335話 旧王国首都ワンズ9
皆と別れてワンズに戻ってきた俺。今回もヨルジュニアは一緒に帰ってきている。
街の動向も知っては起きたいので、もう暫くしたら街の宿屋にでも移動しようかと思ってはいるのだが、その前に俺にはやるべき事があった。
必殺技の開発である。
具体的にはヨルが使っていた攻撃系の妖術の再現だ。
1つは相手を真っ黒い影に包んで離さない暗黒牢。
1つはその暗黒牢から派生する暗黒針舞だ。これは影で覆った中に無数の影の針を突き刺して中の敵を屠る術であった。
暗黒針舞だけでの発動も出来たのかもしれないが、ヨルは暗黒牢に閉じ込めてから必中で発動させていた。
「なぁ。ヨルジュニアよ。影ってどうやったら動かせるんだろうな?」
「にゃー?」
ヨルジュニア用のミルクの皿にミルクを注ぎながら俺は答えが返ってこない事が分かりきった質問を投げかけた。
ヨルジュニアはもちろん返答を寄越すでも無くミルクを舐め始めた。
影収納も影移動も影縫いにせよ、そこにある影を使って妖術を発動させている。
だから特に意識することは無かったのだが、ヨルの妖術では影自体を動かしていたのだ。
あれは自分自身の影を移動させて獲物の下に潜り込ませてから暗黒牢を発動させていたように思う。
となると、自分の影を思いのままに動かせない事には始まらないのでは?っと言う結論に至ったのだ。
こんな事なら影を動かす方法についても聞いておくべきだったな。
夜王は暗黒神の加護を受けた王である。つまりは暗黒、闇、影との親和性が高い権能のはずだ。
となればやはり夜王化している時しか影を操れない可能性は高い。
思い立ったらまず行動だな。
俺はツリーハウスを出て森の中の広場へと向かった。足元にはヨルジュニアも擦り寄って来ている。
まずは影を自在に操れるようになる事が重要な訳だ。
そこで俺は自分自身の影を凝視する。
日の高さはちょうど真上くらい。だから足元に丸く俺の影がある。
まずは影を動かす前に影の動きを観察する事にした。
片腕を突き出すと丸い影から1本の棒が飛び出る。その腕を横に振れば影の棒も横に揺れる。腕を上下に振れば影が伸びたり縮んだりする。
当たり前の事だ。そこは理解している。
うん。考えても分からんな。
やってみるか。
「王化!夜王!!」
俺が声を上げると左耳のピアスにはまる王玉から真っ黒な煙を吐き出しその身に包み込む。
その後煙が体の中に吸い込まれるように消えていくと猫を思わせる真っ黒な兜に、同じく真っ黒な全身鎧を身に着けた夜王の姿となった俺が立っている。
影を見やると王鎧の分だけ影が膨らんだ。前屈みになれば兜の猫耳部分がはっきりと映し出される。
「ふむ。影か。」
そこからほジッと自分の影を睨み続ける事となった。
ヨルジュニアは退屈したのか木の根元で横になり眠り始めた。
それでも俺は自分自身の影を睨み続けた。
動け動けと念じながら3時間が経過して王化が解けた。
その日は王化しては自分の影とのにらめっこで1日を終えた。
翌日も、その翌日も同じ事を繰り返した。
自分の影を睨んでは動けと念じる。
だが全く影が動き出す気配もない。
だが妖術に必要なのはイメージである。だからその日も影が動き出すイメージをより強めるために自分で動いて影の形を変えてみたり、日の傾きによる影の出来具合を確認したりと、四六時中自分の影に集中して過ごした。
進展がないまま5日目を迎えた。
そろそろ街の様子を伺いに街の宿屋にでも移ろうかと思っていた時に異変は起こった。
影が勝手にプルプルとざわめき始めたのだ。
なんかいけるかもしれない。そう思った俺は影から1m程棒が伸びるようなイメージをより強めるために自分で腕を伸ばして影の形を変えたりしながら影と向き合った。
その日は影が軽く波打つまでに留まった。
6日目。俺は飽きずに影と向き合った。
王化している間だけにしても1日12時間は影と向き合っていただろうか。
そして遂にその時を迎えた。
俺がイメージした通り、腕を突き出した時と同じように影から1本の棒が飛び出たのだ。
「おぉ!?今影が動いたぞ!なぁ。ヨルジュニア!見てたか?」
「にゃー?」
ヨルジュニアは木陰でお昼寝中である。見ていたのは俺だけ。だが確かに影が動いたはずである。
その後もイメージを高めて影が動くように念じる。
するとやはり腕を動かしていないのに腕の位置に棒が飛び出たような影になる。
今度は一瞬では無くずっと飛び出している。試しに腕を伸ばして影を作ってみるとその飛び出た影に重なった。そのまま腕を下ろしてみてもはやり影は伸びたままである。
やったぜ!影の移動に成功だ。この喜びを分かち合う人がいないのが悔しい。
だがまだ動かせるのは腕の部分に重なるように棒が突き出た状態にすることしか出来ない。その突き出た部分を動かす事さえ出来ない。
だが僅かにでも動かせるようになったのは大きな成果だろう。あとはもっと複雑な操作を可能にした上で、2次元での移動だけで無く3次元的な動きをさせられば術の完成は間近だ。
俺は結局街の宿屋に移動する事無く、甲蟲人の侵攻が開始されるまで妖術の特訓に勤しむ事になったのであった。




