325話 愚者の迷宮17
ベヒーモスが巨大な口を広げてこちらを向く。
「ボゲェェェェエ!」
その鳴き声を聴いた瞬間に体に衝撃が走った。王鎧を超えて肉体にダメージが入る。そして吹き飛ばされる。壁面まで転がされた。
「なんだ?今のは??」
俺は何が起こったのかわからず思わず声を上げた。
「恐らく超音波でしょう。あの鳴き声に超音波を載せて物理攻撃をしてきたと考えるのが妥当です。」
同じく吹き飛ばされた白狐が解説してくれた。
「見えない攻撃は避けるのも受けるのも難しいな。」
こちらも吹き飛ばされて壁際まで転がってきた蒼龍が言う。
「クロさんのおかげで敵さんに攻撃が入る場所が出来ました。私と蒼龍さんであの傷口を狙って攻撃します。クロさんと緑鳥さんはそれに合わせてまたあの傷口を広げるように氷の魔術をお願いします。」
そう言うと白狐はベヒーモスに向けて駆け出した。蒼龍も後に続く。
だが、直線ではなく蛇行して進む。超音波対策だろう。直線距離に2人ともいたらまた2人して吹き飛ばされてしまう。
俺と緑鳥は傷ついた脚を狙えるが、ベヒーモスの正面を避けた場所へと移動する。
「魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。氷塊の力へとその姿を変えよ。」
黒刃・右月の先に魔法陣が描かれ始める。
「魔素よ凍れ、凍れよ魔素よ。我が目前の敵を氷柱となりし槍となりて打倒し給え!アイシクルランス!」
直径60cm、長さ5mほどの氷の槍を射出する。
緑鳥も魔導砲で氷塊を射出した。
「ボゲェェェェエ!」
近付いていた蒼龍が転がる。また超音波攻撃だろう。今度は壁までは転がらずに済んでいる。
その間にも白狐が傷ついた脚元に到着。
傷を抉るように白刃・白百合を突き入れる。
「ブボォォォォオ!」
痛がったベヒーモスがまたその場で足踏みを始める。
揺れる迷宮。立っていられずしゃがみ込む。
そしてまたベヒーモスが振り返る。
尻尾の攻撃だ。高速で振られた尻尾が白狐に迫る。
ゴキンッ!
硬質な音を響かせて白狐が数mほど下がる。
白刃・白百合で尻尾の攻撃を受けたようだ。
揺れが収まり蒼龍も足元に到達する。
「龍覇連突!」
三叉の槍による高速の連続刺突だ。傷口を穿ち大穴を広げる。
「魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。氷塊の力へとその姿を変えよ。魔素よ凍れ、凍れよ魔素よ。我が目前の敵を氷柱となりし槍となりて打倒し給え!アイシクルランス!」
氷柱とも言える氷の槍を傷口目掛けて発射する。
「黒猫様!氷塊が尽きました!」
そこで俺は氷塊を生み出す魔術を唱える。
「わかった!魔素よ凍れ、凍れよ魔素よ。氷塊となり給え。アイス!」
「アイス!アイス!アイス!アイス!」
俺はまた10個ほどの1m弱の氷塊を作り緑鳥に渡した。
度重なる氷柱の槍での攻撃と魔導砲から発射される氷塊。それに白狐と蒼龍の攻撃によって大木のような脚にどんどん傷がつく。
「ボゲェェェェエ!」
定期的に吐き出される超音波攻撃により白狐と蒼龍が転がさせるが緑鳥の聖術によって癒される。
もう少しだ。もう少しで片脚が潰れる。
あの巨体だ。片脚でも失えば立っていられず横倒しになるだろう。そうなればあとは顔面を狙いたい放題である。皮膚が硬かろうが眼球などはそうはいくまい。
「ブボォォォォオ!」
ベヒーモスがまたその場で足踏みを始めた。次は尻尾の攻撃だろう。
揺れる地面。振り返るベヒーモス。
高速で振られた尻尾が蒼龍に迫るも三叉の槍で尻尾を弾く。
バチンッ!
強烈な音が響く。あの尻尾はまるで金属の鞭だな。だが攻撃手段はもうパターンが割れた。超音波は防ぎようもなく相変わらず転がされているが、緑鳥によってダメージも軽減出来ている。
もう倒すのも時間の問題だろう。
それこら暫く攻防は続き、ようやくベヒーモスが傷ついた片脚を曲げて座り込んだ。
それでも顔面までは数mの高さだ。今度は跳躍して眼球を狙うか。
そう思っていた矢先。
ベヒーモスがうなり声を発し始めた。
「ボゴォォォォォォオ!」
腹の底に響く声。地面が揺れ、大気も震え始める。
それに合わせてベヒーモスの体が振動し始める。
ボゴッ!
ボゴボゴッ!
ベヒーモスの体が強力な力で圧縮されているかのように縮んでいく。
迷宮自体が振動しているかのように巨大な揺れが俺達を襲う。
立っていられない。
その間にもベヒーモスの体の異常は続く。
ボゴッ!
ボゴボゴッ!
全長20mほどもあった体がみるみるうちに縮んでいく。
いや、縮むだけじゃない。明らかに人型へと変化していっている。
ボゴボゴッ!
ボゴッ!
四つ脚で立っていた巨大は体長2mほどに縮み、膝をついて蹲る人型へと変化した。
何が起きてるんだ?ベヒーモスって変身するのか?
思わず緑鳥を見やるが緑鳥も首を横に振る。何が起きているのかわからないようだ。
やがてベヒーモスの変身が終わった。
すっと起ち上がるベヒーモス。
その日取り腕は巨体だった頃に付けた傷を負ったままであり、肉が覗く。
その顔立ちは巨体だった頃のまま、巨大な口に鼻先に2本の角、さらに側頭部から生える2本の角も健在だ。
静かにベヒーモスだったものが語り出した。
「ふぅ。まさかこの姿になる日がまた来るとはな。あぁ。面倒くせぇ。」
言うなりベヒーモスの体が消えた。
ドンッ!
蒼龍が弾き飛ばされて壁に激突する。
一瞬で距離を詰めて攻撃したらしい。
「ふぅ。久々だから動きにくいな。全く面倒くせぇな。」
ベヒーモスの人型との戦闘が始まった。




