486話 マジックヘブン7
「犯人捕まえるって言うたかてウチらも寝ずの番したりもしたんよ?でもそういう日には現れん。暫く寝ずの番して、もう来へんな思うたら次の日に盗みにくるんよ。」
頭にパーマをあてた『くらはち』の店主の奥さんが朱鮫に言う。
「寝ずの番までしとるんか?ほんで、犯人は何回くらい盗みに入っとるん?」
「今日で11回目や。もう味玉作るだけ無駄になるんちゃうかって主人とも話しとったくらいや。」
「あかん!おばちゃんの作る味玉は最高や!やめるなんて絶対にあかん!ワイが犯人捕まえたるからそんな事言わんとってや。」
必至の形相で止めに入る朱鮫。
「そうか?そこまで言うて貰えるんやったらまた作ろかな。」
「せやで。やめたらあかん。窃盗犯なんかに負けたらあかん。」
「そうやね。負けたらあかんな。」
「せやで。ワイも今日から夜間警備するわ。」
「でも寝ずの番しとる時には来へんよ?」
「そこは任しとき。ワイはこう見えても魔術師なんや。魔術でパパッと解決したるわ。」
これには店のおばちゃんも驚いたように言う。
「あんた、魔術師やったん?えらい口が上手いからどっかの営業マンやと思っとったわ。」
「はははっ。口が上手い言うんは褒め言葉や思うとくわ。ほんで、店の閉店は夜9時やったよな?」
「そや。朝10時から夜9時までが営業時間や。」
「ほな9時から翌朝10時までの見張りでええな。」
「あんたぁー!この朱鮫はんが味玉泥棒捕まえてくれはるってよー!」
厨房から店主が出てくる。
坊主頭に手ぬぐいを巻き、如何にも頑固親父の風貌である。
「なに?朱鮫がか?寝ずの番しても奴は来へんぞ?」
「それはおばちゃんからも聞いたわ。安心しいや。寝ずの番言うても店に張り込む訳とちゃう。ワイは魔術師や。やりようは他にもある。」
すると店主も驚いたような顔をする。
「お前、魔術師やったんか?どこぞの営業マンやと思っとったで。」
「おばちゃんと一緒の事言うんやな。まぁ任しとき。今日から見張りするわ。」
そう言い残して朱鮫は店を後にした。
残された店主夫婦はと言えば
「大丈夫かねぇ?任しておけ言うてたけど。」
「まぁアイツにも何か考えがあるって事やろ。それに常連さんがうちの為に力貸してくれるっ言うんやから素直に有り難く受け取ろうや。」
「せやね。でも危ないことせんといてくれたらええけど。」
店主夫婦は朱鮫が超一流の魔術師だとは知らない。その為、一抹の不安を抱えつつ、業務に戻るのだった。
昼食後は予定通り街の外まで魔術を撃ちに行った朱鮫。
街に戻ってきたのは辺りが暗くなり始めた頃だった。
「上級魔術でも魔素の集め方は変わらんかったなぁ。っちゅう事は魔素を集めた後に何かしらの効果がある術式を組んどる言う事か。」
独り言をブツブツと繰り返しながら『くらはち』から900mほど離れた公園に足を運んだ朱鮫。今日からここで『くらはち』への侵入者を捜すつもりだった。
「っとそろそろ9時やな。ほなやりますか。」
朱鮫は『くらはち』のある方角を見定めて魔術を行使する。
「魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。我が敵となる者を炙りだしその動向を我に伝えよ。スカウティング。」
次の瞬間、朱鮫から見えない波動が放たれる。
これは索敵の魔術。普段甲蟲人を相手にする際にはすでに相手の姿が見えてから現地入りする為、中々出番のない魔術ではあるが、旅をする傭兵やダンジョンシーカー達には重宝される魔術である。
自身の周囲に害意のある者がいないかを文字通り索敵してくれる魔術である。
害意のある者が近付けばそれと分かると言うことだ。
通常なら半径100mから500m程度の距離を索敵する魔術であるが、朱鮫に至っては方向的に制限をかければ半径1kmほどの距離にまで索敵範囲を広げられた。
紛れもなく朱鮫は天才魔術師なのだ。
「うん。ちょうどええ距離やな。これなら1時間はいけるか。1時間毎にかけ直さなあかんけど、そこはしゃーなしやな。」
そう言うと公園内のベンチに座り再び魔石魔術の魔素を集める方法について検討し始める。
「魔素を集める詠唱は同じでも次に続く詠唱によって追加で魔素を集めとるんか?その辺りは学園でも教えてなかった話やなぁ。誰に聞いたら分かんねやろ。」
そんな考察を続けるうちに日は昇り翌日の開店時間になった。
「今日は収穫なしか。まぁしゃーないな。暫く続けよか。ってか今日なら味玉あるんちゃう?『くらはち』行かな。」
こうして1日目の見張り番は終わった。
そんな事を続けて4日目。時刻は深夜2時。朱鮫の索敵魔術に反応があった。
「お、遂に来よったか。こうしちゃおれんな。現場に行かんと。」
公園のベンチから立ち上がり街を駆ける。
『くらはち』までは直線距離で1km無いくらいである。
本気で走れば5分かからない。侵入から犯行までの時間を考えても十分間に合う。
夜の街を全速力で駆け抜ける朱鮫。『くらはち』に着いたのは公園を出てから4分強だった。
さて、犯人は何処から侵入したのか?そっと店の入口である引き戸に手をかけると鍵が開いていた。犯人は堂々と出入り口の鍵を開けて侵入していたのだ。
意を決して朱鮫は引き戸を開ける。
「そこまでや!この腐れ泥棒が!」
ランタン型の光を発する魔道具に照らし出されたのはどこにでも居そうな少しぽっちゃりめな青年だった。




