301話 甲蟲人:鍬形7
両足を失った賢王のそばに鬼王、精霊王が近付く。
龍王も紅色の槍を杖代わりにして近付いてくる。
「これは出血が酷いな。すぐに緑鳥に見せた方がいい。」
鬼王はそう言うと賢王を背負い戦場の後方に走ろうとする。
「蟻の妨害があるやもしれん。ワタシも一緒に行く。」
それに精霊王も続く。
残されたのは片足を失った龍王と体の一切の動きを止められた甲蟲人:鍬形。それに帝国騎士団の団長ニーブルと副団長ラクサルスに勇者パーティーの面々のみ。
体が動かせない甲蟲人:鍬形は未だに何やらブツブツと言っている。
「クソガッ!クソガッ!我ハマダ負ケテナイ!喉元ヲ食イ千切ッテヤル!ドウシタ?!近付イテコイヨ!」
すでに地に伏せ、体の動かせない甲蟲人:鍬形は止めを刺されるのを待つばかりである。
そこで前に出たのは勇者バッシュ。
「いやー素晴らしい戦いだったよ。勝利おめでとう。あとは僕が引き継ごう。」
口元に笑みを浮かべながらバッシュは言う。
「ライオネル。止めを。」
「はい!勇者様!」
バッシュの隣にいた戦士ライオネルが甲蟲人:鍬形が持っていた巨大斧を手に取る。
「ぐっ!重いな。両手でやっと持ち上がるほどだ。だがいい武器だ。今後は俺が使ってやろう。」
両手に力を込めて巨大斧を持ち上げるライオネル。そして甲蟲人:鍬形へと後方から近付く。
前方から近付いて万が一反撃を受けることのないようにとの配慮だ。
甲蟲人:鍬形が喚く。
「クソガッ!ヤメロ!我ハマダ戦エル!」
そんな甲蟲人:鍬形の首元に向けてライオネルが巨大斧を振り下ろす。
ガギンッ
一撃目は背中に当たった。
ゴギンッ
二擊目は後頭部に当たった。
ガシュッ
三擊目は見事に首に命中。しかしまだ切断には至らない。
四擊目、五擊目と繰り返し、数十回を超える斬撃の末に甲蟲人:鍬形の首が刎ねられた。
胴体から離れた甲蟲人:鍬形の頭を掴むバッシュ。
「ドリストル。拡声の魔術を。」
「はいよ。任せておいて。」
そして魔術師ドリストルが呪文を唱える。
「風よ。風よ。声を運べ。遠くの者に届く程の大音声へとこの声を変え給え。メガホーン!」
風が集まりメガホンのように筒を作り出す。
「はいよ。これで戦場一帯に声が届くよ。」
「ありがとう。ドリストル。」
そう言って一歩踏み出し、風で出来たメガホンの前に立つバッシュ。
そして。
「戦場にいる者達よ!見よ!敵将の首は勇者バッシュが取ったぞ!残るは先兵のみ!あと少しだ!気合を入れろ!」
戦場に響き渡るバッシュの声。
「おー!勇者様!」
「勇者様がやったぞー!」
「オレ達も頑張り時だ!」
「踏ん張れ!あと少しだ!」
戦場のあちこちで帝国軍兵士達が怒号を上げる。
「アイツ。敵将を討ち取ったのを自分の手柄にしやがりましたぜ。」
それを聞いていた帝国騎士団副団長のラクサルスが団長ニーブルへと告げる。
「兵士達の士気を上げるためだ。それもありだろう。」
「まじっすか。気に入らねーっす。」
「相手は第3皇子だぞ。言葉に気を付けろ。」
「皇子だからって。これじゃ神徒の奴らがタダ働きみたいなもんじゃないっすか。」
「彼等は何も求めていないさ。単純に世界の為に戦ってくれている。俺達のように国を護るためじゃなく、世界を護るために。」
「…そーっすね。すげぇ奴らだ。」
「皇帝陛下には俺から一部始終をお伝えしよう。我ら帝国騎士団でも手も足も出ない程の脅威だったと。次の侵攻の際には神徒達の力添えを依頼して貰おう。」
「そーっすね。彼等がいなければ今頃帝国は終わってたっすね。」
「まだまだ研鑽が足りんな。次は我ら帝国騎士団も戦力になれるよう努力せねばな。」
「はいっす。オレ頑張るっす。」
「さて、まだ蟻は多い。俺達も掃討に参加しよう。」
「はいっす。」
ニーブルとラクサルスは甲蟲人:蟻のもとへと走って行った。
残されたのは龍王と勇者パーティーの面々のみ。
「君も片足を失う大怪我じゃないか。サーファ、癒やしの奇跡を彼に。」
バッシュが言う。
「はい!勇者様!」
勇者パーティーの聖女、サーファが龍王に近付く。
「親愛なる聖神様、その比護により目の前の傷つきし者に癒やしの奇跡を起こし給え。ヒーリング!」
癒やしの光を受けて龍王の無くした左足の肉が盛り上がる。
しかし傷口が大きいため1度では塞がりきらず、三度目のヒーリングを受けてやっと
傷口が塞がった。
「すまん。助かる。」
「なに。君達も功労者だ。これくらいはね。」
何もしていないバッシュが答える。
よくよく考えれば甲蟲人:鍬形に止めを刺したのもライオネル。拡声の魔術を行使してのもドリストル。龍王を癒したのもサーファ。バッシュは切り取られた頭を持って兵士達へと敵将撃破の報告をしただけである。
勇者としてそれでいいのかバッシュ!お前にも出来ることはもっとあるんじゃないのかバッシュ!!
だがここに彼にそんな事を言う者はいない。
心から勇者を崇拝している戦士ライオネル。
勇者に淡い恋心を抱く魔術師ドリストル。
心から勇者に陶酔している聖女サーファ。
勇者パーティーに勇者を諫める者は皆無だった。
龍王は完全に折れ曲がってしまった三叉の槍を拾う。
片腕の義手も失っているため、片足ではそれさらも重労働だ。
龍王は折れ曲がった三叉の槍を背中に背負い、紅色の槍を杖に片足でやっと立ち上がる。
そろそろ王化が解ける。
その際に杖が割りとなるものがないと困る為、三叉の槍を拾ったのだ。
戦いが終われば茶牛に直して貰えるかもしれない。龍神族に伝わる大事な槍だ。このまま捨てる訳にはいかない。
龍王達を苦しめた甲蟲人:鍬形は最後は戦闘に参加していなかった者に首を落とされると言うなんとも言えない終わりを迎えたのだった。




