうや。」
翠鷹は藍鷲と朱鮫に作戦の詳細を説明する。
「なるほどな。それなら王化出けへんワイらでもいけるな。作戦の肝は藍鷲殿やな。」
「僕、頑張ります!」
「ほな、作戦通りに行こうか。茶牛はんもええな?」
「あぁ。儂は大丈夫だぁ。」
と言うことで人質奪還作戦が行われる事になった。
襲撃犯は大回廊よ壁に背を預け、左手で小型のナイフを持ち、右手で老婆を抱えるようにして辺りに目を向けている。
「神徒はまだか?!さっさと呼んでこい!」
台大分興奮しているようで唾を撒き散らしながら吼える。
そこに右手側から翠鷹と茶牛が近付く。
「おまっとさん。なんやウチらに用があるんやて?」
「あ、お前が神徒か?!邪神教を、コーモウン様を殺したのは?!」
立て篭もり犯は髪を伸ばし、肩口で結んび着物を着込んでいた。少し薄汚れた印象だ。
「せやで。最後は自分のしてきた事を随分と悔いておったわ。」
「そんなはずない!コーモウン様の教えは絶対だ!いい加減な事を言うんじゃない!!」
「せやけど、あんさんはあの場に居らんかったんやろ?最後の様子もウチらが見たのが真実や。」
「えぇーい!五月蠅いうるさい!このおれ、ハチベェエモンがコーモウン様の、邪神教の仇をとる!」
ハチベェエモンも持つナイフが老婆から翠鷹へと向けられる。
「今や!」
「はい!サンド!ウィンド!!」
朱鮫の合図で藍鷲がは魔法を発動。サンドで発生させた細かい砂粒をウィンドの魔法でハチベェエモンへと吹きかける。
「ぐわっ!目が!なんだ?!なぜ神殿内で砂が?!」
右手に抱えていた老婆を離して目元に手をやるハチベェエモン。
その隙をついて朱鮫が老婆を引き離す。ついでにアイスの魔術を発動させてハチベェエモンの足元を凍らせる事も忘れない。
バランスを崩して転倒したハチベェエモンへと兵僧が迫る。
次の瞬間。ハチベェエモンは懐から怪しく鈍く輝く卵のような球体を取り出した。
黒猫達こら話を聞いていた翠鷹が大声を上げる。
「その卵は危険や!飲み込ませるんやない!」
「ふふふっ。もう遅いわ。」
呟くように言うとハチベェエモンは手にした卵を飲み込んだ。
変化は一瞬だった。
ハチベェエモンの体が膨らみ2mを超える肉塊となる。そこから体の構成を変化させるかのようなボキボキベキベキと言う音と共に肉体が変形していく。
その変化の最中、1人の兵僧が棍棒で肉塊を突くがビクともしない。
そして姿を現したのは蟋蟀型の甲蟲人。そして翅を震わせて不協和音を生み出す。
「ぐわっ!」
「うぐっ!」
取り囲んでいた兵僧達も耳元を押さえて不協和音から逃れようとする。
「こりゃいかんわなぁ。音波攻撃だぁ。王化すっぞぉ。」
茶牛が言うと王化する。
「王化。地王。」
茶牛が言うなり右手小指にしたリングにはまった茶色の石から、茶色の煙が立ち上り茶牛の姿を覆い隠す。
次の瞬間、煙は茶牛の体に吸い込まれるように消えていき、残ったのはどことなく牛を思わせる茶色のフルフェイスの兜と、同じく茶色の全身鎧に身を包んだ地王の姿となる。
「ちっ!王化!賢王!」
翠鷹が王化し、右手薬指のリングにはまる王玉から翠色の煙を吐き出しその身に纏う。
その煙は体の中に吸い込まれるように消えていき、煙が晴れると鷹を象った翠色のフルフェイスの兜に翠色に輝く王鎧を身に着けた賢王の姿となる。
不協和音を聞いた兵僧達が崩れていく。
朱鮫に藍鷲も耳を押さえて蹲ってしまっていた。
「こいつはウチらでどうにかせんとあかんな。」
「だなぁ。儂もやるぞぉ!」
こうして聖都の神殿内での戦闘が始まった。




