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黒猫と12人の王  作者: 病床の翁


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487話 マジックヘブン8

 ぽっちゃり体型の青年は厨房内の保冷用の大型魔道具、冷蔵庫の前でなにやら作業中だった様子。

 その手元にはボールに積まれた味玉と袋に移し替えられた味玉があった。

「完全に現行犯やな!」

「な、何だよ。お前は?!誰だよ?!」

 ボールから味玉を袋に移していた青年は手元が狂ったのか味玉を1つ床に落としてしまう。

「あー!味玉落としたな!窃盗罪どけやのうて器物損壊罪も追加や!」

「だから誰なんだよお前は?!」

 青年は味玉を移す手を止めて朱鮫に問う。

「雇われの警備員や!大人しくせい!」

 それを聞いた青年は咄嗟に厨房にあった包丁を手に取る。

「な、なんだよ!来るなよ!」

 包丁を手に朱鮫へと刃を向けるぽっちゃり青年。

 それを意に介さず朱鮫は青年に近付いて行く。

「来るなって言ってるだろ!刺すぞ!本気だぞ!!」

「おーおー!刺せるもんなら刺してみぃ!」

 両手を広げて青年に近付く朱鮫。


「う、うぉー!」

 青年は腰だめにした包丁を手に朱鮫へと向かってくる。

 次の瞬間、腰に手を回した朱鮫の手には1本の短杖が握られていた。

「ウィンドボール!」

 短杖から放たれた風の玉は青年の持つ包丁を吹き飛ばし、青年の躰すらも吹き飛ばして壁に叩き付ける。

「ぐはっ!」

 気を失った青年。朱鮫は用意しておいた縄で青年の腕と足を縛り上げ、店舗の隣に位置する店主宅へと向かった。


 朱鮫に叩き起こされて店舗にやって来た店主とその妻。調理台の上に置かれた味玉入りのボールと袋に移された味玉を確認してから床に転がされた青年を見る。

 青年は意識を取り戻しており、何とか縄から抜け出せないかと体をくねらせていた。

「あ!君はよく店に来てくれた子やないか!」

 店主は青年に見覚えがあったようだ。それに続いてパーマ頭の奥さんも言う。

「最近は店に顔出さないと思うとったら、こんな夜更けに来とったん?」

「うぅ。すいません。ほんの出来心だったんです。」

 手足を縛られながらも体を起こして土下座するぽっちゃり青年。

「なんでこんな事したんや?」

 店主は怒鳴るでも無く優しく青年に語りかける。

「うぅ。僕、ここの店のラーメンが大好きで。それで好きすぎて家でも再現したくなって色々工夫したんです。麺も自分で打ってスープも何度も試行錯誤して。チャーシューも豚バラ肉をブロックで買ってきて何時間も煮込んで作りました。で、ようやく完成が見えてきた時に気付いたんです。味玉が再現出来ないって。調味料の配合を変えても漬け置き時間を変えてもこの店の味に近付けないんです。何度も何度も試して。でも駄目で。だからこうなったら直接店から仕入れる敷かないって思って。でもこの店は具材のテイクアウトとからやってないから忍び込んで盗むしかないなって。ホントすいませんでした。」

 額を床に擦りつける青年。


 そんな青年に朱鮫が語りかける。

「お前さんは3つ大きな間違いをしとる。この店のラーメンが好きなんやろ?なら店に来んかい!大好きなラーメン屋が無くなったらどないすんねん。店の存続の為にも客として店に来んかい!」

 激しい口調で言う。

「自分でも作りたくなった?なら弟子入りせんかい!親父さんかて鬼やない。誠心誠意お願いしたら雇ってくれたかもしれんやろ?」

 店主もそれを聞いて頷いている。


「最後は何よりも味玉を盗んだ事や。ええか。ここの味玉は毎朝おばちゃんが朝早くから茹でて1つ1つ殻剥いて、おっちゃんが継ぎ足しで作っとる特製ダレに漬け込んで一晩寝かして、翌日の朝タレから出してもう一晩寝かして、そうやって育てて作っとるんよ。それをお前は連れ去ったんや。おばちゃん達からしたら子供も同然や。そんな大切に育てた味玉を連れ去ったんやで!お前のした事は窃盗ちゃう。誘拐や!」

 物凄い剣幕でまくし立てる朱鮫の横で店主も妻もどうして良いか分からずしどろもどろになる。

「いや、子供言うのは言い過ぎやわ。」

「せやな。子供、ではないわな。ただの味玉や。」

 しかし、その朱鮫の言葉は想像以上に青年に突き刺さったようだ。


「僕は子供達を?!そんな。」

 想像以上に堪えたようだ。

「で、でも毎日お店でラーメン食べてたら、このぽっちゃり体型がラーメンのせいだって言われて。そんな事言われたら家でこっそり食べるしかなくて。」

「知るか!ぽっちゃり体型が気になるならラーメン食べながら筋トレでもせぇや!空気椅子でラーメン食うぐらいの努力せぇや!」

 これにも店主達は困り顔。

「いや、それはちょっとやり過ぎやろ。」

「お客さんが足プルプルさせながら食べ取ったら止めさせるわ。」

「まぁそんくらいの気合いれてラーメンに向き合えっちゅうこっちゃ!」

 これには青年はぐうの音も出ない。

「ラーメンを食べ続ける為に筋トレ…。そうか、痩せなくても現状維持出来ればラーメン食べ続けても何も言われなかったのか…。」

「んじゃおっちゃん達、ワイはこいつを警備兵の詰め所に突き出してくるわ。」

 自分で歩かせる為に足の拘束だけ外してやる朱鮫。


「そうやな。罪は罪や。償ってからまたうちのラーメン食べに来てや。」

「せやで。常連さんが居なくなるのは寂しいわ。また来てや。」

 優しく語りかける店主とその妻。

「うぅ。こんな事した僕に。そんな言葉かけてくれるなんて。僕は、僕はそんな2人の大切な子供を。」

 泣きじゃくるぽっちゃり青年。

「いや、だから子供ちゃうて。」

 冷静なツッコミを入れる店主だったが、その声はもう青年には届かない。

 そして朱鮫に牽かれて警備兵の詰め所に連れて行かれたぽっちゃり青年。

 あとはこの国の裁きを受けさせるだけである。


 こうして朱鮫の味玉窃盗犯探しは幕を閉じたのだった。


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