447話 旧王国領ファイブラ10
魔魚を倒して海面に向かった俺だったが、よほど深くに連れられてきたらしい。100m近かったんじゃなかろうか。
そもそも身体を水に浸す事がなかった俺はもちろんのこと泳げない。そのせいで余計浮上するのに時間がかかって深く感じたのかもしれないが。
魔魚と格闘していた時間よりも数倍かけてようやく海面に顔を出した俺。王化継続時間内に記事に上がれたのは幸いだった。途中で王化が解けていたら窒息死していただろう。
なにんせよ魔魚の討伐と言う目標は達成出来た。
格闘の末に釣り竿は失ってしまったがこれは魚屋の店主に弁償するしかない。
すでに時刻は夕方に差し掛かっており、戻って地上げの抗議団体の場所を調べて夕飯食べたらちょうどいい時間帯になるだろう。
俺は崖に下ろされているハシゴを登って行った。
影の上にはまだ舟守の老人が立っており、俺の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「おー無事だったかぁ?途中大きな揺れがあったから心配しとったんよぉ。でもやっぱり魔魚なんて釣れなかっただろう。」
「いや。釣れたぜ?見るか?」
「見るかったっておめぇさん何も持てないじゃねぇのぉ。バケツも釣り竿も無くしたかぁ?」
そう言われたので、影収納から魔魚の死骸を出して見せた。
老人は尻餅をついて驚いていた。
「こ、こりゃハンマーヘッドシイラじゃねぇのぉ?!」
「ハンマーヘッドシイラって言うのか?」
老人は腰を抜かしたのかなかなか立てない。
「あぁ。その額は岩より硬いって言われててなぁ。気性が荒い魔魚として有名だよぉ。この辺に出始めた魔魚ってのも確かにこいつだわぁ。」
俺は手を出して老人を引っ張り立たせてやる。
「やっぱりか。んじゃこの辺一帯の船はもう沖に出せるな。」
「あぁ、魔魚がいなくなれば安心だわなぁ。まさかホントに魔魚を釣ってくるとはなぁ。驚いただぁ。」
「ところでこいつは食えるのか?魔魚って言っても魚には違いないんだろ?」
「シイラは白身魚に似た味だからなぁ。ハンマーヘッドシイラも同じじゃねぇかなぁ。食った言はねぇけども。」
「そうか。んじゃ後で食べてみるよ。んじゃな。」
俺は魔魚を影収納に仕舞い、老人に手を振り街へと戻った。
魚屋の店主はちょうど店仕舞しているところだったが俺に気付くと手を止めて話しかけてきた。
「おぅ。戻ったか?その様子だと魔魚は釣れなかったか。」
「いや、釣れたのは釣れたんだけどさ、その拍子に竿を無くしちまってさ。弁償するよ。」
「なぁに、大した竿じゃなかったからな。別にかまわねぇよ。それよか魔魚を釣ったって?」
俺は再び影収納から魔魚を出して見せる。
「おぉ!いきなり魔魚が出てきた?!しかもこいつはハンマーヘッドシイラじゃねぇか。最近港を騒がしていたやつで間違いねぇ。」
「そうらしいな。舟守のおっちゃんからもそう聞いたよ。これで暫くは漁にも出れるだろ?魚の余りは…もうないか。」
「あぁ、すまんね。今日は売り切れだ。だがこれで明日になれば漁にも出られるだろう。漁師達には俺から言っておくよ。明日また来てくれ。大量にイワシとアジを仕入れて待ってるぜ。」
「そいつは助かる。んじゃまた明日。」
俺は魚屋も後にした。
その後はひとまず宿屋に戻って明日チェックアウトする事を告げ、ついでに地上げの抗議団体の事務所の場所を聞いた。
何でそんな事を?と聞かれたが適当に誤魔化しておいた。まさか土地の権利書を持っていくだなんて言えないからな。
その後夕食を食べにまた街に出たが、ようやく領主が殺された事が話題に上っていた。どうやら街の人の見解では闇ギルドと揉めて殺されたのだろうって話になってた。まだ一緒に屋敷で死んでいたはずのヨルムンガンドの事は広まっていないのかも知れない。
適当な食堂で夕食を済ませると俺は宿屋に戻って夜になるのを待った。
誰もが寝静まる深夜帯。
俺は宿屋の窓から抜け出して地上げの抗議団体の事務所まで駆けた。
もちろん誰に見られても言いように外套のフードは目深に被る。
幸い途中で誰かに見とがめられる事も無く事務所に到着すると郵便受けに大量の土地の権利書を突っ込んできた。これで明日には地上げにあった人達に土地が戻ることだろう。すでに家屋が取り壊されてしまった人もいるかもしれないが、さすがにそこまでは面倒見切れないので、後は個人的にどうにかして貰おう。
帰り道も誰にも見つからず宿屋まで戻って来られた。
昨日に比べたら簡単なお仕事だったな。逆に昨日が忙しすぎたんだが。
深夜帯だがまだ眠くは無い。でも明日にはチェックアウトしてワンズに戻らないとな。俺は布団に入って無理矢理目を瞑ったのだった。
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村の誰もが寝静まる深夜3時半。
男は頭の中に響く声に起こされる。
村に戻ってからも毎日続く頭に響く声に起こされる。頭が割れるように痛む。そして響く耳障りな声。
「五月蠅い!」
「いったいなんなのだお前は?!」
男は喚くが頭の中の声は応えない。ただただ耳障りな声を頭の中に響かせる。
「あー!黙れ!」
「オラァの身体から出て行け!」
男、碧鰐の顔には脂汗が滲み、顎先から滴る。
頭が割れるように痛む。喉も渇いた。碧鰐は1人自室を抜け出して台所へと向かう。
頭が痛い。頭の中の声は尚も大きく頭蓋の中でこだまする。
台所へと辿り着いた碧鰐は水桶から柄杓でもって直接水を飲む。
「あぁー五月蠅い!黙れ!」
同居する家族を起こさないように声のトーンを抑えながらも碧鰐は呻く。
最後にもう一度水桶から水を飲むと碧鰐は自室へと戻っていった。
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翌朝宿屋をチェックアウトして魚屋に向かうと、約束通り大量のアジやイワシを確保しておいてくれたので、これを購入し、影収納に仕舞いこむと馬留に行って愛馬を受け取った。さて、ワンズまでは2日程度だったな。
水も餌も置いてはきたが、やっぱり残してきたヨルジュニアが心配だ。速く戻ってやろう。
俺は進路を西にとって馬を走らせるのであった。




