522話 嘆きの迷宮14
地下61階層。そこはまるで夢を見ているような世界だった。
魚が空中を泳いでいる。クラゲが空中を漂っている。
今までのように水に満たされた部屋ではない。普通に大気のある空中を、だ。
ポカンとその様子を眺めていた一同だったが、ここでまた白狐の知識が炸裂した。
「こ、これは空中遊泳?彼の竜宮城では大気のある中を鯛や鮃が舞い踊っていたと聞きます。その魚達が得ていた特殊技能が空中遊泳。大気中を水中の如く自在に泳ぐことが出来ると言う、あの空中遊泳ではないでしょうか。」
空中遊泳?聞いたことないな。でも白狐が知っているならそれで間違いないだろう。
大気中を泳ぐ魚達は特に敵対行動をするでもなく大気中を泳ぎ回るのみ。敵という敵は現れない。
「それにしてもこのクラゲは邪魔なところを漂っておるな。」
金獅子が目の前を浮遊するクラゲを撥ねのけようと手を伸ばす。
「触れないでください!そいつは雷クラゲです。触れれば1億ボルトもの電流が流れ込みますよ。」
白狐が咄嗟に止めた。1億ボルトか。想像つかないな。ヤバいのか?
「1億ボルトってのはヤバいのか?」
ストレートに聞いてみた。
「人が触れば感電死するレベルですよ。奇跡的に助かった人がいたからこのクラゲが電流を放つことが周りに知れ渡ったんですけどね。よっぽどの幸運がなければ助からないでしょう。金獅子さんと言えども王化する前に触れたら大変な事になってましたよ。」
「むぅ。そうか。知らなんだ。白狐、止めてくれてありがとうな。」
「見た限り私が知らない魚も混じっています。慎重に進みましょう。」
「うむ。わかった。」
こうして俺達は魚が大気中を泳ぐ不思議な空間を進んだ。
暫く迷路のような通路を進むと開けた場所に出た。ここも50m四方はあるだろうか。
そんな空間を5mはありそうな巨大な魚が泳ぐ。
見た目はハンマーヘッドシイラに似ている。が、ハンマーの如きコブがあるはずの額にはドリルのような突起がついている。
「あれはハンマーヘッドシイラの上位種、ドリルヘッドシイラですね。好戦的な性格をしていると聞きます。皆さん、気をつけて。」
白狐が皆に警告を発する。
するとその言葉を待っていたかのように、ドリルヘッドシイラがその額のドリルを回転させながら迫ってきた。
銀狼が双剣でドリルを止めようとする。が、回転するドリルに双剣を弾かれて脇腹を抉られる。
「ぐはっ!」
吹き飛ばされる銀狼。すかさず緑鳥が聖術を唱える。
「親愛なる聖神様、その比護により目の前の傷つきし者に癒やしの奇跡を起こし給え。ヒーリング!」
抉られた銀狼の脇腹がみるみるうちに塞がっていく。
「助かった。ありがとう緑鳥。」
銀狼を抉ったドリルヘッドシイラは上空へと泳いでいく。そこに紺馬が矢を射る。
しかしドリルヘッドシイラの外皮は硬いようで深く刺さらない。
と思っているうちにドリルヘッドシイラは反転し、再度突撃してくる。
「俺様に任せろ!」
金獅子が強引に大剣をドリルヘッドシイラへと叩き付ける。ドリルに当たった大剣は銀狼と同じく弾かれたがドリルの方向を変える事には成功。ドリルヘッドシイラはそのまま床に向かって突進する。
「マジかよ。迷宮の床を削るほどの威力なのか。」
迷宮は通常の攻撃では壁や床、天井は傷付けられないと言われている。そんな床をドリルヘッドシイラのドリルは軽々と削りとってしまった。あれはヤバいな。銀狼が一撃で脇腹を抉られたのも頷ける。
そんなドリルヘッドシイラへと果敢にも蒼龍が三叉の槍を突き入れる。分厚い皮に覆われたドリルヘッドシイラだが、蒼龍の渾身の突きはその皮を突破し、深々とその身に突き刺さる。
「我が押さえているうちに首を刎ねるのだ!」
床へとドリルヘッドシイラを縫い止めながら蒼龍が指示を出す。
「はぁぁぁぁあ!」
俺は力を込めて両手に握ったナイフを振り抜く。しかし、ナイフの刃では首を刎ねるには至らない。
その俺が付けた傷をなぞるかのように白狐が白刃・白百合を振るう。
首を落とされたドリルヘッドシイラの身体が大きく跳ねて蒼龍の三叉の槍を抜け出した。
「こいつ、頭を落としても動くのか?!」
「いえ、あれは脊髄神経の暴走ですよ。数分から数十分で収まるはずです。一般的な魚の反応ですよ。」
金獅子の驚きに白狐が答える。
確かに魚は頭を落としても跳ね回る事がある。ドリルヘッドシイラの場合、大気中を泳ぐ性質がある為、頭を落としても泳ぎ続けるのだろう。
「せっかくの魔魚だ。あとで素揚げにしてでも食べよう。蒼龍、また槍でアイツを地面に縫い付けられるか?」
「うむ。任せろ。」
俺が頼むと蒼龍は跳躍してドリルヘッドシイラの身体を槍で突いて地面へと押しつける。
「このままじゃ大きすぎるからな。ちょっと捌くからこのまま縫い付けておいてくれ。」
俺は暴れ回る身体を押さえつつ、ドリルヘッドシイラの身を切り分けていく。もちろん切った身は影収納に仕舞いこむ。
暴れ回る魔魚の身を捌くのには十数分要したが、その身はすべて影収納に仕舞いこんだ。今夜は白身魚のフライにでもしよう。
「にしても空中遊泳する魔魚か。なかなか厄介な敵だな。」
抉られた脇腹を摩りながら銀狼が言う。
「まぁ言うても魚じゃろ?どうにかなるじゃろ。」
紫鬼は楽観的だ。
「とりあえず先に進みましょうか。」
白狐に言われて皆で小部屋を後にする。
小部屋の先も迷宮のような通路が伸びており、雷クラゲや電気ウナギなど、触れると危ない魚が空中を泳いでいる。
そんな空中の魚を避けつつ先に進むと下階への階段が見えた。




