515話 嘆きの迷宮7
まるで散歩に出掛けるかのように無防備にグランスライムへと歩み寄る紫鬼。
「よう。スライムの。お前さん格闘家なんだって?ワシと1つ手合わせといこうじゃないか。」
そう言いつつグランスライムまでの距離あと1mというところで、グランスライムが仕掛けてきた。
不定形の身体の一部を伸ばして紫鬼と殴り掛かる。
「あれは仮腕というやつですね。不定形の手足を持たないスライムが打撃を繰り出すときに身体から伸ばす手足の代わりです。仮腕、仮足と呼ばれ硬化によりその強度は並の鉄よりも硬くなっているとか。」
こちらも魔物博士と言えそうな白狐の解説付きだ。
そんな仮腕での高速の一撃を紫鬼は左手1本で受け止める。
「うんうん。格闘家たるもの拳で語らおうという事だな。ワシも気合い入れて相手をしよう。」
そう言ってお返しとばかりに高速の右正拳突きを繰り出す。
これはグランスライムにクリーンヒット。しかし、もともと粘液系のスライムである。受けた打撃は身体の表面を波打たせるだけに留まり、ダメージらしいダメージはない。
その応戦を皮切りに両者の激しい殴り合いが始まった。
グランスライムが仮腕で連撃を放つ。
紫鬼はこれを弾き、お返しの左ジャブの連撃を繰り出す。
高速のジャブ連打をその身に受けてもグランスライムはびくももしない。それどころか仮足を伸ばして足払いを仕掛けてくる。
軽く右足を上げてふくらはぎで仮足を受けた紫鬼。その上げた右足で踏み込むと強烈な右スクリューパンチを放つ。
これは嫌がったのか仮腕を伸ばしてスクリューパンチを受け流すグランスライム。
代わりに複数の仮腕を伸ばして強烈な打撃を浴びせる。
「むぉ!?腕がたくさん?」
「スライムなんですから手足が2本ずつではないですよ!仮腕は身体の体積分、いくらでも生み出せます。連撃に気をつけて!」
紫鬼へと白狐が注意を投げかける。
グランスライムの猛攻を肩で受けてダメージを散らした紫鬼。お返しとばかりに強烈な右回し蹴りを放つ。
これをがっつり受けたグランスライム。初めて初期位置から僅かにズレる。
それでも常人なら吹き飛ばされる勢いの打撃を受けても僅かに位置がズレただけ。やはり打撃は表面を波打たせてダメージを分散させているようだ。
その後もグランスライムの猛攻は続き、紫鬼は弾く、受ける、躱すとその猛攻を耐え忍ぶ。
疲れなどないであろうグランスライムの猛攻が下火になってきた。
そこで紫鬼は思いきって反撃に出る。
左のジャブ二連撃から右ストレート。
するとグランスライムはその右ストレートを絡め捕るように仮腕を伸ばすと肘関節を極めにきた。
咄嗟に立ち位置を変えてこれを避けた紫鬼。興奮冷めやらぬ様子でこちらに声を投げかける。
「おい!見たか今の?こやつ関節技を極めにきよったぞ!」
「格闘術を使うと言うのは伊達ではないな。」
「わかってるとは思うが相手はスライムだ。関節技で変えそうとか思うなよ。」
金獅子は腕を組んで闘いを見守り、銀狼からは指摘が飛ぶ。
「むぅ。確かにスライムでは関節はないな。それにこれまでの打撃も効いた様子が無い。やはり深部にダメージを通さねばなるまいか。」
1人ブツブツと呟き始めた紫鬼。
「よし!ならこれでどうじゃ?鬼拳!」
ノーモーションからの突然の右ストレート。妖気を乗せたその一撃はグランスライムに突き刺さる。
しかし、やはりその打撃は表面を波打たせてダメージを分散してしまう。
「これでも核まで届かんか。なら連発するまでよ!鬼拳!鬼拳!!鬼拳!!!」
右、左、右と連続で放たれる妖気を乗せた拳。
波打つグランスライムの表面がドンドン凹んでいき、核までもう少しというところまでその粘体を掻き分けた。
しかし、これを嫌がったのかグランスライムが後退する。後退しながらも仮腕と仮足を伸ばして牽制する。
これにより前に出れなくなった紫鬼は追撃を諦めた。
「今一歩じゃな。」
そう呟く紫鬼に仮足による連続ローキックが次々と襲う。
踵を浮かせてローキックをカットする紫鬼。だが浮かせた足にも続々と仮足によるローキックが放たれる為、一時後退して距離を取る。
しかし、相手はスライム。伸びる粘体にはそもそものリーチの長さなど関係なかった。
離れた紫鬼に仮腕での打撃が迫る。
距離を取ったことで反撃出来る間合いではなくなってしまい、次々と襲い来る仮腕を躱し、弾き、受ける。
それでも猛攻は止まらない。それどころか弾いた仮腕が戻ってきては紫鬼の腕に絡みつき、再び関節技を極めにくる。
これには紫鬼が馬鹿力で対抗。絡みつく仮腕を逆に掴み取り、強引に引っ張り上げる。
体重100kgはあろうかというグランスライムの巨体が浮いて紫鬼へと向かってくる。
「浸透させればいいんじゃろ?ならこれでどうじゃ!鬼拳・浸透勁!!」
紫鬼が繰り出したのは拳ではなく、掌底。掌底は拳に比べて打撃のダメージを内部に浸透させやすい。それに加えて妖気を乗せた事でより内部へとダメージを浸透させる。
パキッ
と乾いた音が響くとグランスライムはその躰を構成する粘液を撒き散らしてその姿を水溜まりへと変えた。
浸透させたダメージがグランスライムの核を割ったのだった。
こうして異種格闘技戦は紫鬼の勝利で幕を閉じたのだった。




