516話 嘆きの迷宮8
「いやー久々によく殴り合うたわ。スライムの癖になかなか骨のあるやつじゃったわい。」
「上手いこと言わなくていいよ。にしても結構時間かかったな。最後の鬼拳・浸透勁とやらをもっと早く使ってりゃよかったじゃねーの?」
こちらに戻ってきた紫鬼へと問い掛ける。
「いや実はな。あの技は手首への負担が大きいのじゃ。放てて2、3度。賭けみたいなもんじゃった。」
「そうなのか?拳で殴るより掌底の方が手首への負担が少ないんだと思ってたが?」
俺は左右の腕で拳と掌底の型をしてみる。
「普通はな。ただ妖気を込めた際には拳に纏うのではなく掌、それに手首に纏う形になるのでな。それで負担が大きくなるんじゃ。」
「へぇ。やっぱり妖気を乗せるってのは難しいんだな?」
「そりゃ難しいさ。なんだ?クロも鬼拳に興味があるのか?」
「いや、俺の場合はナイフに妖気を纏わせられたらなって思っただけだよ。」
「武具に妖気を乗せるのはさらに難しいのぅ。そもそも妖気は生体エネルギーじゃからな。それを無機物に乗せるとなると最低でも10年は修行が必要じゃろうて。」
「そうなのか?んじゃ諦めるわ。」
「のちのちの為に覚えたいと言う話ならいつでも相談には乗るぞ?」
「あぁ。そん時ゃ頼むわ。」
そんな事を話しているうちに入口とは反対側にある出口の扉が開いた。
俺達はさっさと部屋を後にする。
部屋を抜けた先には下階への階段があった。
昼食はさきほど済ませており、紫鬼以外は戦闘もしていない為、余力は十分。ということで俺達はさっさと地下36階層へと降りていく。
地下36階層は上階であったように膝丈くらいまでの水が床1面に広がっている。
仕方なく俺達は再び影収納に仕舞っていた胸までのゴム長を着込み先へ進む事にした。
この階層で出没するのはバイキングクラブと言う片方のハサミが異様に巨大化した蟹。それにとその進化形キャプテンクラブだった。
キャプテンクラブの方は両方のハサミが巨大化しており、体と同じくらいの大きさのハサミを両脇に持っており、歩くのは苦手。ほぼ動かずハサミでの攻撃を仕掛けてくる。
とは言え両方共に、Eランク程度の魔物であり、ここに来てレベルダウンな魔物の出現に全員で?マークを浮かべていた。
他にも天井までジャンプしてその4mもの巨大で押し潰そうとしてくるジャンピングシュリンプ、猛烈な速度で後ろ向きに突進してくるバックステップシュリンプなどが出てきたが、やはりこれもEランク程度。
蟹や海老といった高級食料を大量に入手出来た。この階層はボーナスステージみたいなものなのかも知れないな。
他にも見た事の無い貝の魔物、ミミックシェルというのがいた。
こいつは貝の中に巨大な真珠を持っており、その真珠を狙って近付いた者を丸呑みするって性質の魔物らしい。これも魔物博士の白狐が言っていたことだ。
最初は
「あ!お宝ですよ!真珠です!」
っと貝に近付いた白狐だったが、途中で気付いたのか足を止めてミミックシェルを真っ二つに切った。
残ったのは直径30cm程の大きな真珠。売ればそれなりの金になるだろう。
他にも見つけたら最優先で狩ることにしたのだが、残念ながら地下36階層では1体しか遭遇しなかった。
続く地下37階層ではヒッポカムポスと言う体の前半分は馬でたてがみは鱗状で前脚にヒレを持ち、後ろ半分が魚になっている魔物と、ケルピーと言うかてがみが海藻になっている馬の魔獣とが出現するお馬さんゾーンだった。
両方ともに馬でベースだが、ヒッポカムポスの方は後ろ脚が無い為に主に攻撃手段は水系統魔法、ケルピーの方は強靱な後ろ脚での蹴りが主な攻撃手段だった。
体がでかいものだと3m程にもなる魔獣で、複数出てくると対処にそれなりに時間を要した。
特にヒッポカムポスが放ってくる魔法は高位のもので、水で出来た槍、ウォーターランスや巨大な津波を起こすウォーターウェーブなど、それなりに強い敵ではあった。
しかし、こちらは王化するまでもなく、金獅子が大剣で津波を切り裂き、出来たすき間を銀狼が駆け抜けて馬の首を落とすという連携や、水の槍と真っ正面から撃ち合った蒼龍が槍を穿ち、そのまま馬の胸元に槍を突き立てたりと、苦戦というほどのものではなかった。
むしろ水辺を高速で暴れまくるケルピーの方が討伐するのに大変だった。とにかく暴れまくるのだ。水飛沫を上げて走り回り、背中を見せたと思えば強靱な後ろ脚での蹴りが飛んでくる。と思いきやまたしてもバシャバシャと水飛沫を上げて走り回る。
最後は紫鬼が首を抱え込み、暴れるのを押さえてから白狐によりその胴体を真っ二つにされていた。
地下32階層では馬系の魔物のみ出現したが、特に苦戦というほどではなく、スムーズに下階への階段を見つけられた。
続く38階層では妖精種のネレイスのみ出現した。
妖精種だけあって魔法が得意らしく、ヒッポカムポスよりも多彩な魔法で翻弄された。
藍鷲が使う水竜巻、ウォーターブラストなども普通に使ってきて、狭い迷路の中で使われると道幅全体を覆い尽くされ、前後左右がわからなくなるくらいに撹拌されて思いっきり酔った。
これは後方に控えていた紺馬が矢で射殺してどうにかなったが、接近戦だけのパーティーだったらヤバかったかもしれない。
皆の酔いが覚めるまで少し時間をおいてから前進し、計12回、ネレイスに遭遇したのちに下階への階段を見つけて地下39階層へと降りたのだった。




