287話 獣王国4
獣王国の王である金獅子はこのところ執務室での業務に追われていた。
「なぁ。灰犀よ。この辺りは宰相権限でお前が承認してくれれば良いではないか?」
手元の書類を見やり、承認の印を押す金獅子は隣に立つ犀の獣人に声をかける。
「いえ、各部族の上申であったり、軍部の再調整についてのことですので、王に目を通して頂くのが筋でございますから。」
にべもなく答える犀の獣人、灰犀。金獅子が獣王に即位する以前から国の宰相として働いている重鎮であり、唯一金獅子も頭が上がらない老人である。
国の為政者としてやる事は多い金獅子であるが、そんな中でも王化継続時間を延ばすための特訓は続けている。
今も王化状態のまま書類とにらめっこしている。
しかし、書類仕事に追われてこの所戦闘訓練を行う時間が取れていなかった。
近々甲蟲人が攻め込んでくるこのタイミングで戦闘から離れるのはあまり芳しくない。
しかし、獣王戦士団の中にも王化した金獅子の相手を出来るような猛者はおらず、ここ数日は本気で剣を振るっていない。
それも金獅子にとってはストレスの一因である。
そんな中に1人の兵士が慌てた様子で執務室に飛び込んできた。
「ほ、報告致します!西の砂の迷宮からミノタウロスが出現!こちらに向かってきているとの事です!」
「なに?!迷宮から魔物が?そのような事は未だかつてなかったというのに。」
宰相の灰犀も驚いている。
「ミノタウロスだと?確かAランクの魔物だったな。獣王戦士団にも荷が重かろう。俺様が出よう。ちょうど体が鈍っていた所よ。いい運動になりそうだわい。」
金獅子は背後の壁に掛けられている巨大な大剣を片手に執務室を飛び出して行った。
「西の砂の迷宮からこちらに向かってきている言うておったな。なら西門に向かえば良かろう。」
報告に来た兵士も置き去りにして金獅子は城内を駆ける。
獣王国の城は城下町の中央に位置する。
東西南北に門があり、城からはいずれも1時間程度の距離になる。
しかし、王化して身体能力が上がった金獅子は30分で西門に到着した。
西門には獣王戦士団が集まっており、城壁の上から望遠鏡を覗く戦士が地上の部隊にミノタウロス接近の連絡をいれているところだった。
「おう。お前ら、まだ飛び出して行った部隊はないな?」
「あ!獣王様。御自ら戦場に立たれるおつもりですか?」
金獅子に気付いた戦士の1人が声をかけてくる。
「ミノタウロスと言えばAランクの魔物だぞ?俺様が出るほかあるまいて。」
「しかし、今灰象将軍が迎撃斑を組んでおります。お待ち頂いた方が良いのではないでしょうか?」
まだ王化状態を維持したままの金獅子が言う。
「俺様の王化もあと30分ほどで解ける。王化継続時間内に倒しに向かう方が良かろう。お前達は万が一を考えて防備を整えておいてくれ。」
そう言い残し金獅子は西へと駆けていった。
5分もしないうちにミノタウロスの姿が見えた。
巨大な斧を担いで堂々たる姿で獣王国方向に向けて歩みを進めていた。
「先手必勝!」
そんなミノタウロスに近づくと大きく跳躍した金獅子。
「断頭斬!」
跳躍からの降下エネルギーも上乗せした斬撃であるが、ミノタウロスは巨大な斧を掲げてこれをガードした。
地上に降り立った金獅子は受け止められた大剣に力を込めて押し潰そうとする。
ミノタウロスも押し潰されまいと巨大な斧を両手で持ち堪える。
と、金獅子が蹴りを放ち、ミノタウロスの鳩尾に突き刺さる。
吹き飛ばされるミノタウロス、だが、両足で地面を蹴り、素早く金獅子に肉迫すると、巨大な斧を振るう。
今度は金獅子が大剣にてその攻撃をガードする。
押し込もうとするミノタウロスに、押し込まれまいとする金獅子。先程までとは立場が逆転した。
そこでミノタウロスが蹴りを放ってくるが、これを読んでいた金獅子は膝で受けると、お返しとばかりに蹴り返す。
脇腹に蹴りを受けよろめいたミノタウロス。その拍子に巨大な斧と大剣の押し合いが終わる。
その後は暫く大剣と巨大な斧での斬り合いが続くもお互いの刃を撃ち合わせるだけで互いにダメージはない。
と、ここで金獅子が大剣に雷撃を纏わせた攻撃を仕掛ける。
「雷鳴剣!」
横薙ぎに振るわれた大剣。ミノタウロスはこれを巨大な斧でガードする。
しかし、雷撃を纏った大剣から電流が流れミノタウロスを直撃する。
「ブモーッ!」
斧を持つ両腕から煙が吹き出す。
雷撃によりその身を焼かれたミノタウロス。
さらに電撃により体が痺れて動けない。
そんなミノタウロスに向けて再度跳躍した金獅子。
「断頭斬!」
辛うじて首をかしげ、脳天への直撃を避けたミノタウロスだったが、自慢の角が片方切り飛ばされた。
しかし、角があったおかげで大剣の勢いを殺し、軽く肩口を斬られるだけに留めた。
「やるなぁ。それならこれでどうだ!雷撃断頭斬!」
三度跳躍し、大上段から斬りつける金獅子。その大剣には雷撃が込められている。
痺れが取れたミノタウロスは巨大な斧を掲げてこれを受ける。
バリバリバリッ!
大剣に込められた雷撃がまたしてもミノタウロスを襲う。
全身から湯気が上がる。一撃で雷撃が全身を駆け巡ったのだ。
またしても電撃により体が痺れたミノタウロスのがら空きの腹部に金獅子の大剣が吸い込まれるように突き刺さる。
「雷鳴剣!」
突き刺した大剣に三度電撃が流される。
体の深部に突き刺さった大剣から電撃が流れ、ミノタウロスの内臓を焼く。
「ブッモーッ」
満身創痍なミノタウロスであったが、体の自由を取り戻すと巨大な斧を金獅子に向けて振り下ろしてきた。
金獅子はこれを大剣で弾くと、その首に向けて大剣を振り抜いた。
吹き飛ぶミノタウロスの頭部。
ミノタウロスの体は力を失い、その場に崩れ落ちた。
ミノタウロスの頭部を跳ね飛ばした金獅子であったが、そのタイミングで王化が解けた。
もう少し時間が掛かっていたら危ないところだったかもしれない。
「やはり魔物も強化されておるな。迷宮か。そのうち調査が必要だな。」
独り言ちた金獅子は街へと戻るため、踵を返す。
あとから合流した灰象将軍率いる獣王戦士団にミノタウロスの死骸の処理を任せると金獅子は街へと戻るのであった。




