386話 甲蟲人:蠅6
戦場の北側にて、蟻の甲蟲人を殲滅していく白狐と俺。今も頭上を朱鮫の放った氷の魔術が飛び交っており、奥に位置する蟻を氷結させて足止めしてくれている。
そのおかげで蟻が殺到する事もなく、ケイル王国兵士とララ法国兵士とで協力して前線を維持していた。
今のところ蟻に前線を抜けられることはなく、後方に控えた緑鳥ら衛生兵達に被害は無い。
そんな衛生兵のおかげで負傷し後方に下がった者もすぐさま前線に復帰してくる為、難なく蟻と対峙できていた。
ただまだ後方に控える蟻の甲蟲人の数は多い。
藍鷲の魔法で完全に氷漬けにされている個体も多々見られる為、向かってくる敵の数は段々減っては来ているように思うがそれでもまだ終わりは見えない。
「クロさん!前線のフォローは任せていいですか?私は前進して敵の数を減らして行こうと思います。」
今も一刀のもとに蟻の頭部を刎飛ばした白狐が言ってくる。
「分かった。兵士達のフォローは任せてくれていいよ。ただ1人で先走り過ぎるなよ?」
「大丈夫です。敵が殺到するようならまた後方に下がってきますから。」
「んじゃ任せた。」
「はい。任されました。」
こうして白狐は1人で前進して行った。
足元だけを凍らされた個体や、半身のみ凍った個体を次々と屠っていく白狐。だが動く個体もまだまだ多く、あっという間に白狐の姿は黒い渦に飲み込まれて行った。
大丈夫かな。
俺はケイル王国兵士の腕に噛みついた蟻の首元に黒刃・左月を食い込ませて一気に引き抜いて首を刎ねた。
腕を噛まれた兵士は骨が覗いていたが、腱はまだ繋がっていそうだった。今なら聖術で治せるかもしれない。
「早く後方に下がってくれ!聖王が聖術かけてくれるはずだから。」
俺はケイル王国兵士に声をかけるとまた別の兵士のもとに走る。
首筋を噛まれて痙攣する兵士。ちくしょう。間に合わなかったか。
俺は黒刃・右月で顎下を引き裂くと同時に黒刃・左月を振るい蟻の首を刎ねる。
痙攣していた兵士は崩れ落ち動かなくなった。流石に広い戦場を1人でフォローして回るのは難しかったか。
でもその後も何とか間に入って救えた命もある。
甲蟲人の先兵たる蟻の甲蟲人だが、舐めてかかれる相手ではない。その膂力も脅威だが、なんと言っても硬い外骨格と強靱な顎での噛みつきは要注意だ。
俺は長剣を持つ腕を斬り飛ばし、大きく顎を開けて噛みつこうとしてくるその顎下に黒刃・右月を突き入れる。
隣ではヨルジュニアも黒炎を吐いて蟻を焼く。
やっぱりまだ子猫にしか見えないが、その戦力は馬鹿に出来ないヨルジュニア。連れてきて正解だな。
敵将の様子はどうなっているのか。まだまだ敵の数が多く、その背後にいると思われる敵将の姿は見えない。
まぁ紫鬼達が向かったのだ。大丈夫だろう。
俺はその後も戦場を駆け回り兵士達のフォローに回った。
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本気を出した甲蟲人:蠅の動きはまさに目にも留まらぬ速度で次々とウォーハンマーに吹き飛ばされる獣王と仁王。辛うじて鬼王だけは動きについて行けており、時折反撃に回るが、その速度に翻弄され、放った蹴りは空を切る。
後方からも精霊王が矢を射るものの、その速度について行けずに空振りである。
吹き飛ばされていた獣王が鬼王の隣にやって来て言う。
「もう奴の速度に対応するには雷纏しかあるまい。雷纏を使って動けるのは10分が限界だろう。俺様が合図を出したら紫鬼も爪王形態になってくれ。2人で追い詰めようぞ。」
「おぅ。出し惜しみしている場合ではなくなったな。」
「うむ。碧鰐からこちらに意識が向いたら仕掛けるぞ。」
そんな事を話している間にも仁王がウォーハンマーのピックで殴り飛ばされる。
こちらに振り向く甲蟲人:蠅。驚異的な速度で迫ってくる。
「今だ!雷纏!」
獣王が叫ぶと上空から一筋の雷が獣王の頭上へと落ちる。
バリバリバリバリ!
土煙が上がり大気中に帯電してバチバチと音を鳴らす。その中には猛烈な雷の光を纏った獣王の姿があった。
雷の力により強制的に筋肉を動かす電気信号を高速化し、自身の動きを向上させる技である。ただし、強制的に動きを補助する為、筋繊維にかかる負荷は想像をものであり、そう長くは保たない。
「王化!爪王!」
紫鬼が叫ぶと左腕のバングルにはまった王玉から灰色の煙が立ちのぼり、左腕に吸い込まれるように晴れていった。
そして左腕に灰色の3本の鉤爪付きの籠手を身に着けた爪王形態となる。
風の力を秘めた爪王形態では速度向上が見込まれる。
「行くぞ!」
「おうよ!」
迫る甲蟲人:蠅に獣王が大剣を振り下ろす。辛くもウォーハンマーでそれを受ける甲蟲人:蠅。
しかし、ウォーハンマーを掲げて空いた胸部に向けて鬼王が鉤爪を振るう。
鉤爪は硬い外骨格をも切り裂き、堪らず甲蟲人:蠅は蹲る。そこをさらに力を込めて大剣を押し込む獣王。
ウォーハンマーは下がっていき、前腕を斬り飛ばされた左肩に大剣の刃が食い込む。
そんな甲蟲人:蟻の背中を鬼王が鉤爪で再び切り裂く。
仰け反った甲蟲人:蠅は大剣を抑えきれず左肩に刃が入る。
すでに前腕を失っている左腕が肩口から斬り落とされる。
咄嗟に距離を取ろうとする甲蟲人:蠅。しかし速度の上がった鬼王と獣王はそれを許さない。
反撃のタイミングがやってきたのだ。




