445話 旧王国領ファイブラ8
魔魚とやらを討伐するために街の外れにある漁港とは名ばかりの断崖絶壁へとやって来た俺。
ただ魔魚の到着を待つだけだと時間の無駄なので魚屋の店主に釣り道具一式を借りてきた。餌は影収納の中にある何かの肉をちぎって使えばいいだろう。
一応は漁港である為、近付くと舟守がいた。
「何しに来ただぁ?今は魔魚のせいでドコの奴も舟は出してねぇぞぉ。」
訛りの強い老人である。
「その魔魚を釣りに来た。ほれ、釣り道具一式もこの通り。」
俺は借りてきた竿やらバケツやらを見せる。
「何ふざけた事言ってんだぁ。そんな竿でアイツが釣れるかよ。数mはある巨大魚だぞぉ?」
「まぁ、時間も限られてるしな。やれるだけやってみるさ。下に降りるハシゴは?」
「ハシゴはあっちにあるけどよぉ。こんな岸辺じゃ小魚くらいしか釣れねぇぞぉ。」
なおも止めようとしてくる老人をなだめすかして俺は崖下へと降りるハシゴを降っていった。
崖の高さはだいたい20mほどはあっただろうか。掛けられたハシゴも所々崖の岩肌に削られて弱くなっていそうで、いつ切れるかが心配だったが、なんとか降りきった。
崖下は申し訳程度に船の乗り降りが出来るような足場があり、横に数kmは続いていそうだ。
岸に着けられた船は、足場に杭を打って、その杭にロープを巻き付けて停留している。
海辺は何とも言えない静けさで波はそこまで高くない。もっとも大嵐の時などは停泊している船が崖の岩場に叩き付けられるほどの高波が押し寄せる事もあるそうで、今日が嵐の日でなかったのは幸いだ。
上を見上げれば高く聳える岩場に、青く清んだ空、そこを飛ぶ海鳥が見える。下を見やればゴツゴツとした岩場にすぐ傍まで押し寄せる波間。何処か現実離れした空間だな。
実際に魔魚とやらが釣れた場合に停泊中の船に被害が出ないように少し離れた位置に移動する。
1番端の船まで50mはあるだろう位置に来ると、影収納からオーク肉の塊を取りだした小さく切り取り、針に付けて竿を海へと投げる。
ワンズの森の中でも川はあり、たまに親父と魚釣りに出掛けた事もあった。だが親父は釣りのセンスがなくていつもボウズだったな。俺は小さい小魚を数匹釣り上げて素揚げにして食べたっけか。懐かしいな。そう言えば釣りなんて久しくやってなかった。
海釣りは初めてだ。魚屋の店主に聞く限りでは岸辺からでもアジやイワシが釣れるらしいので、折角なら数匹釣り上げたいところである。
まぁ、まずは気長に待ちますかね。
釣りは忍耐力がものをいう、とは親父の言葉だったか。
餌を付けて投げ入れた竿には一向に当たりが来ない。
魔魚が出るくらいだから普通の魚たちも逃げてしまっているのかもな。
かく言う魔魚の方もまだ姿を見せない。魔魚を呼ぶには餌が小さかったか。
俺は1度竿を上げて針にもう少し大きめな肉を付けた。100gくらいかな。
その竿を目一杯、沖へと投げた。飛距離はだいたい150mくらいかな。餌を重くした分、飛距離が伸びた。
そのまま暫し待つ。
上空からはニャーニャーと鳴き声が聞こえる。どうやら海猫らしい。海鳥には詳しくないが鳴き方が特徴的だから海猫だけは知っている。
風に乗って雲が流れる。穏やかな気候、静かな波の音、ウトウトするには最適な環境だと言えよう。
だから俺もウトウトし始めたのは許して欲しい。たまにの安らかな時間である。こんな微睡みの中にあるのもいいだろう。
そんな事を考えていた時、いきなり竿を引かれた。手応えは十分大物の予感。魔魚は数mはあるって話だったから力も強かろう。だが、俺にも神徒の1人だと言う自負がある。魚になんぞ負けてやるものか。
強く引かれる竿、糸が切れない様に慎重にリールを巻く。一進一退の攻防が続く。
折角のヒットだ。魔魚だろうと違かろうと釣り上げたい。
段々疲れてきたのかリールを巻くのがスムーズになってきた。と言うかむしろたぐまってる様な。一気に巻き上げる。
すると魚影が見えてきた。
と言うか魚影が迫って来ている。明らかに俺がリールを巻くよりも速い速度で岸へと近付いてくる。
どんどん魚影は近付いてきて岸まであと10m程度の距離まで来た時、魚影が跳ねた。魚サイズは6mほどで、人ですら丸呑み出来そうな大きな口を開けて突進してくる。それもこちらに向かって弾丸の如き速度で。
俺は咄嗟に左に転がってその突進を避けた。
魔魚は崖の岩肌に頭を打ち付け僅かな岸辺に乗った。
魚の見た目は流線型が一般的で俺が見てきた魚達は全てそれに当てはまったのだが、魔魚の体は何というか台形を横にした感じ。一辺が長い方が頭だ。
先程思いっきり頭を打ち付けたはずだが、魔魚は岸の上でピチピチ跳ねている。それもそのはず、魔魚の額はたんこぶかと思うぐらいに前にせり出し、岩盤の如き硬度を持っていそうだ。
あれに突撃されたら船なんか一撃で沈むな。
何はともあれ魔魚が釣れた。あとはこいつが海に戻る前に倒してしまえば終わりだ。
魔魚は先程からこちらを見て牙をむき出しにして威嚇とも取れる様相だ。
さてどう料理してやろうか。




