482話 旧王国領セブンガ5
体勢を崩した目の前の男、カザフステイン。
攻勢に出るチャンスかと思いきや不自然な体勢から掌をこちらに向ける。
「アイスニードル!」
ちっ!こんな体勢からでも魔法を放ってくるのかよ。
俺はアイスニードルをナイフで叩き落として立ち上がる勢いを乗せてナイフで斬り上げる。
これも護拳付きのナイフで防ぐカザフステイン。
相当強い。あの甲蟲人化したコーモンウンでもここまで俺の猛攻には耐えられなかったと言うのに。
まぁ、あっちは王化してたから余計だろうけどな。
そんな事を考えている間にもカザフステインの攻撃が飛んでくる。
突き出されたナイフをかち上げてがら空きになった脇腹を狙ってナイフを振るう。しかし、片手のナイフでこれを防がれる。
カザフステインはかち上げた腕を振り下ろしながら魔法を放つ。
「アイスニードル!」
上体は避けたがアイスニードルが左の太股に突き刺さる。
やべぇ。機動力が削がれた。
「はン!その足じゃフットワークで避ける事は出来ねぇだろ。いい加減ぶっ倒れろや。」
カザフステインは言ってくる。
「まだだっての。俺はしぶといぜ!」
俺はアイスニードルが刺さったままの左足を前に出しながら左手逆手のナイフを振るう。
これはナイフで受けられる。そこまでは織り込み済みだ。
右手のナイフで突くと見せかけて足を狙う。カザフステインの前に出ていた右脚の太股に俺のナイフが突き刺さる。
「痛っ!テメェやりやがったな!」
カザフステインは両手のナイフを振るってくるが、素早く足から抜いた右手のナイフと左手のナイフでこれを受け止める。
受け止められる事を想定していたのかカザフステインは前蹴りを放ってきた。
これには腹部を強かに打たれて数歩後退させられる。
カザフステインの猛攻は続く。
ナイフを振るい、斬り上げ、斬り下げ、突いてくる。護拳で殴りつけられ膝も飛んでくる。
俺はこれを受けながらこちらからも攻撃を仕掛ける。
互いの流した血で血溜まりが出来ており、足元が滑りやすい。
カザフステインが左手のナイフで殴り掛かってくる。これを右腕を曲げて受け止めた俺。
「アイスニードル!」
空いた方の掌をこちらに向けて魔法を放ってくるカザフステイン。
俺は再度しゃがみ込みアイスニードルを避けると共に足払いを仕掛ける。
蹌踉けるカザフステイン。俺は立ち上がる勢いそのままに顎先に強烈な右アッパーを食らわす。拳ではなくナイフの柄で、だ。
吹き飛ぶカザフステイン。今度はなかなか立ち上がらない。近付いて確認すると白目を剥いて気を失っていた。長い闘いは終わったようだ。どうやら無事に勝てたらしい。
相当疲れた。お互いに流した血で血溜まりが出来ている。それ以上長引くようなら王化する事も考えに浮かぶほどだった。このまま気を失っていてくれればいいが起き出したらまた大変だ。俺はカザフステインの手からナイフを取り上げて後ろ手に縛り上げた。足も縛って手を縛ったロープに括り付ける。
カザフステインは海老反りの形で気を失っている。
今のうちに金を頂いて行こう。
金庫は鍵が3つも掛かっていたが、なんとか開けることが出来た。
金庫の中には大金貨に金貨がたんまりと入っていた為、俺は影収納に全て収めて金庫室を後にした。
帰りは警備兵もやって来ず、すんなりと屋敷から抜け出せた。
手持ちの現金全てを失ったんだ。あの奴隷商も終わりだろう。
それにしてもあのAランクの傭兵
カザフステインは強かった。あんな奴が甲蟲人戦でも戦ってくれれば有り難いんだけどな。
俺はそのまま宿屋に戻り、斬られた傷痕を消毒してから眠りにつくのだった。
翌日、昨日の夜奴隷商の元に盗賊が入った事は街の話題に上がっていた。
全財産を奪われた奴隷商は扱っていた奴隷を別の奴隷商に二束三文で売り払い店を畳み、隠居するらしい。まぁこれで悪徳奴隷商ほ潰せた訳だ。
あの貴族の死は話題には上っていない。まぁ言うても貴族だ。領主辺りが口止めしているのかもしれない。
取り敢えずこの街でのやりたいことは終わった。
あ、そうそう。皆に言っているのは魚の仕入れの為の訪問って事になっているので、魚屋にも顔を出す。
魚屋には色とりどりな魚が並ぶ。
狙い目は鮭の切り身辺りか。イワシもいいな。俺は気になった魚を片っ端から購入していく。
昨日の件で懐は随分と暖かくなった。多少の無駄遣いは問題ないだろう。無駄って言っても結局は皆で食べるんだし。必要経費である。
珍しいところでタコやイカなども売っていた。ここでしか取り扱っているのを見ていない。
フォート辺りなら売っているかもそれないけどな。俺は迷わずタコ、イカも購入する。
肉屋にも顔を出したが、こちらは豚肉、牛肉や鶏肉など、品揃えは代わり映えしない。
周りを木々に囲まれていない分、野生の猪などは少なく、家畜の飼育が盛んらしい。
鶏肉のストックが無くなってきていたので、大量にもも肉と胸肉を購入しておいた。そのうち唐揚げパーティーにしよう。
思ったよりも滞在日数が増えてしまったが、今からなら早馬で移動すれば6日程度でワンズには着けるだろう。
夜間も走らせないといけないので馬には負担を掛けるが頑張って貰おう。
その為にも馬用の餌も大量に仕入れた。水のストックも減っていたので、水瓶に入った水も大量に買っておく。
その後は予定通り6日間掛けてワンズに無事に辿り着いた俺だった。
久々のツリーハウス。今回は仕事の兼ね合いでヨルジュニアも聖都に置いてきた。
暫くぶりに1人の夜だ。
少し寂しさも覚えつつ、俺は眠りにつくのだった。




