446話 旧王国領ファイブラ9
魔魚が水中にいたらどう倒すか、なんて事も少しは考えていたが、あっちから進んで岸に上がってくれた訳だから、とっと料理してやる必要があるな。
だがこの魔魚ってやつはとことん普通の魚じゃないな。
言った通り額にはせり出したハンマーの様なコブがあるし、鰭は鋭利な斧みたいな感じだし。こりゃ鱗も相当硬いだろうな。
何よりもこちらを向いて頭を振りながらガチガチと牙を鳴らしているので側面に移動する事すら出来ない。
どうしたものか。
で閃いた。口の中に肉を突っ込んでそれを食べているうちに後ろ側に回ろうと。
だから早速俺は影収納からオーク肉の塊を出してガチガチ牙を鳴らしている口の中に放り込んだ。
突如として口の中に入った異物、だが習性としてそれを噛みはじめる。すると肉から滴る血の味を感じて夢中に鳴って咀嚼し始める魔魚。
チャンス到来。
俺は助走を付けて跳躍し、魔魚の背後に回る事に成功。
だが尾ビレも斧の如く鋭い刃の様になっており、近付くのも躊躇われた。試しにナイフで斬ってやろうと刃を向けたがガキンと金属同士がぶつかったような音を奏でる。硬度もかなりのものだ。
だが改めて見てみると鱗は銀色に輝きを放ち、何かの装飾に使えそうだし、鰭もあの硬度と鋭利さがあれば武具に使えるかもしれない。
後は身の味だな。味さえ良ければ完璧だ。身も鱗も鰭も使える事になる。そんな魚がいればすぐにでも傭兵がこぞって狩りに出そうなもんだが、そうなっていない辺りがこいつの厄介さを物語っているな。
尾ビレには歯が立たなそうだし、尾ビレを避けながらどうにか側面に移動した俺。そもそもの岸の幅が狭いため、魔魚が乗っているだけでかなり足場は狭い。だがそんな事を気にしている場合じゃないな。さっさと倒してしまおう。
俺は鱗に向けてナイフを思いっきり突き刺そうとしたが、ガキンッと弾かれた。
こいつは硬い。軽く罅が入った程度だ。アダマンタイト製のナイフでもこれか。鰭と同じくらいの硬度があるんじゃなかろうか。
これでは手持ちのナイフじゃ鱗を割るまでに相当時間がかかりそうだ。
仕方ない。王化しよう。
そう決めた俺は、
「王化!夜王!!」
と叫び左耳のピアスにはまる王玉から真っ黒な煙を吐き出しその身に纏う。
その後煙が体の中に吸い込まれるように消えていくと猫を思わせる真っ黒な兜に、同じく真っ黒な全身鎧を身に着けた夜王の姿となる。
影収納から黒刃・右月と黒刃・左月を取り出すと、罅の入った鱗に向けて黒刃・右月を突き刺した。
パキンッと音がして鱗が砕ける。
売れそうな素材なのであまり多くは割らないようにして、内臓に刃が届くギリギリの箇所だけを砕いていく。
と、それまでは咀嚼に夢中だった魔魚も鱗が割られた事に気付いたのだろう。その身を捩り始めた。
狭い足場が圧迫されて足が半分水の上だ。
「ちょっ!足場が狭いんだからあんまり暴れるなよ。ちょっ!落ちる落ちる!」
ジャバーンッ
俺は海に落下、一気に頭まで水に浸かる。生まれて初めて海に飛び込んだ俺はどうしていいのかわからずあたふたするばかり。
しかも、さらに上から魔魚も落ちてきた。やべぇ。潰される。
と思ったが、岸からすぐの位置でも水深はかなり深いようでいつまで経っても底に辿り着かない。
だが唐突に水に飛び込んだ為、もう息が続かない。やばい。限界だ。
プハーッと息を吸う俺。あれ?息が出来る?落ち着いて何度か呼吸してみる。この王鎧、纏っている間は水中でも息が出来るらしい。新発見だな。
だが俺の体は尚も沈んでいく。
魔魚はじっと沈んでいく俺を見ていたかと思えば急に向きを変えて上から突進してきた。ハンマーのような頭のコブが迫る中、俺は黒刃・右月と黒刃・左月を交差させてこれを受ける。とは言っても水中なため、踏ん張るとか出来ずにさらに水深が深い場所に連れて行かれる。
水中は思ったよりも清んでおり、太陽光の差し込みがまだ目視できるくらいだった。今は魔魚に押されて深い海の底にまで連れられてきたが、水深何mくらいだろうな。一気に押し込まれて連れてこられたからわからんね。
俺を海の底まで案内した魔魚は未だに逃げもせず俺の前にいる。きっと普通なら死んでいただろうから、その死体を貪る気でいるのだろう。
だが、俺は息が出来ているので問題ない。それに海の底まで来たことで歩いて移動できる。これは今まで泳ぐ機会などなかった俺には助かる。
俺はじっとこちらを見ている魔魚に近付くと鱗を割った側面に移動。
だが水中だけあって魔魚の動きの方が速い。側面に移動しようとした俺を真正面から見るように体勢を変えてくる。
うむ。正面から攻撃するしかないか?横からもしくは下から攻撃する手段あればいいんだが。
そこでふと気付いた。ここは海の底だが日の光が差し込み、海底には影が出来ている。これなら使えるじゃないか。あれが。
「影針!」
水中だから声にはならなかったが俺が術を発動させると見事に魔魚の真下から影の針が飛び出し、魔魚を串刺しにした。
だが
流石にこの一撃だけでは倒せなかったようで、針に串刺しになりながらも暴れる魔魚。
俺はすかさず側面に回り込み、鱗を割った箇所に黒刃・左月を突き入れ、一気に横っ腹を裂いた。
それでもまだ動き続ける魔魚だったが、次第にその動きは緩やかなものになる。その後、続けて影針を3発お見舞いしたところでようやくその動きを止めた。
海の底にまで俺を連れてきたのが運の尽きだったな。
俺は魔魚を影収納に収めてから、水面を目指して泳ぎ始めたのだった。




