47話 昔話
帝国軍が集落を襲うのをただ見ていた俺達は思い思いに、夜を過ごす。
見張り役として2人ずつ交代で起きている事にした。
戦闘向きじゃない緑鳥も魔物が現れたら皆を起こせばいいと言う事で2人組のペアを作った。
俺は蒼龍とペアになった。
もちろんヨルも一緒だ。
今は俺の隣で丸くなっている。
そう言えば一緒にいて、暫く経つが蒼龍とはあまり話す機会がなかった。
蒼龍が寡黙であまり喋らないってのもあるが、まぁタイミングがなかったのだ。
ちょうどいいので俺は蒼龍に話しかける。
「なぁ、龍人族って龍の谷って所に集落作ってるんだよな?」
「ん?あぁそうだ。」
「龍鳴山脈の山間なんだろ?なんでまたそんなところに住む事にしたんだ?」
『確かに儂も気になっていた。』
ヨルも言う。
「うむ。我等龍人族は逃走の果てに龍鳴山脈に辿り着いたと聞き及んでいる。」
「逃走?」
俺は訊ねる。
「逃走って何から?」
「人間だ。その昔、我等龍人族の角が万能薬になると言う噂が流れたらしい。」
「万能薬?」
「あぁ。なんでもすり潰して粉状にする事でどんな万病にも効く特効薬になると言われていたそうだ。」
「どんな万病にも?!ホントか?」
「いや。根も葉もない噂だ。我等の角はただの骨角だ。そんな薬にはならない。」
自身の龍角に触れながら蒼龍が言う。
「じゃあなんでそんな噂が?」
「さあ。本当の所はわからない。ただそんな我等の角を求めて多くの人間が戦いを挑んできたらしい。」
「それで逃走か。」
『いつの世も人間は欲深いな。』
「あぁ。人間に襲われないようドラゴンが住むという過酷な土地へと逃げ込んだのだ。」
「それは何と言うか。人間の事恨んだりしてないのか?」
「祖先は恨んだかもしれんが、我等の世代ではあの谷に里がある事が普通だったからな。特に恨みの感情はない。」
「そうか。みんな色々あるんだな。」
俺は独り言ちる。
「そう言えばお主は元々殺しを生業としていたと聞いたが?」
今度は蒼龍から質問された。
「あぁちょっと前までは殺し屋だったよ。」
「そうか。なぜ辞めた?」
「ん?あぁ親父にさ。普通に生きろって言われたのよ。親父っつっても俺は捨て子だったからホントの親じゃなくて育ての親なんだけどな。」
「ふむ。親に言われたから辞めたと?」
「あぁ。そもそもが親父に仕込まれて殺し屋になったんだけどな。親父が死に際に言ったのさ。“普通“に生きろって。」
「遺言と言う事か。」
「あぁ。それ聞いた時に思ったのさ。もしかして親父は俺を殺し屋に育てたかった訳じゃなかったのかなって。ただ自分が教えられる事が唯一殺しの方法だっただけだったのかなってさ。」
「親父殿も本当は普通にお主を育てたかったと?」
「そうそう。そしたら殺し屋辞めて普通に生きようと思った訳よ。って言っても結局俺に出来ることって言ったら他の選択肢は盗賊くらいだったんだけどな。」
「ふむ。人間生き方を変えるのはそう簡単ではない。だが殺しの連鎖から抜けられたなら良かったな。」
「まぁ結局魔物相手に殺しまくってるけどな。」
「ふむ。魔物は人を襲う。それに我等からすればワイバーンなどは食料だ。」
「確かに。魔物は食料にもなるよな。で、なんで俺が元殺し屋だってのが気になった訳?」
「ふむ。黄豹の事だ。彼女はまだ若い。出来ることなら殺し屋ではない生活に戻してやりたい。」
「黄豹?確かに現役で殺し屋やってて今は休業中って言ってたな。」
俺は思い出しながら言う。
「ふむ。あの通り彼女は感情の起伏が少ない。それが殺し屋と言う職に問題があるのではないかと思ってな。」
蒼龍は空を見上げて言う。
「我もお主の親父殿と一緒かもしれん。若い者達には普通に生きて欲しい。それこそ人族同士での殺しの連鎖から抜け出して欲しい。人間は人間を殺しすぎる。」
「若い連中にはってあんたも若いだろ?」
蒼龍の見た目は20代である。
「いや。我は今年で120歳になる。」
「まじか?!」
思っても見なかった。そんなに年上だったとは。
『儂は200歳を超えておるがな。』
なぜがヨルが張り合う。
「龍人族は長命だからな。20代からあまり見た目は変わっておらんがそれなりに歳をくっておるのだ。」
「そっか。だから若い連中って言ったのか。なるほどね。」
「ふむ。黄豹はまだ10代後半だ。あれだけの腕があればそう易々とは死なぬだろうが、やはり種族は違えど同じ人族だ。子供には長生きして欲しいものだからな。」
「そうか。じゃあ今度黄豹にはそれとなく言ってみるよ。俺と一緒に普通に生きてみないかって。」
「ふむ。頼む。」
そう言って蒼龍に頭を下げられた。
そんなこんなで、色々と話をしているうちに見張り番の交代時間となった。
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白狐と灰虎ペアが見張り番となった。
今日は今のところ魔物の出現はなく穏やかな夜を過ごしている。
ふっと思い出したように灰虎が白狐に問いかける。
「前に軽く聞いたけどさ。白狐って元々は妖狐だったんでしょ?」
「えぇ。九尾の妖狐としてそれなりに有名だったんですよ。」
「それで人化の術ってので人間になったと?」
「えぇ。正確にはエルフになった、ですけどね。」
白狐は横に伸びる自分の耳を指して言う。
「なんで人間になろうと思ったのさ?」
「ふふっ。それ聞いちゃいます?」
「聞く聞く!教えて!」
「じゃあ長い夜のお供にちょっと昔話しましょう。」
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その妖狐は聖邪戦争前にこの世に生まれ落ち、戦争期間も無事に生き残った幸運な狐でした。 やがて時は流れ100歳を超えるとその尾が2本に増えました。
この時にはすでに人語を解し、ちょっとした妖術も扱える妖狐になっていました。
時が流れ、その尾が3本、4本と増えていき、いつの間にか全長20m超えの九尾の妖狐と呼ばれ恐れられる存在になったのです。
九尾の妖狐はその身に宿した破壊衝動が赴くままに行動し、やがて破壊神から眷属として認められる程になりました。
その頃の妖狐は気の向くままに大陸中を駆け回り、時には同じく暗黒神の眷属となった夜王とじゃれつくように三日三晩戦い続け、地上に破壊を振りまいたり、なんの落ち度もない街を破壊したりとやりたい放題でした。
そんな破壊の化身とも言える九尾の妖狐は常に人族からすれば討伐の対象でした。
時には英雄と呼ばれる者達が、時には軍隊が、時には傭兵団が妖狐討伐に赴き、無残にも破れ果てました。
そんな中、1人の刀剣士が妖狐に挑みました。
その男はたった1人で巨大な妖狐に対峙します。
その手には1本の刀を持って。
男は妖狐の刃になる1本の尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の火炎に包まれた尾をその刀弾きます。
男は妖狐の水流になる尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の土塊となる尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の岩石となる尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の稲妻を纏う尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の旋風を起こす尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の氷塊となる尾をその刀で弾きます。
男は妖狐の毒を撒き散らす尾をその刀で弾きます。
男は全ての尾を弾くと力尽きて倒れます。
しかしその手に握る刀には傷1つつきません。
九尾の妖狐はその刀の虜になりました。
九尾の妖狐は己の20m超えの体躯を見ます。
これではとてもではないが刀を握る事は出来ません。
しかしあの刀に触れたい。
あの刀をあの男のように振るってみたい。
その衝動を抑える事が出来ません。
そして思い至ります。
妖魔を人間に変える術があると。
九尾の妖狐は破壊神に教えを請います。
人化の術を教えて欲しいと。
破壊神は面白がって人化の術を妖狐に教えました。
そして妖狐は人族の体を手に入れたのです。
しかし、男が持つ刀を手にし、振るってみたところ違和感を覚えます。
あの男の斬撃はもっと鋭かった。
あの男の斬撃はもっと速かった。
あの男の斬撃はもっと、もっと。
こうして毎日刀を振り続ける日々が始まりました。
1年が過ぎ、2年が過ぎ、それでも納得がいく斬撃を放つ事は出来ません。
やがて妖狐は剣術を教える道場を見つけます。
そこで習えばあの男のような斬撃を放てるかもしれない。
妖狐は道場に通い始めます。
しかし何年かそこで修行した妖狐は思います。
ここではあの斬撃には辿り着けないと。
妖狐は至る所の道場に通いました。
時には師範代を超えるまでになります。
でもまだあの斬撃には届きません。
やがて妖狐は自分なりの方法で剣術を学ぶようになります。
対魔物の戦闘です。
空を斬るだけではあの斬撃には至れない。
そう思い手頃な生き物である魔物討伐を始めたのです。
各地を流浪しながらひたすらに刀を振るいます。
やがて刀には妖狐の妖気が流れ妖刀へと至り、血を求めるようになります。
しかし何度魔物を斬ろうともあの斬撃には届きません。
その魔物討伐の腕を買われて傭兵団にも所属しました。
ただそこにいても己の剣技を磨く事は出来ないと感じ、また流浪の旅にでます。
今も妖狐は夢に見ます。
あの男の斬撃を。
己もその様に刀を振るってみたい。
その一心で今日も刀を振るいます。
妖狐はあの男の斬撃に恋い焦がれているのです。
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「へぇ。じゃあ未だにその男の人の剣技には至れてないんだ?」
灰虎が問う。
「えぇ。あと1歩なんですけどね。その1歩が遠いんです。」
「へぇ。白狐はその男の人に恋をしたのかもね。」
「え?いやいや。私はあの男の剣技に惚れたんですよ。」
「まぁいいや。そう言う事にしておきましょ。」
灰虎がイタズラっぽく言う。
「だって私にはクロさんが居ますから。」
「そう言うけどさぁ。あの黒猫の何が言い訳?背も小さいし、目つき悪いし。」
「だってお金持ってて、料理もしてくれて、しかも私が刀を振るうことを止めない人ですよ?それに背の小ささも可愛い所ですし。」
惚気る白狐。
「あ。私の旦那様なんですから出だしは許しませんよ?」
「アハハッ。アタイが黒猫を?ないない。アタイは自分より強い相手が好みなんだ。」
「灰虎さんより強いとなると闘技大会で勝った紫鬼さんですかね?」
「なっ?!なんでアタイがあいつの事好きになるのさっ。」
まんざらでも無さそうな灰虎の態度である。
「ほぉー。そう言う事ですか。それなら私も応援しますよ?」
白狐が茶化すように言う。
「だから違うってばっ。」
否定するも顔を赤く染める灰虎。
そんなガールズトークをしている間に見張り番の交代時間となった。
次の見張り番は金獅子と銀狼である。
金獅子はまだ片腕となった銀狼を気にかけていた。
「銀狼よ。本当に片腕でこれからの戦いについて来れるのか?」
銀狼は言う。
「問題ないって兄貴。兄貴は昔から心配性なんだよ。」
「むむ。お前が平気だと言うなら止めはせん。だが無理だけはするなよ。」
「あぁ大丈夫だ。オレのしぶとさは兄貴も知っているだろう?」
「確かにお前はしぶといな。」
そうして2人は同じ傭兵団に所属していた時のことを語り出す。
あれはまだ、2人が駆け出しの新人傭兵だった頃の話である。
魔の森にて、魔物討伐依頼の最中に魔物との戦闘に没頭する余り、2人は他の数名の新人団員と共に本隊とはぐれてしまったのだ。
場所は魔物が多く出没する事で有名な魔の森、しかも結構奥地まで入り込んでしまっていた。
そんな中、最悪な事にオーガ2体と出会ってしまった。
オーガと言えば頭頂部に2本の角を持つ身長2m超えの筋骨隆々の緑色の大鬼である。
ランクで言えばBランク、とても新人傭兵の手に負えるものではない。
他の団員達は逃げ惑った。
1体のオーガはその逃げる背中を追いかけて行った。
金獅子と銀狼の前には1体のオーガのみが残る事となった。
2人は闘志は失っていなかった。
当時より金獅子は大剣を、銀狼は双剣を装備していた。
まずは金獅子が飛びかかり大剣上段から斬りつける。
オーガはその大剣を左腕を上げて受け止めた。
素手である。
その強靱な皮膚には大剣での打ちおろしすら通らなかった。
「何!俺様の剣が通じないだと?!」
その事に驚愕する金獅子。
ここまで硬いとは思ってもみなかったのだ。
それを横目に銀狼はオーガの足下に潜り込み、アキレス腱を狙って双剣を叩きつける。
が、しかし。
やはりその硬い皮膚には剣が通らない。
それでも果敢に攻め込む銀狼。
「うぉー!何度だって叩き込んでやる!」
何度も同じ箇所へと斬撃を叩き込む。
その攻撃は少しも効いているようには思えなかったが攻撃の手は緩めなかった。
しかし何度目かの攻撃の際に足下に潜り込んだ銀狼をオーガが蹴り上げた。
軽く5m以上吹っ飛ばされて木に激突する銀狼。
当たった位置が悪かったのか銀狼の右腕は折れてしまった。
「諦めるかよ。諦めて堪るかよ!」
しかしそれでも果敢に攻める銀狼。
それを見た金獅子も再度跳び上がり大剣を叩きつける。
「俺様も諦めん!」
硬い皮膚に弾かれようとも何度も何度も斬りかかる2人。
やがて本隊が合流してくれたお陰でオーガは討たれたが、何度も蹴られ殴られた銀狼の右腕は3カ所ほど折れていた。
普通なら痛みに耐えかねて戦闘など継続出来なかっただろうと本隊の団員に言われたが、銀狼が諦めなかったから、その姿を見たから金獅子も諦めずに戦えた。
戦い続けたからこそ、2人は命を落とさずに済んだ。
あとから発見された逃げ惑った新人団員達は無残な姿で発見された。
その後傭兵団の中では新人ながらオーガと対峙して生き残った2人として注目を集める事になったのだった。
「あの時お前が立ち向かっていかなかったら俺様も逃げ出していたかもしれん。」
金獅子は当時を思い出しながら言う。
「そうだぜ兄貴。あの時と同じだ。右腕が使えなかろうがオレは止まらない。」
銀狼は左手を突き上げてみせる。
「そうだな。お前は止まらんな。」
しみじみと言う金獅子。
こうして夜は更けていく。




