483話 聖都セレスティア51
黒猫がセブンガで仕事に励んでいた頃。聖都セレスティアでは1人の男が決死の覚悟を持って行動にでようとしていた。
男の名は藍鷲。本名はシュウカイワン。魔族の男である。
魔族とは言ってもその外見は人間のそれと変わりなく、肌の白が青白い程度のものである。
そんな彼は魔神から魔法の才能を認められ、新たな魔王として魔神の加護を受けた。そしてその力を世界の為に使うため、1人魔族領からやって来た男だった。
もともと黒猫達が魔族領に侵攻していた際に道案内を買って出た男であり、黒猫を始めとする魔族領侵攻メンバーとは面識もあった。
そんな魔族領侵攻メンバーの中でも彼が気になっていたのは聖王、緑鳥である。
整った顔立ちに綺麗な緑色の髪色、そして額には緑色の石をつけたサークレットを身に着けたその女性に一瞬で心を掴まれたのだった。
だが藍鷲にはわかっていた。自分は魔族であり、緑鳥は人族。それに身分も違う。この想いは憧れであり、それ以上のものではない。そう自分に言い聞かせていた。
ところが自身も魔王として認められ、人族領へとやって来た。
同じ王として身分の差はなくなった。あとは魔族と人族としての圧倒的な種族の違いだったが、他のメンバーとも接しているうちに底まで大きな隔たりではないのではないかと思える様になってきた。
そう。彼も気付かぬうちに憧れが恋心へと変わっていったのだった。
そんな藍鷲は近頃考えていた事がある。緑鳥は聖王として毎日多忙な日々を過ごしている。それに加えて甲蟲人の侵攻では傷付いた人々を癒し、自らを粉にして働いていた。そんな緑鳥には心安まる時間はあるのだろうか、と。
毎日王化の継続時間を伸ばす訓練に自身の魔力量の増加の為の訓練に没頭していた日々の中で、その考えは日に日に増していった。
そして遂に行動に出る事にした。
藍鷲は緑鳥がいつも籠もっている執務室を訪ねる。
「あら。藍鷲様。どうかされましたか?」
いつもの優しい声音で問い掛けてくる緑鳥。なにやら書き物をしていた手を止めて立ち上がり藍鷲を部屋に招き入れた。
藍鷲は意を決して言葉を発する。
「緑鳥さん、明日わたしと街に出てくれませんか?」
「え?街に、ですか?」
「はい。街に、です。」
困ったような素振りを見せる緑鳥。
「でもわたしが街に出てしまうと信者や巡礼者に取り囲まれてしまいますよ。」
「そこは私にも考えがあります。」
そう言って手にしていた紙袋を緑鳥に手渡す。
「これは?」
戸惑ったように問い掛ける緑鳥。それに対して藍鷲は自信満々に答える。
「変装セットです。これを着て明日わたしと、いや僕と街に出てくれませんか?」
普段自分をわたしと称していた藍鷲が僕と言い換えた。これは少しでも緑鳥に自分の男気を見せる為である。唐突におれと言うのは憚られた為、折衷案的に僕と言うことにしたのだった。
緑鳥が紙袋の中を確認すると、そこには町娘風の衣装と特徴的な緑色の髪を隠せるようなフロッピーハットが入っていた。
「その格好なら街の人々もまさか聖王様だとは気付かないでしょう?どうでしょう?一緒に来てはくれませんか?」
暫し考え込む緑鳥。だが次の瞬間には顔を上げて微笑む。
「わかりました。明日、こちらの衣装を来て一緒に街に出掛けましょう。」
「ホントですか?やった!では明日。朝お迎えに参りますね。」
藍鷲はそれだけ言うと部屋から出て行った。
残された緑鳥は不思議に思う。
「んー?なぜ白狐様ではなくわたしと、なのでしょう?」
その問いに答える者はなく、緑鳥は再び机に向かって書類仕事を始めるのだった。
翌日、朝食後に宣言通り藍鷲は緑鳥の自室を訪ねた。
コンコン
扉をノックする手が震えている。緊張しているのだ。
「はい。藍鷲様ですか?わたしも準備出来ました。」
扉を開け放ったのは町娘風のブラウスに深緑色のロングスカートを着て、頭にはフロッピーハットを被った緑鳥であった。
見事に特徴的な髪は結わえられてフロッピーハットの中に隠されている。
今の姿を見ても白狐すら一瞬では緑鳥だとは気付かないだろう。それ程までに普段の司祭服とのイメージのギャップがある格好だった。
「あ、お似合いです。凄く。」
「ふふふ。ありがとうございます。わたしも幼少の頃から司祭服に袖を通していたのでこの様な洋服は初めて身に着けました。似合っていればいいのですが。」
「お似合いですよ。ホントに。普段のイメージとのギャップもあってとても綺麗です。」
「あら。綺麗だなんて。ありがとうございます。」
「あ、綺麗って言うのはそのあの緑鳥さんが綺麗だからどんな服でもお似合いになると言うか、そのあれです。」
無意識に綺麗だと口にしてしまいしどろもどろになる藍鷲であったが、なんとかその場は繕って2人は神殿を後にして街に出掛ける事にした。
この日のために街の下見は万全である。今なら1番りんごが安い店は?と聞かれても即答出来るほどに街の事を調べ尽くした。
藍鷲、初めてのデートの幕開けであった。




