490話 甲蟲人:蟻18
まず最初に行われた弓矢での一斉射撃は、思った以上に効果が薄かった。
と言うのも敵の先兵である蟻型甲蟲人ですらその外骨格は硬く、矢を通さなかった。中には偶然にも関節部に突き刺さり、その進軍を止める敵の姿もあったが、牽制にはならなかった。
敵が近付いてくる。
距離にして目測30m。ゴロニャーゴが、指揮を飛ばす。
「接近戦!開始!前線を抜けられるなよ。後ろにいる後方支援員を守れ!深追いはしなくていい。まずは足止めを意識するように!」
鉈や斧、長剣を持ったハンター達が一斉に前に出る。
激しい戦いが始まった。
敵兵の数一万に対してハンター4000名、そのうち約1/3近くは弓兵にあたり、接近戦闘が出来る者も2/3程度。
開戦早々、厳しい戦いとなった。
幸いにも集まったハンター達には事前に甲蟲人の弱点は関節部である旨が浸透しており、狙うは手首や肘、肩関節に集中した。
だが、戦闘の最中、的確に関節部を狙うことは相当難しく、開戦から2時間余りで前線は穀倉地帯にまで後退していた。
あと数時間もすれば村にも敵が入り込めてしまえる距離である。
その間にもハンター達は討たれ沈んでいく。
防衛線は後退の一途を辿った。
開戦から4時間余りで前線は穀倉地帯を抜けて村の目と鼻の先まで後退していた。
幸いにも村の戦えない者達は近隣の村々へと退避済みであり、村はもぬけの殻である。
だが戦えるハンターの数も半数近くにまで減っていた。
その頃になってようやく地平の彼方に獣王戦士団の姿が見え始めた。
「村長!増援です!獣王戦士団が到着しました。」
「うむ。あと数時間耐えるしかない。村の家々を盾にしろ!もう壊されようとも仕方がない。村を抜けさせないようにだけ注意して出来る限り敵を引き留めるのだ!」
ゴロニャーゴの指令が下る。
開戦から6時間余りで村は蹂躙され尽くし、すでに家屋は全て崩され瓦礫と化した。
それでもどうにかハンター達は村の中で甲蟲人の最前線を引き留めていた。
そこに意気揚々と合流してきた獣王戦士団。
獣王戦士団の右舷を構成するのは長剣や鉈剣を持つ軽装の戦士5000名。武将はいつぞや獣王の守護をしていた虎の獣人、タイガニリヤ。金獅子にも負けず劣らずな大剣を肩に担いでいる。
「これ以上、甲蟲人達を先に進ませるな!ここで迎え撃て!」
タイガニリヤが戦士団に声をかける。
獣王戦士団の左舷を構成するのは斧や鎚と言った大型の武器を携えた重装の戦士5000名。大将はこちらも金獅子を守護していた象の獣人、エレファンタス。
巨大な戦斧を構えた男である。
「敵の数は同等程度だ!最前線には我等獣王戦士団が出る!ハンター達は後退して治療に専念せよ!」
エレファンタスの声が響く。
「どうにか間に合ってくれたか。これでわしもお役御免だな。」
ゴロニャーゴが初めて気が抜けたように座り込む。気力が尽きたのだろう。
それもそのはず。ゴロニャーゴは一介の村長なのである。大勢を率いて戦った経験など皆無だった。それでもどうにか敵を村に留めていたのだ。獣王戦士団の到着に気が抜けるのも仕方あるまい。
その後も続々と集結する獣王戦士団。総勢一万名。ようやく敵の数と並んだ。
これはほぼ獣王国が所持する軍部の総数に値する。
金獅子の命により、獣王国首都の警備にはごく少数を残してほぼ全ての戦士団員を派遣したのである。
そしてようやく戦場に1人の王が到着した。獣王、金獅子である。
「皆の者!気合を入れろ!行軍は終わりだ!残りの気力は戦場で発散しろ!」
「「「「オー!」」」」
「「「「うぉー!」」」」
戦士団員達の怒声が響き渡る。
獣王戦士団と甲蟲人達がぶつかり合う。
「ここのハンターを指揮していた者はどこにおる?」
急に金獅子から声を掛けられたゴロニャーゴ。
「は、はい!わしがここ、猫人族の村の族長をしておるゴロニャーゴと申します。ハンター達の指揮をしておりました!」
「うむ。よくやった。村は壊滅状態だがここで敵を引き留めておいてくれて助かった。礼を言うぞ。」
「いえ!滅相もありません。村にまで入らせてしまったのはわしの不甲斐なさです。申し訳ございません。」
金獅子はゴロニャーゴの肩を叩きながら言う。
「そう自分を卑下するものではないわ。圧倒的な人数差だったのに全滅しておらん事からもお前の的確な指示が窺える。誇って良いぞ。」
「はっ!有難きお言葉。」
「で、敵将の姿はあったか?」
「いえ!敵の数は多くともその構成は蟻型甲蟲人のみでございました。」
「うむ。そうか。しばし休むといい。あとは戦士団に任せよ。」
「はっ!ありがとうございます。」
前線にて戦う戦士団員を見渡す金獅子。まだ他の王達は到着していない。
自身も甲蟲人侵攻の報告を受けてすぐに通信用水晶にて緑鳥に連絡を取り合うと戦士団ともども獣王国首都を出てきてしまった。
戦場の位置を伝えさせる伝令兵は置いてきたものの、的確に場所が伝わるかが心配であった。
緑鳥には皆早馬で駆けつけるように言伝をしてある。
今回の敵の出没場所は想定外のものであった。こんな事なら藍鷲に全ての町村を回ってゲートの魔法が使えるようにして貰うのであったな、と考えつつ、自身も最前線へと足を向ける金獅子であった。




