385話 甲蟲人:蠅5
戦場となっているケイル王国の東側から数km地点、前線の南側では茶牛と翠鷹が王化して一気に前線の位置を街から遠ざける事に成功していた。
「アースクエイクぅ!」
地王が手にしたバトルハンマーを地面に叩き付ける。
すると指向性を持った局所的な地震が発生し、多くの甲蟲人:蟻の脚を止める。
そこで出来た隙を付いてケイル王国兵士やララ法国兵士が甲蟲人:蟻へと斬りかかる。
地震から逃れた甲蟲人:蟻には素早く接敵した賢王が細剣を放つ。
「スパークショット!」
その一撃を受けた甲蟲人蟻は感電したように痙攣を起こす。その隙にやはりケイル王国兵士とララ法国兵士達が一斉に斬りかかる。
そんな調子で迫り来る甲蟲人:蟻を撃破しつつ、前線を押し込んでいた。
「神徒さん達がいれば甲蟲人も恐れる必要なしだな!」
「おぉ!流石神徒の方々!我々も負けてはいられないぞ!」
「負けるかぁ!ぶっ倒せ!」
兵士達の士気も高い。
「ふふっ。ウチらにおんぶに抱っこじゃあかんでぇ!ララ法国兵士達に告ぐ!鳳凰の陣形にて敵を殲滅しいや!」
「「「おー!」」」
鳳凰の陣形は両端を先端に中心部へと敵を纏め、ぐるりと周りを囲い込んで殲滅するララ法国でのお決まりの陣形である。その為、陣形の構築は訓練通り的確であり、囲い込んだ甲蟲人:蟻達は地王によって脚止めされ、反撃の機会も与えられずに倒されていく。
見渡す限りまだまだ敵影は多いものの、負傷者は直ちに後方に送られ、聖王の聖術を受けてまた前線に復帰する流れも出来ており、このままいけば問題なく敵を殲滅する事が出来そうだった。
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前線の中央付近では王化した牙王と龍王が猛威を振るっていた。
ケイル王国兵士とララ法国兵士が戦っている中、押され気味の兵士達がいれば駆けつけて甲蟲人:蟻を撃破する。
広い範囲を賄っている為、全員を無事に護り続ける事は難しかったが、こちらも負傷者は後方に引き、傷を治した者達が戻ってくる、を繰り返す事で前線を維持していた。
そんな牙王達に声をかける者が1人。ケイル王国の将軍を任されている者だ。
「お2人の力があればもっと甲蟲人を押し込めるでしょう?我々のフォローなど後回しで構いません。今は前線を押し込む事に集中なさって下さい。」
「む?いや、しかしだな。甲蟲人は舐めてかかれる相手じゃない。放置すれば負傷者どころか死者も出るだろう。」
牙王はこの意見を思案顔で受ける。
「構いませんとも。我々は兵士です。戦場に出た以上、無傷で帰ろうなどとは思っておりませぬ。それよりも一刻も早くこの戦場を終わらせる事に注力頂ければ兵士達の消耗も少なく済むでしょう。」
「いや、でもな。」
「銀狼よ。兵士達の長がこう言うのだ。兵士達の総意であろう。我らは中央突破しようではないか。」
言い淀む牙王に対して龍王が提案した。
「そうか。分かった。今からオレ達が中央の敵を殲滅する。皆後に続いてくれ!」
「「「「うぉー!!!」」」」
牙王の怒声に怒号が返ってくる。
ここからは受け手ではなく攻め手に回った牙王と龍王。次々と向かってくる甲蟲人:蟻を撃ち倒し、兵士達を中央へと運ぶ。
こちらも敵影はまだまだ多いが兵士達の士気も高く、前線の維持は問題なかった。
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甲蟲人:蠅は片方の翅を失ったにも関わらず、機敏な動きは変わらず鬼王達に集中攻撃を受けないように立ち回り、逆に手にした巨大な質量を持つウォーハンマーで仁王や獣王を吹き飛ばした。
現時点でその動きに対応出来ているのは速度特化の斬鬼形態をとっている鬼王のみ。
「くそっ。素早さではあちらに分があるな。」
所々王鎧を砕かれた仁王が吹き飛ばされた先で溢す。
脇腹の何かに刺されたような後は赤く腫れ上がっていた。
そこに肩を負傷した精霊王が近付いてくる。
「ワタシが氷結矢で足元を狙う。凍りついたところを狙って欲しい。」
「お前さん、その腕で弓矢が引けるのか?」
精霊王の弓を引く方の右腕は脱臼したかのようにダラリと垂れ下がっていた。
「流石に3本同時に射るのは難しそうだが、1本だけならどうにかな。まだ辛うじて腕が上がらないほどではない。」
仁王が心配する中、精霊王が答える。
「分かった。オラォが奴に近付くけぇ、攻撃の瞬間を狙って足元を射ってくれや。」
「任せろ。氷の精霊よ。力を貸し給え!」
精霊王が呟くと左手に持った弓から冷気が溢れ出す。
「じゃあ、行くぞ!」
そう言って駆け出す仁王。射線を塞がないように少し曲線を描いて甲蟲人:蠅へと近付く。
「喰らえ!」
両手持ちにしたバトルアックスを振りかぶる仁王。
「今っ!氷結矢!!」
精霊王が放った矢が寸分違わず甲蟲人:蠅の脚へと刺さる。刺さった箇所を中心に急激に凍りつく脚。
そこに仁王の渾身の一振りが叩き付けられる。
すでに避けようとする動作の最中にあった甲蟲人:蠅はウォーハンマーを掲げる事が間に合わず、咄嗟に空の左腕を掲げこれを受けた。
ガギンッ!
硬質な音を響かせて甲蟲人:蠅の左腕が肘から切断された。
「YoYo!やってくれたな!勝手知ったるオレっちの左腕。去って行ったぜオレっちの左腕前腕。だが言ってなかったがオレっちは副碗も使えるぜ!」
それまで腕を組むように腹部付近にあった副碗と右腕でもってウォーハンマーを握り直す甲蟲人:蠅。自らの脚をハンマーで叩き氷を砕いた。
「Yeah!ここからはもっと速度上げてくぜ!」
まだ全力ではなかった甲蟲人:蠅。
暫くはその速度に翻弄される事になる4人であった。




