449話 クロムウェル帝国18
女盗賊、ブラックパンサーが持つ鞭は革紐を編んで一本にした編み上げ鞭であり、丈夫な上軽いため打撃がシャープである事が特長としてあげられる。女の持つ鞭の長さは3m程もあろうか。振るわれた際の先端の速度は音速をも超え、風斬り音がビュンビュンと鳴るどころか先端が空気を打ち付ける際にはパンッと乾いた音が鳴る。
対する銀狼はいつもの双剣を両手に構え、接近のタイミングを見計らう。
が、リーチの長さは如何ともし辛く、一歩前にでれば鞭が飛んできて一歩下がる。まさに一進一退の様相だ。
「フフフッ。大口叩いてた割りにはアタイに近付けもしないかい?」
ブラックパンサーは余裕の笑みを浮かべる。とは言っても暗闇の中でその表情までを読み取る事は難しく、銀狼にはその笑みは届かない。
中々に前に進めない銀狼を前にブラックパンサーは大きく頭上で鞭を旋回させ始めた。
チャンスだ。と見た銀狼は一気にブラックパンサーへと迫る。
しかし、再び振るわれた鞭を右腕の上腕に受けてしまう。
バチンッと大きな音を立て、銀狼の着ている服の袖が爆ぜる。音速を超える鞭の一撃は簡単に布を切り裂く。
だが銀狼の右腕のそれは義手となっており、オリハルコン製の義手は音速を超える一撃にもビクともしない。
「なに?!アタイの鞭を受けてノーリアクションかい?どうなってやがるんだい?」
痛打を受けながらも前進する銀狼。これにはブラックパンサーが後退して距離を取り、再び鞭を振るい足元を狙う。
バチンッと音を立てて銀狼の右太股に鞭の一撃が入る。
これには流石の銀狼も足を止めた。
太股にはプロテクターを身に付けており、そこまでのダメージではない。が、プロテクターがなければ肉は爆ぜ、血が滲んでいたことだろう。しかもその衝撃は凄まじく一瞬足の感覚がなくなるほどだった。
「フフフッ。腕には効かなくても足には効くようだね。それなら狙わせて貰うよ!」
ブラックパンサーの振るう鞭が銀狼の足元を狙い始めた。
銀狼の足元は太股にはプロテクター、脛にはグリーブを付けており、生身の部位は無い。それでも衝撃は残る為、打たれる度に足が痺れる。
「フフッハッハッハッ!どうした?どうした?足が止まってるよ!そんなんじゃいつまで経ってもアタイには近付けやしないよ!」
仕方なくここは一端距離を取る銀狼。ブラックパンサーとの距離は4m程も空いている。踏み込めれば距離を詰めるのは一瞬なのに今は果てしなく遠く感じる距離だった。
ブラックパンサーは頭上で鞭をグルグルと回し威嚇してくる。
「フフフッ。全くだね。あんた。」
ブラックパンサーは余裕の笑みを見せる。
銀狼とて傭兵として数多の戦場を駆けてきた経験がある猛者であるが、命のやり取りになる戦場では致死性の低い鞭を扱う者はおらず、鞭相手の戦闘はほぼ初となる。その為、なかなかに攻めあぐねていたのだ。
「やり辛いな。仕方ない。実戦では初めてだが、あれを使うか。」
呟く銀狼。そして一気に駆け出し加速する。
「フフフッ。また的にしてあげるわ!」
ブラックパンサーの振るう鞭が迫る。
銀狼は左手に握った剣でこれを受ける。
先端で足を打つはずだった鞭を剣で受けた為、ブラックパンサーの想定より長い位置で剣に当たり、剣に巻き付く鞭。ブラックパンサーはそのまま剣を巻き込んだ鞭を引き戻す。
銀狼は左手に持っていた剣を手放して右手の剣を振るう。だが、距離はまだ2mは空いていた。
武器を1つ奪った事で満足するブラックパンサー。銀狼の手から放れた剣を鞭を持つ方とは逆の左手で掴む。
「アハッ。高級そうな剣も頂きだね。」
まだ距離的に自分には当たらないと見ていた為、右腕で振るわれた剣を避ける素振りすら見せない。
しかし次の瞬間、銀狼の振るった剣はブラックパンサーの左腕上腕を切りつけていた。
「きゃっ!なに?!なんでこの距離が届くの?!」
混乱する女盗賊ブラックパンサー。
それもそのはず。銀狼の持つ右の剣は魔剣。刃の長さが変わるあの魔剣である。もともと刃は1.5m程だったのに対して、今は2.5m程に延長されていた。
「仕組みのわからん機能に頼るのはあまり好きじゃないんだがな。この際は仕方ない。伸びろ!」
銀狼の持つ魔剣。持ち主の思い通りに長さを変えるこの魔剣はどう言う仕組みで動いているのかまだ解明されていなかった。
「くっそっ。」
ブラックパンサーは切りつけられた左腕上腕を押さえる。そこまで傷は深くは無く、されど血は流れる程度に切りつけた。
その間にも銀狼は距離を詰め、今は目と鼻の先にブラックパンサーの首筋に剣を当て、追い詰めた。
「さぁ追い詰めたぞ。これ以上痛い目を見たくなければ素直に捕まりな。それとももっと深く切りつける必要があるか?」
「参ったね。そっちは魔剣かい。長さが変わるとは思いもしなかったよ。」
そう言うブラックパンサー。銀狼の持つ剣は再び長さを1.5m程に戻している。
「あぁ。たまたま手に入れたものでな。取り上げられたのがこちらじゃなくて助かったよ。」
言いながら奪われた片方の剣を取り返す銀狼。
「アタイの負けさ。官憲にでもどこにでも連れてきな。」
「大人しくしてくれて助かるよ。これ以上、女性を傷付けたくはなかったからな。」
「あんた。敵であるアタイを女として見てたのかい?」
「何言ってるんだ?女だろ?それとも男だったのか?」
「いや、女だけどさ。戦いの中でそんなこと気にする奴がいるなんて、意外だね。」
「オレはフェミニストだからな。」
「アハッ。なんだいそれは。」
そこまで話して銀狼は気付いた。捕まえるにしても縄などの持ち合わせはなく、このまま剣を突きつけながら連れて行く訳にもいかない。
そこで女の持つ鞭を使ってブラックパンサーの両手首を縛ることにした。
「痛くないか?」
「フフフッ。こんな時までこっちの心配するのかい。変な男だね。」
「大丈夫そうだな。さて、どうやって下に降りるかだな。」
その後どうにかして女盗賊と共に地上に降り立った銀狼は女に結んだ鞭を持って警備兵の詰め所へと向かった。
こうして長いこと世間を騒がせた盗賊事件は幕を閉じたのだった。




